#30 消失
『頼む、やめてくれ!』
『別に、こちらは何もしていない』
『頼むからッ!!』
体裁など取り繕ってはいられない。
プライドも何もあったものではない。
このままでは飲まれてしまう。
PSIの消失だけで済めばいいが、下手をすれば命が危ない。
オブザーバーは必至で目の前のフードの人物にまるで助けを乞うように叫んだ。
『頼む…頼むッ…このままでは…』
『このままでは、死ぬだろうな。お前は』
『ッ!?』
『どうだ?あいつよりよほど見応えのある能力だろう』
『分かった…分かったから離してくれッ!』
『こちらは何も縛り付けてなどいないが?』
確かに、そうなのだろう。
だが、あまりにも強大すぎるPSIに引っ張られて、この者から計測を外せない。
そして、想像を絶するレベルの、数えきれないほどのPSIが自分の中に流れ込んできそうになることで、オブザーバーは正気を保つのが精一杯の状態だった。
『…あ、た、頼む…これ以上はマズい…』
『まぁ、持った方だな。それなりの能力はあった訳だ』
『…』
『だが、まだほんの触り程度だぞ』
『…』
その言葉に、オブザーバーの目が絶望の色を落とす。
今にも息絶えそうなほどの苦しみなのに、これが、この者のPSIのほんの触り程度の数値だと言うのか。
『お前の…目的は、なんだ?』
『それはこっちのセリフだ』
『…』
『あいつらの能力をなぜ測りたがる』
『…知り合い、なのか…?』
グレンとノアの能力を測ろうとしていることに不満があるのか。
理由なども最早どうでも良い。それならば――
『分かった…あいつらの能力などもうどうでもいい』
『…』
『手を引く。esとももう、これまでだ』
『…』
『だから、たす、け…』
ガタガタと震え出すオブザーバーを静かに見つめていたフードの人物の目が、ひと際深く強く輝く。それと同時に、耐え切れないほどの強大なオーラがブワリと立ち上がり、オブザーバーを飲み込んだ。
『や、やめてくれッ!』
『計測したかったのだろう?思う存分測ればいい』
そうつぶやくと、眩しいほどのオーラがこの者の手からも放たれ、その瞬間、オブザーバーは断末魔のような叫び声と共に、跡形もなくその場から姿を消した。
『…esが抱えるオブザーバーとしては、呆気なかったな』
小さくため息をつくと、このフードの人物もまた、音も無くスッとその場からいなくなった。もちろん、オブザーバーとは違って、この者は自らの意思でこの建物の外へと出ただけなのだろう。
――この間にesのセキュリティが働いた形跡は一切なし。
結局、オブザーバーを助けに来る者など最初からいなかったということだ。誰にも知られず、また、どれだけ時間が経っても気付かれることもなくこの建物内に侵入して、一人のハイレベルなサイキックを消した上で、また難なく外へと出て行ってしまった。しかも、オブザーバーの反応を見るに、得体の知れない能力の持ち主であるということは理解できる。
グレンが「規格外」のサイキックだとしたら、この者はおそらく規格という概念の外にいる人物だろう。
「桁違い」「別格」「異次元」…どの言葉で表現しようとしても陳腐に感じられるほど、形容できる言葉が見当たらない。そして、esを襲撃した犯人も、この者ならば容易だったのではと思えてくる。
真実は分からないが、限りなく、この者の仕業である可能性が高い。
『え?行方不明?』
翌日――
グレンとノアは気は進まなかったものの、
職務放棄する訳にもいかず、今日も朝一でesを訪れていた。
変わらずのらりくらりと同じ会話を繰り返しつつ自分たちの能力を探ろうとするのか、それとも、昨日の一件で自分たちへの対応を変えてくるのか、それなりには
グレンもノアも覚悟を持ってこの場に現れた訳だが、es内では何やら慌ただしく不穏な空気が流れていた。
聞いてみれば、昨日自分たちに話しかけてきたあのオブザーバーが昨日の夜から姿を見せないとのこと。
建物から外へ出た形跡がないことから、職員数名が必死になってあらゆる場所を探し回っているにも関わらず、見つからないのだという。
『…』
グレンはノアと顔を見合わせる。
昨日の今日で一体何があったというのだろう。
そして、昨日の現場にいた人間たちから、万が一にでも自分たちが疑われてしまうとマズいなとグレンは考えていた。
『あの方はこの研究所内で生活をしていたのでしょうか?』
『そうです。この建物内でも最もセキュリティの整ったセクションの一つに、上位の研究者たちが滞在するエリアが作られています』
『…そうですか』
となると、地下だろうか?
いや、別に地下でなくても、esのセキュリティを突破して建物内に忍び込み、ハイレベルのサイキックに何かしらを働くなど、相当な能力を持った者でなければ不可能だ。正直な話、自分でも難しいだろう。
『仮に、ご自身の意思で外へ出たけれど、何らかの理由で記録には残らなかった…といった可能性は…』
『無いと断言してもいいです』
『…なるほど』
では、あのオブザーバーが建物内にいないのであれば、外部の人間に何かをされたと考えるのが自然だ。
――だが、そんなことが可能な人物とは一体…
『…』
もし本当にオブザーバーが何者かに連れていかれた、もしくは消されてしまったなどの問題が起きているのなら…それは、esを襲撃した犯人と同一人物という可能性は
無いのだろうか。
『…ノア』
『うん…襲撃事件の犯人が怪しいよね』
やはり、ノアも同じことを考えている。
『仮に事件や事故だとして、痕跡などは無いのですか?』
『それが…まったく何も…』
『…』
やはり、襲撃事件とこの問題は繋がっている可能性が高い。
いや…
まさかとは思うが、実は失踪者事件の方の被害者になっているという可能性はないよな?
…そこと結びつけると、失踪者事件にはesは関わっていない可能性が出てくる。
もちろん、真実は一つなのだから自分で都合のいい展開を選ぶことは出来ない。だが、そうなると何となく、振り出しに戻るような気がして気が滅入る。
『もし本当に建物内のどこにもおらず、且つ、建物への出入り記録の抜け落ちの可能性が皆無と言い切れるのであれば、この事件は襲撃事件の犯人と同一人物の可能性が高まると思います』
グレンの言葉に職員数名がこちらを振り返る。
実際にその可能性が高い上、万が一にでも自分たちに疑いの目が向くと困る。そう考えたグレンがいち早くその可能性を指摘したが、職員たちの反応は薄かった。
おそらく、esが短期間のうちに二度もそのような失態を犯すはずがないと信じているのだろう。
まぁ、それも無理はない。事実、esのセキュリティを破れる者はそうそういない。
だが、実際にそれをやってのけた者がいる。
この事実がある以上、過信と思い込みで物事を進めるべきではない。




