#01 解析率0%
『ここひと月で十九名?二日に一度以上のペースじゃないか。異常だろ』
『しかも、ノーマルばかりが狙われているんです』
遠い遠い未来。
世界の人口の80%近くが超能力者――
いわゆる「サイキック」と呼ばれる人間になっていた。
かつては当たり前だったはずの、何の能力も持たない人間「ノーマル」は、今や全体の20%。肩身の狭い思いを抱え、様々な場面で、その「能力の無さ」を理由に理不尽な扱いを受けることも少なくない。
もはや世界は、国や言葉の違いではなく、PSI―超能力―を持つか持たないかで線引きされる時代だった。
判断基準は、どれだけの能力を持つか。ただそれだけだ。
当然、差別を厳しく取り締まる側もあれば、法の目をかいくぐり、ノーマルを徹底的に踏みにじる側も存在する。
警察組織をはじめ、公的機関のほぼすべてにはサイキックが配属され、社会のあらゆるシステムや常識は、2000年代前半のそれとはすっかり様変わりしていた。
かつて「人材」とは人間そのものを指していたが、今ではただのPSIの数値なのである。
『短期間にこれだけの失踪者が出ていて、未だに何の情報も掴めていないのか?』
『…申し訳ありません』
T-15地区管轄署の仮設会議室。
警察特殊部隊の中でも最もエリートとされる「特別治安執行局」通称、特治に所属するグレン・ブラッドは、ここ最近この区域で相次いでいるノーマルの失踪事件が一向に解決に向かわないことから、部下数人を連れて現場に派遣されていた。
グレンの登場にその場にいた誰もが視線を向けた。
漆黒の髪が首元まで無造作に伸び、端正な顔立ちは長めの前髪に半ば隠れている。
そこから覗く、髪色と同じく漆黒の瞳はくっきりとした二重で、意志の強さを感じさせる。
長身に長い手足、健康的に焼けた肌と無駄のない体つきが、訓練された者特有の静かな強さを漂わせていた。
そんな、人目を引くルックスの持ち主である上司に詰められ、相手の刑事が完全にのまれているのは誰の目にも明らかだ。
ただそこに立っているだけなのに、空気が一段引き締まる。
威圧ではない。「黙っていても人を動かす存在」というものが、確かにあるのだと感じさせる空気だった。
『…』
テーブル上に投影されているのは、十九名分のホログラフィックプロフィール。
宙に浮かぶ顔写真はゆっくり回転し、必要な情報だけが淡く青い光で強調される。
「忽然と消失」という文言ばかりが並ぶデータをスクロールしながら、グレンは小さいため息をついた。
解析率:0%。
関連性検知:なし。
危険度判定:不明。
システムが淡々と表示する「何も掴めていない」という現実に、会議室の温度が一段下がったように感じられた。
現場の空気は、重いというより、ただただ「手詰まり」の色に沈む。
『…PSIにばかり頼らず、自分の足も使えと言われているだろう?PSIで情報が得られなければそれ以上は無理――そんな発想の人間は、警察には不要だ』
壁際で所在なさげに立っていた管轄刑事に視線も向けず、グレンが低い声で告げる。
『ブラッド上級執行官、彼はノーマルですよ』
同行していた若い部下が、気まずそうにそう口を挟んだ。
『そうか。…それでは君は、ノーマルであることを理由に何も行動を起こしていなかったということで相違ないか?』
『いえっ、そんなことは…申し訳ありません、以後気を付けます』
慌ててそう言い残すと、管轄刑事は逃げるように会議室を後にした。
その背中を見送りながら、グレンは二つ目の溜め息を吐く。
そして、先ほど余計な一言を添えた部下へと向き直った。
『ところでお前、彼がノーマルだから何だと言うんだ?』
『…え?』
『俺が彼をノーマルだと気付かなかったことへの指摘か?』
『と、とんでもない!
自分は、彼の能力が無に等しいことをお伝えしたかっただけで』
『だろうな。さっきのお前の顔からは、どうにも勝ち誇ったような印象を受けた』
『…』
『ノーマルだから何だと言うんだ?警察の人間が率先して差別か?』
『…いえ、それは…』
『一つだけ言っておく。警察の仕事は、PSIの有る無しに関わらず、正義と信念に基づいて犯罪を失くす意欲と情熱を持っているかどうか――それだけだ。
PSIは捜査を効率的に進めるための個々のツールに過ぎない。
それを持たない者は同じことを行うのに手間を要するだけで、決して無能である根拠にはならない』
言い終えた瞬間、室内全体が硬い空気に包まれる。
誰かが咳払いをし、誰かが視線をそらす。
正論は、時に沈黙より重い。
グレンの冷ややかな視線を受けながら、若い部下は深々と頭を下げた。
怒りはまだ胸の奥に燻っていたが、これ以上時間を無駄にする訳にもいかない。
グレンは部下達に指示を出しそれぞれ持ち場へ散らせると、ようやく肩の力を少しだけ抜いた。




