#31 覚悟
『混乱のところ申し訳ないのですが、こちらとしてはどうしましょう』
『それは…』
『引き続き襲撃事件の犯人を追って外へ出ても問題ないか、もしくは、行方不明になられている職員の捜索に加わるべきかどうか、こちらとしても、状況次第で上に報告を行う必要があります』
グレンの言葉に、決定権を持たない者たちが顔を見合わせる。
どうしたものかとグレンが困った瞬間、背後から自分を呼ぶ女性の声がした。
『…ヴェイル統括研究監』
『朝からお見苦しいところをお見せして誠に申し訳ございません』
『いえ…職員が行方不明とのことで、心中お察しいたします』
『恐れ入ります。この件はこちらの問題ですので、
お二人には引き続き襲撃事件の手掛かりを追って頂きたいと思っております』
『その件でもお話があります。ここ数日、建物内での行動ばかりで、手掛かりを探しに外へ出ることもままならない状況でした』
『それは申し訳ございません』
『これ以上、建物内に留まっていても進展は難しいので、外へ出ての捜査に切り替えてもよろしいでしょうか?』
『結構よ』
『…』
やけにあっさりとそう返したヴェイルの言葉に、グレンが拍子抜けする。
また難癖をつけてでもこの場に留まらせようとするのではないかと身構えていた二人にとって、このヴェイルの反応はかえって怪しい感じさえした。
『ありがとうございます』
『いえ、こちらこそ。連日ご苦労様です。外へ出ることによって、進展を期待していますわ』
『…』
あのオブザーバーがどうなったのかは非常に気になるところだが、これでやっと外に出ての捜査が出来る。それだけでも大進歩だとグレンは思った。
『ご苦労様だってさ。偉そうに』
建物の外へと出た瞬間、ノアがうんざりした顔でぼやく。
確かに、不気味に絶やさない微笑と穏やかな口調で、一見気遣っているかのようにも見えるが、それならばせめて「お疲れ様」と言ってほしいところだ。
『でもさ、気になるよね。あのオブザーバー、一体どうしたんだろう』
『…俺が思うに、現状esが抱えていたオブザーバーは昨日の彼女一人だったんじゃねぇかなって』
『え?』
『連日足止めを食らって能力を探られていたのに、今日になって急に外に出てもいいだなんて、観測出来る者がいなくなったからなんじゃねぇかなって思ってさ』
『…なるほどね。確かにそうだ』
何度も計測の失敗を続けていたことで、あのオブザーバーはかなりのプレッシャーを
与えられていたはずだ。それでも、別の者に替えなかったという時点で、代わりがいなかったと推測が出来る。
…となると、あのオブザーバーが消えた理由としていくつか候補が上げられる。
一つ目は、プレッシャーに耐えられず自ら姿を消した。
二つ目は、成果を上げられないせいで首を切られた。
三つ目は、首を切られたどころか消されてしまった。
そして最後は、失踪者事件のように何者かによって攫われた、
もしくは、消された。
『…どれもあり得そうだよね』
『まぁな』
『でもさ、esのセキュリティを軽々と突破できるサイキックなんてそう何人もいるものじゃないと思うんだよね』
『そうだな』
『…ってことは、やっぱり襲撃事件の犯人と同一人物だって考えるのが一番自然だよ』
『俺もそう思う』
何も痕跡が残されていない。
この時点で、オブザーバーが自ら姿を消した可能性は、ゼロではないが低いだろう。
見た感じ、痕跡を丸ごと消して行けるようなハイレベルなサイキックには見えなかった。おそらく、観測者としての能力に長けているだけで、他の能力は持っていなかった可能性の方が高い。
…となると、自らの意思ではないということになる。必然的に、esに消されたか、第三者に消されたかの二択だ。esもやりかねないなと思えるところが何とも恐ろしいのだが、それよりも、襲撃事件の犯人と同一人物と考える方が、やり口を見る限り自然だと思えた。
『結局、襲撃事件の犯人を追うことで、オブザーバーの事件も解決出来るかもな』
『それまでに、新たな手段で僕たちの能力値を測ろうとされなければ良いけどね』
『まったくだ』
ため息をつくグレンを見て笑ったノアが、「とりあえず動きますか」と、やっと捜査らしいことが出来る状況に喜びを隠さなかった。グレンも同じ気持ちだったが、いざ外に出たら出たで、何をどう追いかければ良いのか皆目見当もつかない。
ただ、二人には共通してある思いが生まれていた。
そもそも、この事件は証拠を探しても出ては来ないだろうし、痕跡などどこにも、欠片も落ちてはいないだろう。だが、これだけのことが出来るサイキックなど、まずいない。ということは、たった一人のサイキックを追えば良いだけの話だ。
どうせ証拠など無いのだから、見当違いかどうかなんてどうでもいい話である。襲撃事件と今回のオブザーバーの失踪事件…この二つを行える可能性のある、稀有なサイキック…
『ロキの存在を信じるしか辻褄が合わない気がしてきた』
『まぁね。でも、逆に言えばターゲットが絞られてラクだよ』
『…命の保証は出来ないけどな』
これらの事件が本当にロキの仕業だとしたら、もし見つけたとして自分たちに勝ち目などないだろう。
もちろん、たった二人で立ち向かう訳ではない。自分たち以上に他の警察職員の命も無駄にすることになるだろうが、それでも、総動員するくらいの勢いで向かって、相打ちの可能性が少し出てくるくらいか…いや、それも無理かも知れない。
だからと言って、放っておく訳にはいかない。
『…覚悟をしないといけないかもな』
グレンとノアの脳裏には、アレンの姿がよぎっていた。
自分たちの身に何かあれば、アレンが悲しむだろう。
深く傷つけてしまうかも知れない。
だからと言って、職務放棄は出来ない。
――悪は、正さなければ。
先日アレンから「お願いがある」と言われて聞いた話は、いくら何でもそれはちょっと…と困惑してしまうようなものではあったが、こうなった以上、それはむしろ好都合な提案かも知れない。
グレンは、自分やノアに万が一のことがあった時に、アレンの傍にいてくれる、能力を持った人物が必要だと感じていた。
『…いい返事をしてやらないといけなくなったな』
『グレン、なんて?』
グレンの独り言にノアが聞き返す。
それに小さく笑って答えたグレンの瞳は、決意と覚悟を持った、静かな強さに満ちていた。




