#32 食卓
『――という訳で、今日から外へ出て捜査を始めています』
『そうか。ちなみに、何を根拠に動いている?』
『根拠ではなく仮説になりますが…』
『言ってみろ』
『esに対してこれだけのことが出来るサイキックなど、本来ならまずいるはずがありません』
『…』
『ですが、実際にはいた。では、どんな人物であれば辻褄が合うかと考えた時に…』
『ロキか?』
『…そうです』
フロストは相変わらず無表情で二人の報告を聞いていたが、グレンの言葉を遮るように自ら「ロキ」の名を口にした。
ロキの存在を信じるか否かは、警察の人間の中でも色々と分かれる話だった。
実際に、グレンやノアも、いるともいないとも信じきれない「都市伝説」のような存在だと思っていたのだ。
中には妄信的に信じている者もいたが、どちらかと言うと「いない」と考えている人間の方が多いといった印象だった。まして、フロストのように感情が希薄なリアリストであれば、見たことのない存在など信じていないのではないか、
そう思っていたのだが…
『…私は「ロキ」という人物を見たことがない。だが…見ていないことが存在していないという根拠にはならない』
『…』
『君たちが言うように、どうせ証拠も手掛かりも容疑者もまったく浮かばないであろう事件なのであれば、可能性の一つとして追うのは問題ないと判断する』
『…』
『だが、いざ「ロキを追う」と言ったところで、これもまた、何一つ手掛かりのない途方もない作業になると思うがな』
『確かにそうですが、「ロキを追う」と決めることで、少なくとも今よりは可能性が見えてきます』
『…局長には伝えておく』
『よろしくお願いします』
正直なところ、鼻で笑われて終わるのではと思っていた。
いくら手詰まりとはいえ、存在しているのかどうかも分からない人物を追うなど、非現実的すぎると言いかねない相手だ。だが、内心では思うところがあるかも知れないものの、許可してくれたことはとても有り難い。
――まぁ、局長がなんていうかはまた別問題ではあるが。
そう思いつつも、グレンはとりあえずは安堵した。これで、どこからも下手な邪魔や反対にあうことなく捜査に集中できる。
『これでやっとスタートラインだよ』
『そうだな。明日からは本格的に動くことになる。今日はもう帰ろう』
『…また仲良くお喋りでもしてるのかな、あの二人』
『だろうな』
ノアのため息にグレンが笑う。
きっと今頃、夕食の準備を始めたアレンと、自分たちがいない時間でも普通に遊びに来るようになったルーカスが、楽しくお喋りで盛り上がっていることだろう。
『…妬けるか?』
『何言ってんの!?そんな訳ないでしょ!?』
大袈裟にそう驚いて見せているものの、友人が少ないのはアレンだけではなくノアも同じだ。そして、幼い頃からアレンと実の兄弟のように仲良く育ったノアにとって、アレンは本当の家族のように大切な存在だろう。
そんな存在が、よりによって気の合わないルーカスと仲良くしているなんて、心中穏やかではないはずだ。
『…』
でもまぁ…
最近はノアも、あまりルーカスに苦手意識を持たなくなってきたようにも思う。
アレンに怒られた時からではないだろうか。あの後、ルーカスを追っていったノアが、ルーカスと何を話したのかは分からない。でも、あのタイミングでもしかしたら、ノアの中にあるルーカスの印象が少しでも変わったのかも知れない。
――とはいえ、大事な親友を取られたような寂しさは、おそらく根は寂しがり屋なノアのこと、少なからず感じているだろう。
『まぁ、ノアには俺がいるさ』
『キモいんですけど』
『酷くないか?それ』
グレンにとってはアレンと同様、ノアのことも本当の弟のように思っている。
アレンに限って絶対に無いとは思うが、もしアレンがわずかな間でも、新しい友達に気が行くことでノアとの時間をなくすようなことがあれば、その時は、同じく親友でもあり兄でもある自分が、アレンの分までしっかりノアに寄り添う心づもりはある。
『あ、兄さん、ノアも、お帰りなさい』
グレンだけでなく、ノアも自分の家ではなくブラッド家に直接帰って来た。
毎日のようにここで過ごしている上、休みの前の日などは隣りのマンションにさえ戻るのが面倒で泊っていくことも多いため、ブラッド家には部屋着を始めとするノアの私物がそれなりに多く置かれている。
そのため、スーツ姿で戻って来たとしても、そのまま手洗いとうがいを済ませ、部屋着に着替えてリビングへ戻ってくるという、もはや自分の家のような過ごし方が普通に出来ている。
『お疲れー』
『…お前本当に遠慮がなくなったな』
当たり前のようにソファに座っているルーカスを見て、ノアがうんざりした顔をする。ルーカスはルーカスで「なんだか妙なことになっちまったよな」と笑いながら、住人のようにリラックスをしていた。
そんな二人を見てアレンが楽しそうに笑う。
グレンもノアも、心の中では今の状況に安堵している部分があった。
今後の捜査次第では、自分たちはどうなるか分からない。もちろん、アレンのことを考えるなら何があっても死ぬわけにはいかない。だが、そもそも刑事という職業を選んだ時点で、危険とは常に隣り合わせの人生だ。かと言って、兄と親友を同時に失う可能性があるかも知れないアレンのことを考えると、気が気でないのも事実だった。
だが、ルーカスがいてくれれば――
一見粗暴な印象も受けるが、中身はとても優しく気遣いも出来る人間だ。
不器用だから気の利いたことは言えず、分かりやすい優しさも表現は出来ないだろう。だが、そんなルーカスの良さにアレンは気付いている。それならば、グレンほどではないが、サイキックとしてかなりの能力を持っていると判断出来るルーカスに、アレンの傍にいてもらいたい。
守ってほしいとまでは言えないが、出来ればアレンの支えになってほしいと二人は本気で思っていた。ノアのルーカスへの言動はもはや一種の演出のようなもので、自分の大切な親友を託せる相手として見始めているのだろう。だからこそ、アレンがルーカスに心を許していく姿を見ても、あまり複雑な心境にならないのかも知れない。
『今日も美味そうだな』
『三人ともたくさん食べてね』
『いただきます』
働き盛りの二十代男性陣が好みそうなガッツリ系の肉料理に、バランスの良い種類豊富なサラダ、箸休めにもなりそうな優しい味付けの煮物、具沢山の味噌汁、他にも、漬物やら佃煮やら、ちょこちょことつまめそうなものが食卓に並ぶ。
『毎日毎日、よく献立を考えられるよな』
『ネットで検索して作ってみたいものを探したりもするよ?自分で考えているレシピばかりじゃないからね』
『考えていようがいまいが、作れるってことがすげぇんだよ』
『そうかな』
三人で食事をしていた時は、主にアレンが二人の仕事についてどうだったかなどを聞いたり、逆に二人がアレンに、花の売れ行きや一日の過ごし方などについて聞いたりすることが多かった。だが、ルーカスと話していると、ルーカスが見聞きして来た日常の様々なことに関して話が聞ける。刑事である自分たちの仕事の話など、事件に関することしかない。
だが、ルーカスの場合、何でも屋のような仕事をしている関係上、中にはシリアスな依頼もあるだろうが、反対に面白おかしく話せるような突拍子もない依頼もあったりして、あまり外に出ることのないアレンにとっては、そんなルーカスの体験談を聞くことがとても楽しみになっているように見えた。
また、そういった仕事の話だけではなく、ルーカスの場合、良くも悪くも素直でその場の喜怒哀楽のまま話すため、アレンの作る料理に感動すればそれを素直に伝え、ノアの言動が気に入らなければ食事中でも容赦なく言い合いが始まる。不器用ながらもアレンの問いかけや疑問には真剣に向き合おうとする様子も見え、色々な意味でルーカスの存在はアレンにとって良い刺激になっているのだろうとグレンは思っていた。




