#02 五十年前の失踪
『グレンさ、気持ちは分かるけど…あれは無理だよ』
斜め後ろから聞き慣れた声が呟く。
『…分かってる』
『そもそも僕達の部署って、「PSIを一つでも多く扱える優秀なサイキック」だけを集めたエリート集団だよ?』
『分かってるって言ってるだろ?』
『その中でも最も優秀なリーダーであるグレンがあんなことを言ったって、説得力なんかこれっぽっちも無いよ』
『お前うるさいな。俺は差別が嫌いなの!』
『まぁ、それももちろん分かるけどね』
ムキになって言い返すグレンを見て、ノア・コールドウェルは苦笑した。
その笑い方は、諦めと親しみが半分ずつ混ざっている。
深いチョコレート色の髪を短く整えたノアは、一重のクールな瞳と薄い唇が印象的だ。
グレンのような華やかさは無く、中肉中背のどこにでもいるような素朴な雰囲気の
青年に見えるが、無表情が基本で淡々と見えるその顔立ちは、清潔感と冷静さを併せ持ちつつ、時にどこか愛らしい雰囲気も感じさせる不思議な魅力を湛えていた。
ノアもまた、差別には反対だ。
ただ、グレンに比べればずっと「世間の風潮」を割り切って見られるタイプでもある。
『…』
グレンは資料のホログラムを指先で消し、唇を結んだ。
この時代――
人並み以上のPSIを持って生まれ、子供の頃からもてはやされて育った者達が、最終的にエリートとして受け入れられ重要な仕事を与えられている現状では、ノーマルを見下し優越感を覚える人間が隣りにいても何ら不思議ではない。
それはグレンだって理解している。
ただ、彼は感情的になりやすく、それは特に「弱者」に向けられるマイナスの感情を感じた時、顕著に表に出る。
元来面倒見がよく、正義感が強い。
筋の通っていない言動を見逃すことが出来ない性格なのだ。
その点では、傍観者に回ることも選べるノアの方が、精神的には大人と言えた。
――だが、実際の年齢はグレンの方が二つ上である。
互いに二十代後半。
だが、PSIが与える影響のせいか、それとも今のところは純粋な若さのおかげか、どちらも年齢よりは若く見えるルックスを保っていた。
サイキックが自身の持つPSIを最大限に扱える年齢は、およそ二十代から四十代にかけての三十年程。もちろん、生まれながらにPSIは備わっており、寿命が尽きるその瞬間まで使うこと自体は可能だ。
ただ、気力・体力・若さ・技術――あらゆる面で条件が整うのはその三十年がピークだと言われている。
もともと微量のPSIしか持たない者の中には、老いと共にノーマルへと変化してしまう者もいる。だが、グレンやノアほどのレベルになれば、恐らく命が終わるその瞬間まで、ピーク時と変わらぬPSIを扱えるだろう。
能力の差は、ただ「強い」「弱い」では語りきれない。
継続できる者だけが歴史の前に立てる。
それは、才能より残酷な現実だ。
普通のサイキックは、自分の中でPSIを一種類だけ保持していることが多い。
似た系列のPSIを二つ扱える者もいるが、その場合どちらかが極端に微弱であるか、
あるいは両方が人並み以下であることがほとんどだ。
しかし、グレンは五つ、ノアは三つのPSIを扱うことが出来た。
しかも、そのどれもが異なる性質を持つPSIであり、いずれも一級品の強度と精度を持つ。
そのため二人は、「二つ以上の強大なPSIを扱えること」が条件となっている超エリート組織「特別治安執行局」の中でも、ひときわ目立つ存在だった。
中でもグレンは、サイキックとしては警察組織内トップと言って差し支えない人間だ。
…と言うより、世界広しと言えども、五つのPSIをいずれも人並み以上の能力として扱える者など、一体どれほどいるのだろう。
それくらいに、稀有な存在だ。
『しかし異常だよな』
ふと、グレンが呟く。
『まぁね。でも――昔にもあったよね?聞いた話だけど、こういうノーマルの大量失踪事件』
『…あぁ。五十年前の件か。未解決のまま、だろ?』
『情けない話だよね。証拠が全く見つからなくて、そのうち担当していた警察の人間がまるで「警告」を受けるかのように殺され始めて…当時のトップが事件からの撤退を決断したらしいよ』
『それが許されるってどういうことだよ』
『さぁね。僕らが生まれるずっと前の話だからさ。時代もあっただろうし。――ま、あれ以降、法改正もされたし、今はそう簡単にはいかないでしょ』
苛立たしげなグレンの横顔を見ながら、ノアは肩を竦めた。
今起きているノーマル大量失踪事件は、五十年ほど前に起きた事件と酷似している。
解決はおろか、犯人に屈する形で闇に葬られた、警察にとって最大の汚点だった。
この失態を二度と繰り返さないために「優秀なサイキックだけを集めた専門の部署を作るべきだ」との声が上がり、結果として今のグレン達の部署が立ち上げられたのである。
「特別治安執行局」とは、形式上は警察内の組織だが、実質的には半独立機構として扱われる部署で、異能・高危険度犯罪を対象とし、通常の捜査権限・指揮系統を超える裁量を持って捜査に当たる組織である。
グレンはこの組織のトップである「執行局長」「執行監」に次ぐ「上級執行官」であり、最前線の指揮官として「危険度S〜A案件」を担当する部隊長として働いている。
ノアは「特治分析・管制官」であり、本来なら非戦闘職として「能力解析・未来予測・情報管制」を担当しているが、グレンと親交が深く信頼も得ているため、必要であれば共に現場へ出向くこともしていた。
要は二人とも、年齢こそ若いが、超エリートコースを走る貴重な人材だ。
『昔の事件は、どう考えてもサイキック集団の犯罪だろうしな』
『当時の警察にも専門部隊はあったんだけどね。特治ほどの規模では無かったし、レベルも知れていた。だから、結果的に歯が立たなかった。
まぁ、その結果、今僕達がこうしてここにいる。…一応、失敗から学んではいる訳だ』
学んだのは形だけかもしれない。制度と心は、必ずしも同じ速度で変わらない。
『敵もサイキック――そんなの、ここ数十年で始まったことじゃないのにな』
グレンは軽く舌打ちし、窓の外を睨んだ。




