#33 同じ屋根の下
『そういえば、この前アレンが言っていた件だけど』
『…ルーカスがこの家に住むっていう話?』
『あぁ』
食事が終わり、食後のコーヒーとデザートのタイミングでグレンが話し始める。
ノアはほんの少しだけうつむき加減で、おそらく、心のどこかでは手放しで賛成できない複雑な感情を表現しているようにも見えた。
『まぁ、ルーカスがどう考えているか次第、ってとこだな』
『…ってことは』
『俺は別に反対しないよ』
『ホントに?』
グレンの言葉にパァッと表情を輝かせたアレンが、嬉しそうにルーカスを見る。
『ルーカス!兄さんがいいって言ってくれたよ?どうする?』
『…』
アレンの勢いに押され気味のルーカスが、グレンとノアの顔をチラリと見た。
『…飯を食うために一緒に住むとか、図々しいにも程があるだろ?』
『いや、ここに住むならお前も家事くらい手伝えよ』
『げッ!マジかよッ!俺そういうの苦手なんだけど』
『自分の部屋くらい自分で片付けているんだろ?』
『…あー、まぁ、な』
『『『…』』』
ルーカスの返事に三人が視線を送る。
「なんだ?」と驚くルーカスを見て、アレンが恐る恐る問いかけた。
『ルーカス、まさかだけど、自分の家ってちゃんとある?』
『…』
自由気ままな暮らし方が好きだと、この短期間でアレンは何度もルーカスから聞いていた。その生き方は、体が弱く、ノーマルでもあり、友人も少ないアレンにとっては憧れにも近い生き方だった。だが、心と体の安らぎの場となるはずの、自分だけのテリトリーを持たないと言うのであれば、それはかなり難しい選択となる。
『…少し前まではあったんだけどな』
『少し前ってどれくらい?』
『あー…一年くらい?』
『『『一年!?』』』
ルーカスが言い終わる前に、三人一斉に突っ込みが入る。
『お前アホなの?ホームレスかよ』
『ち、ちげぇしッ!仕事柄、一つの場所に定住する方が面倒なんだよッ!』
『物は言いようだな。家を借りる金もないだけなんじゃないの?』
『そりゃ、たまには家賃キツイなーって思うこともあるけど、これでも最低限の生活費くらいは稼いでんだよッ!』
『それなら取り敢えず借りておけばいいじゃないか』
『たまにしか帰らない家に金なんかかけたくねぇッ!!』
そう、大声でノアと言い合っているルーカスを見て、グレンは呆気に取られていた。やんちゃな奴だなとは思っていたが、生き方そのものが本当にワイルドだったとは。
モデルのようなルックスをしているのに山猿のようにしか見えないのは、そういう訳があったからなんだなと妙に感心していると、アレンがそっとイスから立ち上がり、ルーカスを呼ぶ。
『な、なんだよ』
『決まりね。明日にでもうちに引っ越してきて』
『は?俺まだ住むとか言ってねぇけど』
『決定権はルーカスには無いよ!家がないって一体どういうこと?なんで早く言ってくれないの???』
『いや、別に言う必要性がない…』
『あり得ないよッ!明日…いや、今日で良い!今日からここで暮らしてッ!』
『はぁぁ~ッ!?』
『家がないなら別に引っ越してくる荷物も無いんでしょ?』
『いや、少しくらいは、まぁ…』
『…何それ。どこに預けているの?』
アレンの問いかけにルーカスが黙り込む。
大方、持ち歩くには不便なものを数点、顔見知りにでも預けているのだろう。
たまにふらりと寄って、お礼代わりに小銭や食べ物などを渡しておけば成り立つような、そんな関係性なのではと思う。だが、アレンにはあまり想像が出来なかったらしい。
『…もしかして、恋人でもいる?』
『い、いねぇしッ!!』
『俺は別に、嫌がるルーカスに無理強いしたいわけではないんだけど』
『…』
『遠くからこの家に通ってもらう大変さに加えて、家が無いなんて話を聞いたら、うちに住むしかないかなって』
『…』
『でももちろん、ルーカスの気持ちが最優先だよ?』
『…』
アレンに悪気はない。むしろ、本気で心配している。
弟はそういう人間だ。
グレンはそう思っていたが、果たして、ルーカスにそれが伝わるかどうか…
『お前天然なの?それとも、計算なのか?』
『どういう意味?』
『…いや、頑固で強引なんだな。今に始まったことじゃねぇか』
『?』
ルーカスのつぶやきの意味が理解出来ないアレンに、ルーカスが盛大なため息をつく。
…こんなことを言うのは失礼かも知れないが、もし自分にルーカスの素の部分を知る機会が無いままでアレンがルーカスに興味を持ったとしたら、こんな風に近付かせてはいなかったかも知れない。
それくらいにこの二人は一見正反対で、どうかすると、アレンを悪い道へと連れて行きそうなイメージまで持ってしまっていただろう。だが、実際は似ている部分も多くあるのではないか、とグレンは思っていた。そしてそれは、ノアも同じだろう。
『ルーカス、突然の話な上、そもそも自由気ままに生活していたお前にとっては、もしかしたら息苦しい提案だったかも知れない』
『…』
『だから、あまり深く考えず、まずはお試しでここに暫く滞在してみれば良いんじゃないか?』
『お試し?』
『あぁ。一時的にここに住んでみて、もし自分に合わないと感じたら出て行ったって構わない。だが、気に入って貰えたらそのまま居続けてくれたら良いよ』
『…それって、お前に何のメリットがあるんだ?』
『え?』
ルーカスが面白くなさそうな顔でそうつぶやく。
…確か、アレンにも同じことを言ったんだったな。
とグレンは思い出した。
ルーカスにこの家に住んで貰いたいと相談された時に、ルーカスがアレンに「自分には何も返せる物がない」的な困惑を見せたという話を聞いた。
まぁ、知り合って間もない相手に食事の世話や自分の家に住めなど、困惑どころか不審がられてもおかしくないような話ではある。だが、見返りがあるかどうかではなく、ルーカス本人にそれだけの魅力があったからこそ、こちらも動こうと思ったというだけだ。
もちろん、こんな短期間でルーカスの人となりを全て理解出来たとは思っていない。だが、アレンと二人でこの家の留守を預けることに不安を感じない程度には、ルーカスに対して仲間意識が芽生え始めている。
『別に、メリットの有る無しで提案している訳ではないよ』
『それだと俺が納得できねぇ』
『…アレンの良き友人になってくれればそれで構わない』
『過保護だな。俺みたいな奴じゃなくても、コイツなら友達くらい簡単に出来るだろ』
『俺が、ルーカスに友達になってほしいんだよ』
『…』
アレンの言葉にルーカスが黙り込む。
見る限り、迷惑に思っている訳ではなさそうだ。
ただ、理解が出来ないのだろう。
さすがに不審がられることはないだろうが、こちら側になんのメリットもないじゃないか…ルーカスがそう考えるのはある意味当然と言える。
グレンは、ルーカスにアレンの良き友人というだけでなく、いざという時に支えてくれる存在になってほしいと伝えるべきか悩んでいた。ルーカスの性格上、プレッシャーに感じさせてしまうのではないか。そんな不安もあったし、そもそも、アレンの前で今話をすれば、今度はアレンが引け目を感じて、場合によってはルーカスと距離を取ろうとするかも知れない。
それだけは絶対に避けたいが、ここまで不満を抱えた状態でルーカスを強引にこの家に呼ぶわけにもいかない。
『それなら、俺がお前に何かしらの見返りを求めることにするよ。何をして貰うかは後で考えておく』
『…なんか、怖ぇんだけど』
『無茶なことを言う訳ないだろ?…だから、取り敢えずここに住んでみろよ。失踪者事件のことで集まりやすくなるのも助かるし、ここに住民票を移せば、お前もT-01地区だけでなく、どの地区でも行けるようになるから』
『…まったく、俺にしかメリットがねぇな』
『そう思ってくれるなら、尚更ここにいてくれ』
『…』
まだ何か言いたそうな表情を残してはいたが、ルーカスはそれ以上何も言わなかった。それをとりあえずの肯定と捉え、アレンがさっそく着替えやら日用品やら、ルーカスに必要な物をあれこれと準備してリビングへと持って来る。
グレンは、早速明日にでも必要な書類を取りに行こうと考えた。
そもそも、今住んでいる家のないルーカスの住民票がどこにあるのかなど、後で聞かなければいけないことがいくつかある上、居住地区が今いる地区よりも上の地区になる場合は、その地区に住む人間の承認サインが必要になる。もちろん、グレンは自分が承認者になるつもりだ。
まずは自分が書類一式を準備して、ルーカスに説明をした後に署名や記入をさせなければ。
明日の朝、特治に向かう前に役所に行く必要があるな。
――そういったことを無意識に楽しみながら考えている自分に気付き、グレンは小さく笑った。




