#29 ブラックホール
『ヴェイル統括研究監に知られる前に
あの二人のPSIのレベルを把握しなければ…』
esの建物内の一室――
オブザーバーであるこの女性のサイキックは焦っていた。
グレンとノアにはこちらの思惑がバレている。
しかも、グレンの能力値はおそらく自分が観測することも非常に困難だろう。あれほど高性能なスキャナが派手な警告音を鳴らして白旗を上げた。
それほどグレンの能力が規格外ということだ。
だが、それだけの能力を日頃は外に漏れさせず(自分に観測させず)に過ごせること自体が既に普通のサイキックではない。
『もう一人の方を狙った方がまだ可能性はあるか…』
ノアにも散々コケにされている自覚はあった。
飄々としながら偽の数値を計測させるなど、それが基本的なガード術なのか、それとも、こちらの思惑に気付いたことで咄嗟に対応した結果なのか。
どちらにしても、腹の立つやり方だ。
『そもそも、明日も来るのか?』
こうなった以上、あの二人が明日も変わらず捜査のためにここへ来る保証はない。
だが、来なければ一発で上司の機嫌を損ね、不信を買い、処分されるのがオチだ。
それだけは困る。絶対に。
『一体どうすれば…』
焦りながらそうつぶやくオブザーバーの背後から、
スゥッと音もなく黒い影が表れた。
『!?』
気配に気づき振り返るのと同時に、黒い影の目元が光る。
フードを深く被っているため顔は見えない。
だが、背格好と言いこの現れ方と言い、おそらく、八名の失踪者(厳密には拉致された者たち)を助けた人物と同じだろう。
『お、お前は誰だ!どこから入った!』
オブザーバーは、自分が何一つ気付けない間に忍び込んで来た目の前の人物に恐怖を感じた。
自分が気付けなかっただけではない。esのセキュリティを誰にも知られることなく破り、今、建物内でもよりセキュリティを強化されたエリアにいる自分の背後を難なく取るとは、一体この人物は何者なのか。
『誰だと聞いている』
『…能力の数値を知りたいのか』
『え?』
『知って何をするつもりだ』
『…』
オブザーバーはフードの中の顔を見ようと必死に目を凝らしたが、分からない。
だが、背格好からして絶対にグレンではない。
ノアよりもまだ華奢な印象を受ける。ではなぜ、この人物は自分がやろうとしていることを知っているのだろう。
『関係者でないのなら、お前の存在はすぐにでもセキュリティルームに把握される。どうせ捕まるのだから妙なマネはしないことだ』
震えそうになる声を必死に抑えながら、オブザーバーはこの人物に警告した。
実際に、間違いではない。本来なら中に入れること自体が異常事態ではあるが、それでも、入って来た者に気付かずそのまま放置するなど、esのセキュリティが許すはずはない。
『セキュリティ、か』
『…』
『機能しているかどうかはその内分かる』
『…』
『それより、PSIを計測したいのなら、今やってみろ』
『…』
まるで、自分の数値を測ってみろと煽っているかのような口ぶりだ。
だが、恐怖の中にもオブザーバーであるが故の本能的な欲求には抗えない。
esのセキュリティを容易く突破できるこの人物の能力がいかほどであるのか、そして、自分が無能ではないということを証明するためにも、今ここでこの者の数値を計測するのは当然と言えば当然ではないだろうか。測る前から桁違いだということは推測できる。それならば、この者もヴェイル統括研究監が言うように「実験体」に差し出せばいい。そうすれば自分の株も上がる…少なくとも、グレンの能力値を得られなかった分はカバーが出来るかも知れない。
『そうか。それならば、遠慮なく測らせて貰うとしよう』
にやりと笑い、精一杯に虚勢を張りながら、オブザーバーは目の前にいるサイキックの能力値を測り始めた。
見始めて直ぐに気付く。
グレンは観測遮断のシールドを張っていた。
だがそれは、能力の高いサイキックなら、危険と判断した場では自然に張る者が多いだろう。シールドを張っている間はPSIの発動中ということでもあるため、能力の低いサイキックであれば長時間は持たない。だが、グレンほどのレベルになれば、無意識の内に四六時中張っていることも可能かも知れない。
――だが、目の前のこの人物は、そのシールドを一切張っていなかった。
あまりにも容易くこの者のPSIの領域に踏み込めたため、一瞬拍子抜けしたオブザーバーだったが、この者の能力を測れば測るほど、取り返しのつかない事態に巻き込まれていることに気付く。
『なッ…こ、これはッ…』
『どうした?測れたか?』
オブザーバーの表情がみるみる苦痛と恐怖に変わり、顔色が蒼白になっていく。
対して、微動だにせずその様子を眺めているフードの人物は、表情こそ見えないものの、小さく笑っているようにも思える。
『ま、待てッ、これ以上はッ…』
『これ以上は、なんだ?』
オブザーバーは必死でこの人物の計測から手を引こうと試みた。
グレンなど比ではない。
おそらく、このまま計測を進めれば自分のPSIが丸ごとこの者の中へと引きずり込まれてしまうのではという、底抜けの恐怖に襲われていたのだ。しかも、流れ込んでくるPSIの種類や規模が尋常ではない。いくつのPSIが扱えるのか?
――そういう問題ではなかった。これはまるで…
『お前の中は、ブラックホールだとでも言うのかッ…』
『ほう…それなりには観測出来るようだな』
計測ではなく観測と言われる。
確かにそうだ。
今の自分は計測などまったく出来ていない。
ただ、この者が持つ強大なPSIとその種類の果てしなさに、なす術もなく、恐怖に慄き逃げたがっている状況だ。
そもそもオブザーバーとは「観測する者」である。かと言って、計測できない訳でもない。これは特に、オブザーバーとしての資質にも関わってくることで、そういった意味では、自分はかなり精密に数値としても能力を把握することが出来ていた。
自分に観測出来ない・もしくは計測できないPSIなど無いと、ほんの先ほどまでは本気で信じていた。
だが…




