#35 月下の邂逅
『「そこ」のシールドは気分が悪いだろう』
『は?』
『あまり強引に視るな。精神系の攻撃を甘く見ない方が良い』
『…』
『どれだけ探ったところで、今「あの場所」に人はいない』
『…』
『いたのは、お前でも見抜けないレベルのサイキックが一人だけだ』
『…』
その一人のサイキックが、今自分に地中からの攻撃をしてきた奴ってことか。
さすがにさっきの攻撃は危なかった。まともに食らっていたらどれほどの大怪我を負っていただろう。場合によっては命も危なかったかも知れない。
それを救ってくれたのはおそらく目の前にいる人物だ。…引っ張られたのでも押されたのでもなかった。ただ、見えない圧に無理やりに体を移動させられたような、そんな感覚だった。
ルーカスはもう一度、目の前の人物に問う。
『…お前は誰だ』
『俺か。…お前と同じ、サイキックだ』
そんなことは分かっている。
目の前にいるだけで、恐怖で震えそうなほどの威圧感だ。
PSIのレベルが強大すぎて、絶対に戦いを挑んではいけない相手だというのが分かる。いくら今自分を助けてくれたとはいえ、まだ味方かどうかは分からない。
これほどのPSIの持ち主だ。そもそも、誰に気遣う必要も遠慮する必要も、仲間とつるむ必要もないだろう。助けた相手を、気が変わって自分で殺めてしまうくらいの気まぐれは、おそらく誰にも咎めることは出来ない。
それくらいに、圧倒的な力を感じる。
『…同じじゃねぇだろ』
『お前の目的はなんだ?』
『え?』
『あいつらと一緒に、一体何をしている』
『…』
目の前にいる人物は、グレンとノアのことも知っているのか。
自分たちが何をしているのか…
そんなこと、なんで気にする?お前の目的こそ何なんだ。
もしこいつが敵であるなら、グレンやノアと直接会わせるわけにはいかない。
ましてアレンには…
『頭の中がうるさい奴だな』
『ッ!…俺ん中を読んだなッ!?』
『答えないから覗いたまでだ』
『…』
目の前のフードの人物にそう言われ、ルーカスの瞳が金色に光る。
精神干渉を受けないようにシールドを張ったつもりだが、相手が悪かったらしい。
『シールドを張るのは構わないが、俺には効かない』
『…』
『そんな無駄なことをするより、質問に答えてくれればそもそも覗いたりはしない』
『…』
ルーカスは焦っていた。
こんなハイレベルなサイキックには今まで会ったことがない。仮にここで戦闘になったとしたら、自分は確実に死ぬだろう。…それは困る。ここで終わるわけにはいかない。そのためには、どうすべきだろうか。
聞かれたことに答えたとして、すんなり解放してくれるのか。
情報だけ渡して自分がこの場で始末されてしまったら、グレンとノア、そして、アレンに危険が及んでしまうのでは?…そのことばかりが頭を巡り、なかなか思考が落ち着かない。
そんなルーカスを見て、目の前のフードの人物は小さくため息をつく。
『余計な心配をする前に、質問に答えた方がいい』
『…失踪者を探している』
『なぜだ?』
『依頼を受けたからだよ。家族が行方不明だから探してほしいって頼まれた』
『…では、あの二人は?なぜ刑事であるあの二人と組んでいる』
『…』
そんなことまで把握済みなのか。
自分たちはこの人物の存在など微塵も知らない。
それなのに、この人物は自分たちの存在や関係性を知っている。
…あまりにも危険すぎやしないか。
かと言って、攻撃は仕掛けられない。
仕掛ければ、自分が死ぬ。
『あいつらも失踪者を探してる。お互いの目的が一緒だったから、情報交換しながら協力して動いているだけだ』
『…では、あの二人のesへの出入りは何の目的だ?』
『…』
ダメだ。
この者はおそらく、自分たちの行動のすべてを把握しているのだろう。
ルーカスは覚悟を決めて自分たちの現状を素直に話した。
話したことで解放されるか殺されるかは分からないが、隠せば読まれるだけ。この人物に出会ってしまった時点で、自分の運命は握られたも同然だ。
殺すなら殺せと開き直ったルーカスだったが、目の前の人物はルーカスの話を一通り聞いた後しばらく黙り、何かを考えているようだった。
そして――
『被害者を救う立場であり、esに飼い慣らされている訳でもないと言うのなら…』
『え?』
『それならば、俺の目的とも同じということだろう』
『…』
そう言って、目の前の人物が深く被っていたフードを外す。
その姿を見たルーカスは、しばらく言葉を出せなかった。
月夜の下で冷たく光り輝く無造作な銀髪に、ブルー・グレー・パープルなど、複数の寒色系の色味が混ざったアース・アイ。
陶器のように滑らかで透き通るような色白の肌に、華奢だが均整の取れた肢体。
同じ人間とは思えないくらいに美しいと、ルーカスは思った。
どこか浮世離れした、性別すら曖昧に思わせる美貌。なのに、口から出るのはぶっきらぼうな「俺」という一人称だ。その華奢な体躯に反して、発せられた声も驚くほど低く、冷ややかに響く。自分でそう名乗るくらいだ、おそらく男性だろうとは思うが――その強烈なアンバランスさが、かえってルーカスに得体の知れない凄みを感じさせた。
『あ、も…目的が一緒って、一体なんだよ』
『…』
『っていうか、お前マジで誰だッ!?』
しばらくルーカスをじっと見つめていた
この美しい人物が、口を開く。
『目的とは、失踪者を探して救うこと』
『…』
『そして、俺が誰かという話だが…』
『…』
月の光に照らされて、底なしの湖のように美しい色をたたえた瞳で真っすぐにルーカスを見つめる、目の前の人物。
次の瞬間、信じられない言葉がルーカスをとらえた。
『世間では、「ロキ」と呼ばれているようだ』
『…』
その言葉を聞いた瞬間、ルーカスの全身がぶわりと総毛立つ。
あぁ、自分は絶対に出会ってはいけない相手と出会ってしまったのだと。
出来ればグレンたちに教えてやりたいが、もしかすると自分はもう、あの家に戻ることは出来ないかも知れない。そんな覚悟が全身を覆い、ルーカスは真っ直ぐに目の前の人物――ロキを強い瞳で見つめた。
『あれ?ルーカスはどこに行ったんだ?』
『それが…』
グレンが帰宅した時、リビングにルーカスはいなかった。
だが、自室かトイレにでも行っているのだろうと思い、対して気にも留めずに手洗いや着替えを済ませて戻ってくると、そこにはやはりアレン一人。
『今朝は、仕事で帰りが遅くなると思うから夕食は要らないって言って出て行ったんだよね』
『マジで?聞き込みなら夕方までで切り上げて戻っていいって伝えてあるのに』
『うん。でもなんか今日は、自分が受けた依頼に関する仕事で時間を取られるからって言ってた』
『…そっか』
個人的な依頼?――まぁ、確かにルーカスは自分たちへの協力だけではなく、自分で依頼を受けた行方不明者の捜索も抱えている。警察が取り扱う失踪者事件への協力を優先させすぎて、個人の仕事を疎かにさせてしまっていたかも知れない。
『何時頃になるとかは言っていなかったのか?』
『聞いたんだけど、分からないって言われた』
『…まぁ、それなら仕方ない。もうすぐノアが来るだろうから、今日は三人で食うか』
『そうだね』
ルーカスがこの家で過ごすようになって数日。
空いていた一室を与えたものの、意外にもルーカスはリビングで過ごす時間が多かった。
ノアと言い合いになっても、特にすることなどなくても、何となく、人の気配がするリビングを好んでいたように思う。
自由気ままな一人暮らしが性に合っているとルーカス本人も自分たちもそう思っていたが、実は寂しがり屋なのかも知れないなと。それなら、この家に呼んで良かったのかも知れないとグレンは思い始めていた。
そんな矢先の出来事だったので一瞬気にはなったものの、子供でもあるまいし個人で抱えている仕事もあるのだから、たまにはこんな日もあるのだろうと、グレンは意識を直ぐにアレンに向けて切り替えてしまう。
その日以降、ルーカスがブラッド家に帰って来ることはなかった。
第一部「観測」完→第二部「継承」へと続く。




