【第二部】#01 選択
『ジュリアン、ホルト主任研究監が君を呼んでいたぞ』
『僕を?…なんだろう』
esの研究員であるジュリアン・フォレストが昼休憩を取っている時に、仲の良い同僚であるイーサン・ウォード研究員からそう声を掛けられた。
ジュリアンは特に役職のつかない一般の研究員で、自分の直属の上司である主任研究員とは顔を合わせてはいるが、その上の立場であるホルトとは日頃はあまり顔を合わせることもない。
――そんな相手がなぜ自分に?ジュリアンは不思議に思いながらも、
知らせを聞いて、慌ててホルトの執務室まで向かう。
――コンコンッ――
『入りなさい』
『失礼いたします』
ホルトは女性だが、立場ある研究員らしく、清潔感とシンプルさのみを重視した無機質な部屋である。一見寒々しくも思えるその空間に、ジュリアンは言われるがまま足を踏み入れた。
『あの、主任研究監が私をお呼びと伺いました』
『そうね。そこに座ってくれる?』
『はい』
促されるまま、ジュリアンは部屋の中央に陣取っている大きなソファに腰を掛けた。
その向かい側にホルトも腰を掛ける。
『実は話があってね』
『…はい』
『あなたの息子、シヴァに関する話なんだけど』
『シヴァの話…ですか?』
ジュリアンは無意識に身構えた。
――シヴァとは三歳になるジュリアンの息子だ。
共にesに勤める研究員である妻のクレアとの間に、三年前授かった男の子である。
『一体、うちの子の件で何の話が…』
『シヴァのPSIはどんな感じかしら?自己コントロールは出来ている?』
『はい、それは問題ありません』
『そう。では、PSIの発現はどんな感じ?意図的に使う様子は見られるかしら?』
『…まださほど…』
esの研究員はほとんどが施設内に居住している。
一般の研究員たちは、研究所に隣接する敷地内に建つ居住棟にそれぞれ部屋が与えられ、役職に就く者たちは研究所内にある居住エリアに住んでいる。
それも、役職が上に上がるごとに、セキュリティに特化した良い部屋が与えられていた。
そして、esに勤める研究員たちに子供が出来た場合は、基本的には研究所内で出産を行う。研究員はみなサイキックばかりのため、出産時、生まれた赤ん坊は通常の健康診断に加え、PSI能力の有無や潜在能力を測定する検査も行われていた。
これは、サイキックの研究機関でもあるesにおいてはごく自然な検査項目である。
そのため、シヴァが生まれた際にも同様の検査が行われたが、その際、通常の基準を大きく上回る、極めて高いPSI数値が観測された。この結果は研究所内のデータとして共有され、継続的に能力の成長や変化、その他の異変などに関して記録を続けてはいるが、それは、他の子どもにも行われている形式的なものでもあるため、これまでジュリアンもクレアも特にこの状況を問題視することはなかった。
だが――
『シヴァは最近三歳になったばかりよね?』
『はい』
『三歳になると、定期検査でPSIの安定性と、本人の意思と能力発動の連動性を確認するでしょう?』
『そうですね。先日検査を終えたところでした』
出生時検査の段階では、主にその子がPSIを持つ体質かどうか、そして、そのポテンシャルがいかほどのものかを漠然と測るに過ぎない。具体的にどんなPSIを扱えるかを調べることは出来ず、まず、サイキックであるか否か、そして、どれくらい強いPSIエネルギーを保持しているか…を見るのだ。
その後、一歳になる頃には能力の兆候が出始め、二歳前後になると能力の種類が判明してくる。そして、三歳前後になると、能力の出力が安定し始め、子供が自ら考え、意図的にPSIを使うようになり始める。
『シヴァは「サイキック・スティール」「テレポーテーション」「サイコメトリー」の三つのPSIを扱えると報告書にあるわ』
『はい。その通りです』
『ちなみにフォレスト、あなたとあなたの妻のPSIは?』
『私はクレヤボヤンス(透視・遠隔視)、妻はパイロキネシス(炎を操る能力)です』
『そうね…あなた方夫婦はそれぞれ一つのPSIしか扱えない。そして、PSIの種類がシヴァに遺伝もしていない』
『…』
『これはほぼ「突然変異」と言ってもいいくらいの、極めて特異な発現例ね。』
『…特異、ですか』
『ええ。三つのPSIを同時に保持している時点であまり例がないわ。しかも、三歳でここまで安定しているとなると、研究対象としての価値は非常に高い』
『…研究対象?』
『あぁ、ごめんなさい。言い方が悪かったわね。シヴァのように稀有なサイキックはesでもなかなかいないのはあなたも知っているでしょう?』
『…』
ジュリアンは警戒を一層強めた。
目の前の上司は自分に何を言いたいのか。
大切な自分の息子に何かしようと考えているのなら、自分が何としてでも阻止せねば――そう思い、身構える。
『あまり警戒しないでちょうだい。研究員の子供をどうにかする訳ないでしょう?』
『…』
『ただ…シヴァの能力は、放置しておくには惜しすぎるの』
『…』
『ただの経過観察だけでなく、あなたたち親からの遺伝の問題を始め、「突然変異」であればその根拠を解明しつつ、あの強大なPSIを間違った方向へ使わないよう、esが教育と訓練を担当するべきと判断したのよ』
『教育と、訓練…ですか』
『そうよ。特に「サイキック・スティール」においては、かなりの訓練が必要だわ』
『…』
確かに――
最近は、シヴァの様子を見ていてヒヤリとする場面が出てきていたのは事実だった。
これはサイキックなら誰しもが通る道ではあるが、まだ倫理も常識も通用しない幼い頃には、善悪の判断もつかず、感情に任せて無意識にPSIを発動してしまうことも少なくない。
泣きじゃくりながら家中にある物を飛び散らしてしまう「サイコキネシス」の保持者だったり、気付けばその場からいなくなっていて、周りの大人たちを大騒ぎさせてしまう「テレポーテーション」の保持者だったり…
ちなみに、「テレポーテーション」を扱える者は不思議なもので、無意識にどこかへ飛んでしまったとしても、親(特に母親)の元へ帰りたいという強い思いが作用して、必ずと言っていいほど家に戻ってくることができる。そのうちに使い方を学んでいくため、事故や事件が起きる確率はかなり低かった。
だが、安易に発動させてはいけないPSIも数多く存在する。
中でもシヴァが持つPSI、「サイキック・スティール」は、他者の能力や、最悪の場合命までも吸い取ってしまいかねない恐ろしい能力だった。そして、このPSIを保持しているサイキックは稀で、おそらく大規模な人員を抱えているこの研究所、esの中にも、シヴァ以外には存在していないだろう。
ジュリアンは、シヴァが持つPSIの一つが「サイキック・スティール」であると判明した際、内心とても不安に感じていた。
使い方を間違えれば大変なことになる…それももちろんそうだったが、科学研究所であるesが、この稀有なPSIを見過すはずがないと思ったからだ。
自分が勤めるこの研究所に信頼が無い訳ではなかったが、単なる成長記録だけでは収まらない、本格的な研究の対象にされてしまうのではという不安を常に抱えていた。
だが、今目の前の上司が放った言葉は「教育と訓練」――これは、単に息子がモルモットになるということではなく、これから成長していくにあたり、シヴァ本人が生き辛くならないよう、まっとうに社会で生きていけるようにするために必要な行動ではないか…そう考えたのだ。
『PSIの発動の「クセ」なども人によって様々だから、そういったものがついてしまったり固まってしまう前に、しっかりとした訓練と教育が必要でしょう?』
『それは確かに、そう思います』
『幸い、そういった環境として、この国でこの研究所以上の場所はないわ』
『…』
『esなら、シヴァの将来に備えて必要な教育と訓練の環境を整えてあげることが出来る。そして、esとしても、シヴァに関わることで、なかなか研究の進んでいないPSI、「サイキック・スティール」に関する情報が得られる』
『…』
『お互いにとって良い機会ではなくて?』
そう言ってにっこり笑うホルトを見て、ジュリアンは気持ちが傾きかけるも、どこかでまだ、不安が拭えなかった。まだ自分で判断の出来ないシヴァの運命を自分の一存で決めていいのだろうか。せめて、教育と訓練のプログラムの内容くらいは把握したうえで判断すべきではないだろうか。
『…あの、教育と訓練の実際のプログラムなどは、事前に拝見できるのでしょうか?』
『もちろんよ』
ジュリアンが恐る恐る問いかけると、ホルトは機嫌を悪くするでもなく、食い気味に笑って答えた。
『確かに、親としては、自分の子供がどんな教育や訓練を受けるのかが分からないままでは不安よね』
『勝手を言いましてすみません』
『謝らないで。当然のことだわ。近日中にプログラムを渡すから、それを夫婦でしっかり確認してから返事をちょうだい』
『はい、ありがとうございます』
ジュリアンは少しだけ安堵した。
この三年間においても、他の子どもと比べてシヴァの定期検診は多かった。
それは、シヴァの能力数値が異常に高かったこと、そして、PSIの種類が判明してからは、その特殊性から仕方のないものだと思ってはいたが、そのうち本格的な研究対象となってしまう可能性について、妻のクレアとも時折話し合い、不安を口にしていたからだ。
でもesは、シヴァを研究対象としてメインに考えるのではなく、一人の人間として教育と訓練を施す相手と見ていた。
そして、稀有であるシヴァのPSIの研究はその副産物のようなもの――それならば、研究の進んでいない分野に協力できるという意味では、自分の息子が社会の役に立てるならそれは素晴らしいことだと、研究者の端くれとしてジュリアンはそう考えた。
――いや、そう、考えてしまった。




