#28 一人分の席
『…別に、お前がそれで良いなら』
『ホント?良かった。それなら、これからは俺の友達としていつでも遊びに来てよね』
『…』
『あ、ご飯ももちろんだよ?俺、毎日四人分作るからさ』
『ま、毎日!?いや、そもそも俺、この地区には入れる立場じゃねぇんだよ。その内見つかっちまったら大変なことになる…』
『…』
ノアのおかげで検問所のシステムは容易に突破できる状態ではあるが、見知らぬ顔が頻繁に出入りしているのを不審に思う人物が出てくる可能性は高い。
もしバレてしまった時に、ノアやグレンは警察の人間だ。
事が大きくなってしまうのではないだろうか。
自分が美味しい思いや楽しい思いをするために、二人に迷惑をかけてしまうのはあまりにも申し訳がないとルーカスは不安になる。
『…聞いてもいいかな?』
『なんだ?』
『ルーカスは、どの地区に住んでいるの?』
『…』
アレンに聞かれて一瞬言葉を飲み込む。
『…T-11地区』
『そっか。それだと確かに、本来ならこの地区には入れないかも知れないけど、ノアが手配してくれているんだから、絶対に問題は起きないよ』
『こんな、この地区には到底いなさそうな顔の奴がウロウロしていたらすぐにバレる』
『え?なんで?この地区に限らずそれぞれの地区はエリアが相当広いから、いちいち誰がどの地区に住んでいるのかなんてよほどじゃない限り覚えていられないよ』
『…』
『それに、ルーカスの見た目はどの地区にいたって何の違和感も無いし、むしろ綺麗な顔立ちだから、別の意味でなら目立っちゃうかも知れないけどね』
『は?』
にっこり笑うアレンの言葉の意味が分からず、暫くは呆然としていたルーカス。
だが、意味を理解した瞬間に顔も耳も、首まで真っ赤になったルーカスを見て、アレンがプッと吹き出した。
『ルーカスって自分を分かっていなさすぎだよ』
『う、うるさいなッ!き、綺麗とか言うな気持ち悪ぃッ!』
『え~、別に男の人でも綺麗な人は綺麗でいいんじゃないのかなぁ』
自分こそ綺麗な顔立ちをして良く言う。
ルーカスはそう思ったが、そういったことを言葉に出せるようなタイプではなかった。
それに、自分はさっきの問いに一つ、咄嗟に隠したことがある。
ルーカスが現在T-11地区に住んでいるのは事実だ。
だが、そもそもの出自はT-11地区ではなく、サイキックとノーマルが混在するT-13地区だった。…ノーマルだけの地区であるT-14・T-15地区から近い階級の、言い換えれば、この二つの地区を除けば最下級となる地区の出だ。
一般的に考えれば、T-14・T-15地区はノーマルオンリーの地区で、全体から見ても最下層の地区となっているが、ノーマル同士、家族や友人が助け合って健全に暮らしているという意味では、まったく恥じることのない普通のエリアと言える。
だが、T-12・T-13地区は、サイキックとノーマルが混在している地区だ。
もちろん、概ねこの二つの地域も大きな問題ごとはなく存在している地区ではあるが、個人単位で考えた場合、サイキックとノーマルの混在の「理由」次第では、あまり良い状態とは言えない家庭も多く、その結果、子供が不幸になることも、他の地区に比べると圧倒的に多いエリアとなっていた。
その証拠に、T-13地区には全エリアの中で唯一、孤児院が存在した。
サイキックの親が、生まれた我が子がノーマルであることに耐え切れず育児放棄に至ったり、強大すぎるPSIを持つサイキックの子供をどう扱えばいいのか分からなくなった親が我が子を恐れ始め、愛情が薄れて行ったり…そういった、複雑な家庭環境で親からの愛情を得られなくなったり暴力を振るわれるようになってしまった子供たちが少なからず生活をしている場が孤児院だった。
そして、ルーカスも幼少期はその孤児院で育っている。
強大なPSIのおかげで、大人になるのと同時に孤児院から出て、T-11地区へ移動し生活が出来るようにはなったが、出自のせいでまともな仕事には就けず、こうして個人で「何でも屋」のようなことをしていた。
本来、自由気ままに何事にも縛られずに過ごしていきたいルーカスにとって、今の在り方は正解とも言えるが、頼れる身内もなく、信頼できる友もいない中で孤独に過ごしてきた身からすると、今こうしてグレンやノア、そして、アレンと過ごす時間や自分の立ち位置が、なんだか現実では無いような気がして、どう反応していいのか分からなくなる瞬間があった。
『そうだ、ルーカスさ、いっそのことこの家に住んじゃえば?』
『な、なに言ってるんだよ』
『いや、いい考えだと思わない?』
『思わねぇ!なんでそういう話になるんだ!』
『だって、いくら問題なく行き来が出来るといっても、T-11地区からここへ来て、また帰るのは結構大変でしょ?』
『へ、平気だし!飯食った帰りはグレンがT-15地区まで飛ばしてくれることも多いし、それに、平気じゃないなら来なければいいだけの話だ』
『さっき、友達になったよね?俺たち』
『…』
なるほど。
ノアがアレンのことを「意外と頑固」と言っていたのは、こういうところなのかも知れない。確かにさっき自分はアレンと友達になることに同意した。だが、その話と、この家に住むという話はまったく別の問題だ。それに、この話に関してはグレンが反対するに決まっている。
『ここはお前だけの家じゃないだろ?』
『兄さんのことなら平気だよ』
『聞かなきゃ分からねぇだろ!』
『ルーカスは?』
『え?』
『兄さんがいいって言ってくれたら、ルーカスはここに住む?』
『…』
頑固というより、強引じゃないか。
なんで今自分は、住むか住まないかの二択で迫られているのか。
そもそも、住む必要性が無い話ではないのか。
『…いくら何でも、突然人の家に住むとかは…』
『…ごめん、確かに展開が急すぎたかも。
でも、もしルーカスが嫌じゃなければ、
俺は兄さんに本気で相談したいと思ってるよ?』
『…』
初めて会った時は、繊細で柔らかく、陽だまりのような印象を受ける奴だなと思っていた。今でもその印象は間違ってはいなかったと思っているが、にっこり・やんわりとした雰囲気を持ちながらも、アレンは割と自分の意思をまっすぐに強く持った人間だとルーカスは思う。
自分は、表向きは攻撃的でうるさく、人にマウントを取られないよう必死に虚勢を張るタイプだが、内心ではそこまで強い人間ではないと自覚している。
まるで、そこを見抜かれたような気もして、複雑な心境だ。
『…正直ちょっと良く分かんねぇけど。ただ、お前がグレンに何を聞こうが、それは俺には関係のないことだから』
『…そうだね。それなら早速、今日にでも相談してみるよ』
『!』
おいおい、万が一俺がそそのかしたと思われたらどうするんだ。ルーカスは何となく肝を冷やすような感覚に陥ったが、アレンに「悪いけど、これをテーブルに並べてもらえる?」と声を掛けられ、慌ててイスから立ち上がった。




