#27 友達
『いらっしゃい』
『…おう』
気まずそうに訪ねてきたルーカスを、笑顔のアレンが出迎える。
まだグレンとノアは帰宅する時間ではない。
それでも、ルーカスは一人で早めの時間にブラッド家を訪れていた。
『コーヒーで良い?』
『あぁ』
『二人が帰って来るまでもう少し時間があるから、これ、戴き物なんだけどコーヒーと一緒に食べよう』
そう言ってアレンがテーブルに出したのは美味しそうなフィナンシェだった。
ルーカスには馴染みのない菓子だったが、差し出されるまま一口食べてみる。
『…美味いな』
『フィナンシェって美味しいよね』
もぐもぐと手が止まらなくなるルーカスに笑いながら、コーヒーを淹れたアレンも席に着く。
実は、ルーカスが夕食に呼ばれるのは今日が初めてではない。ノアに「明日食べに来い」と言われた翌日、ルーカスは約束通りにブラッド家を訪れた。
そして、四人で食卓を囲み、楽しい時間…というよりは戸惑いの時間を過ごした。
人と団らんの時間を持つという経験がほとんど無かったルーカスにとって、人と囲む食卓は楽しいよりも緊張と違和感の方が勝った。
それでも、嫌な気持ちになることなくそれなりに楽しむことができたのは、何よりもアレンの明るく優しいもてなしと、グレンが気遣って色々と話しかけてくれたこと。そして、ノアがこれまでほどのトゲを見せてこなかったこともあって、時間の最後まで穏やかに過ごすことが出来たのだった。
その席でアレンが「ルーカスさん」と呼ぶのにむず痒さを覚えたルーカスが、「さんは付けなくていい」と伝え、「それなら俺のこともアレンと呼んでね」と言われ、グレンに「友達の始まりのようだな」と笑われた。
正直に言えば、この時のルーカスにとっては食事を共にするという空間をそこまで快適に感じた訳ではなかったが、「また来てくれる?」とアレンに聞かれて、思わず「おう」と答えてしまった手前、一日空けた翌々日には再びこの食卓の席に着いていた。そして、気づけば今日が五度目のお呼ばれである。
『お前、毎日飯作ってんのか?』
『そうだよ』
『面倒じゃねぇの?』
『まったく問題ないよ?忙しい兄さんと違って俺は家で仕事をしているし、時間に余裕もあるからね』
『それじゃあ、家のこと全部やってんのか?』
『うん』
『すげぇな』
にこにこ笑顔を絶やさず、毎日美味しい食事を作り、居心地の良い清潔な空間を保って、家族を迎え入れたり客をもてなしたりしている。自分にはどう考えても出来ないことだが、そもそも、この兄弟には親はいないのだろうか?
『…聞いていいのか分かんねぇけど』
『なに?』
『親はいないのか?』
ルーカスの問いに驚いたように瞬きをしたアレンが、優しく笑って「いるよ」と答えた。
そうか、いるのか。まぁ、そうだよな。普通はいるものだ、親っていう存在が。
そう、ルーカスが自分と比較しながらボンヤリと考えていると、アレンが「でも、」と続ける。
『一緒には住んでいないんだよね』
『まぁ、そうだろうな。見たことねぇし』
『同じ地区に住んではいるけど、ちょっと離れたところにいるんだよ』
『なんでわざわざ離れてんだ?…いや、まぁ、いい大人なんだから離れるのも別におかしくないか』
『そうだね。もちろん、一緒に住むのでも良いんだろうけど、ちょっと事情があって。兄さんは本当なら一人暮らしをしたかったかもしれないけど、俺がノーマルだから、心配させちゃうんだよね、昔からさ』
『…』
『親も俺のことばかり気に掛けるから、必然的に二人暮らしなら…っていう感じになっちゃったんだよね』
そう言って少しだけ寂しそうに笑うアレンを見て、ルーカスが疑問を口にする。
『ひょっとして、グレンと一緒にいるのは嫌なのか?』
『まさか!』
ルーカスの言葉にアレンが慌てて否定をする。
まぁ、あれだけ弟思いの兄を嫌がるだなんてこと、少なくともアレンに限っては無さそうだなとすぐに納得する。でも、何となく、アレンの言葉や思いには、気遣いや遠慮の一線が見えるような気がした。
『それなら何でそんな感じなわけ?』
『俺のせいで兄さんの自由を奪っているような気がして、申し訳ないなって思ってさ』
『…グレンはまったくそんなことは考えていない気がするけどな』
『うん、そうなんだよね。俺もそれは分かってるよ』
『それなら気にしなくても良くね?』
『確かに、そうなんだけど』
困ったように笑うアレンを見て、基本的に物事を単純に判断してきたルーカスには、アレンに複雑な心境があるとして、それは自分には理解の出来ないものなのだろうと
すぐに気持ちを切り替える。
『俺から見ればお互いに大切に思い遣ってる感じがするから、それでいいんじゃねぇのって思うけどな』
『そうだね、ありがとう』
「そろそろ準備を始めようかな」とアレンがキッチンに立って、作り終えていたおかずを温めなおしながら、ルーカスに問いかけた。
『そういうルーカスは?親御さんと一緒に住んでいるの?』
『え?』
アレンの言葉に顔を上げたルーカスが気まずそうな顔で、「あー、俺は一人暮らし」と答える。
『そっか。だったら尚更、今後もうちで夕食を食べたらいいよ』
『いや、あまり世話になるのはどうかと…』
『なんで?三人分作るのも四人分作るのも同じだから、遠慮はいらないよ?一人暮らしだと中々ご飯を作ることもないでしょ?』
作るどころか、そこまで腹が減らなければ食べないことも多いルーカスにとって、ブラッド家で出される「一汁三菜」の夕食は、美味しいだけでなく豪華すぎて面食らう。
たまにならまだしも、今後も当たり前のようにご馳走になるなら、自分だけ何も返さない訳にはいかない。お金に余裕がある訳でもなく、渡せる物がある訳でもない自分に、こんな恵まれた食卓を囲む権利などあるだろうか。
『ルーカス?どうしたの?』
『…俺、そんなに金持ってねぇし、得意なことがあるわけでもねぇから』
『?…だから?』
『いや、だから、タダ飯食ってばかりなのは申し訳ねぇかなって…』
『…』
ルーカスが最初、何のことを言っているのかも分からなかった様子のアレンだったが、気付いたとたんに「何を言ってるの?」と悲しそうな顔をする。
『俺が食べに来てほしいって言っているんだから、何も気にする必要はないでしょ?』
『いや、そういう訳には…』
『…ごめん、俺が迷惑をかけているかも知れないよね。こんな強引に誘ってしまって』
『いやッ!それは全然問題無いんだけど…』
『…それならどうして?』
『…』
そもそも、裕福な家の人間のすることは自分には理解ができないのかも知れない。
ルーカスはそう思いながら、何の見返りも求めず自分に美味しい食事を振る舞ってくれるアレンの気持ちに感謝はしつつも、何となく受け入れがたい感情が消えないでいた。
…そんなルーカスの心中を察したのか、アレンが「これならどう?」と提案する。
『俺と友達になってよ』
『へ?と、友達?』
『うん。あまり体が強くないせいで、子供の頃から友達がいなくてさ』
『…』
『今後もこんな風に、別に、食事の時間だけに限らず、暇な時には遊びに来て貰えると俺も楽しい時間が過ごせるし、それで「お互い様」ってことじゃダメかな?』
『…』
かかる費用や労力、時間などを考えたら、まったく「お互い様」では無いような気もしたが、それがアレンのルーカスへの気遣いだということくらい、ルーカスにも理解は出来た。
――その上で、自身にも友人と呼べる相手などいないルーカスにとって、アレンが提案した「友達」という言葉は、何ともくすぐったいような気恥ずかしさと共に、「悪くないかも知れない」という淡い期待を与えた。




