#25 測定不能
『申し訳ないですが、これ以上ここで捜査を継続するのは無理があります』
『ですが…』
『完全に初動が遅れている状況です。このままでは、犯人を特定するのは日に日に不可能になってしまいますよ?』
襲撃事件から数日経っているにも関わらず、esは未だにグレンとノアを外には出したがらない様子だった。
そもそも遠隔での攻撃を仕掛けてきた可能性が高いのだから、外に出るどころか、証拠や手掛かりがあってもなくても、どこまででも追いかけていかなければ話にならない状況のはずだ。それを、何だかんだと理由をつけては建物内にいさせたがる。外へ出たとしても直ぐに戻れと言われる。
――グレンとノアはいい加減我慢の限界に来ていた。
だいたい、建物内に留めたがる理由は自分たちのPSIの数値を測りたいからだろう。
それを分かった上でここまで我慢しているのだ。
数値なんて何日かかっても計測など出来ないのだし、本気で犯人を捕まえてほしいと思うなら、自作自演ではないと言うのなら、いい加減に解放してほしい。
失踪者事件のことがなければ、引き止められていることをこれ幸いとして、esの内部をじっくりと調査するのも悪くはなかっただろう。だが、自分たちには一刻も早く戻らなければならない現場がある。
『失礼ですが、私たちがこの場に留まって無意味な捜査を続けなければいけない理由とは何でしょうか?』
『ブラッド上級執行官、落ち着いてください』
『落ち着いていますよ。こちらはただ、納得のいく説明を求めているだけです』
初日からずっと自分たちの担当にあたっているこの場の「名目上の責任者」が、慌てた様子でグレンの機嫌を取ろうとする。マーゴット・ヴェイル統括研究監は初対面の時以来顔を見ていないが、この「名目上の責任者」をはじめ、自分たちの周りをウロついているesの職員たちは、おそらくヴェイル統括研究監から何としてでも自分たちのPSIの数値を測るよう命令でもされているのだろう。
『お聞きしますが、この研究所が襲撃される…まして、建物が一部崩壊したなど、かなりの緊急事態ではないかと思いますが、いかがですか?』
『えぇ、それはもちろん…』
『では、その犯人を直ぐにでも追わせて貰えない理由は何でしょうか?国内でトップレベルのセキュリティを誇るはずの建物のシールドが何者かに破られた…にも関わらず、その犯人を追わないというのは警察の人間として理解できかねます』
『仰る通りです。ですが…』
『…襲撃されたというのは本当ですか?』
『え?』
『襲撃をされたというのは、事実なのでしょうか?』
グレンの言葉に「名目上の責任者」の表情がより一層焦りの色を濃くする。
PSIの計測を抜きにしても、警察を馬鹿にしすぎてはいないか。
どう考えても自分たちは暇ではない。
万が一にでも自作自演というなら、ルーカスの言葉ではないが、自分のPSIを極限まで放出して計測不可能に陥らせた上、二度とこの場に呼ぶなと捨て台詞の一つでも残してさっさと出ていきたい。
『もちろん、真実です。当然じゃないですか』
『それなら何故、捜査の邪魔をするのです?』
『邪魔などしておりません』
『お言葉ですが、我々警察は、連日呑気に接待を受けに来る時間があるほど暇では無いんですよ』
『…』
『建物内であなた方と話をするために足を運んでいるのではありません』
『…』
『この事件に関して解決の意思がそちらに無いのであれば、他の者に担当をさせます。私たちは他にも重要な現場を抱えているので、一分一秒でも時間が惜しいんですよ』
『…』
こんなマネをして帰局すれば、上から相当言われるだろう。
おそらく、警察にとってesは大切なビジネスパートナーだ。
機嫌を損ねるような言動は何があっても慎むべきだろうとは思うが、もうこれ以上は時間を無駄にできない。フロストには連日の様子をしっかり報告している。
さすがに最近では報告を聞くたびに眉を顰めるような表情が見えていた。
現状に加えて、これまでの自分の言動や実績を考慮し、どうにか小言レベルで許してもらえることを心底願う。
小さくため息をついたグレンがノアと視線を交わし、建物を出ようと振り返った時、背後から「名目上の責任者」ではない者の声がした。
『お待ちください』
『…何か?』
自分たちが先ほどまで滞在していた部屋の隣りから出てきた一人の女性。
グレンもノアも、瞬時に「この女性がオブザーバーだ」と確信した。
『襲撃事件は紛れもない事実です。今後の安全面を考えても犯人は必ず捕まえてほしいと思っています。ただ…』
『…』
『実は、お二人には他にもお願いしたいことがございまして…』
切羽詰まって、バカ正直に真正面からお願いでもするつもりだろうか。
いや、それをしてしまえば、なぜ能力値を知る必要があるのかなど、余計なことまでこちらに話さなければいけなくなる。…一体どう出てくるつもりか。
『お願いとは?』
『…立ち話で済むような話ではございませんので、出来れば少々お時間をいただければと…』
言いながら、一瞬ではあったが目の前の女性――
オブザーバーの目が光る。
あぁ、そうか。
そちらがその気なら、もう遠慮はいらないだろう。
グレンはノアを見た。言葉には出さずとも、ノアにはグレンの意図が読めたようだ。
この場では自分は何もしてはいけないとでもいうように、静かにグレンの後ろへ一歩下がる。
『出来れば今ここでお願いできませんかね?』
『…』
そう言いながら、グレンの漆黒の瞳が真っ赤に染まるのを見たオブザーバーは、一瞬怯みつつも、必死にその能力を測ろうとしているようだった。
しかし――
『…一体どういう…』
焦った表情のオブザーバーがそうつぶやいたのと同時に、彼女が出てきた部屋から鋭い警告音が鳴り響いた。
『何事です!?』
驚いて部屋を振り返ったオブザーバーや「名目上の責任者」、その他数名のスタッフが動揺している隙に、グレンとノアは足早にesを後にした。
二人を引き留めたかったオブザーバーが悔しそうな顔をしたが、警告音を無視できず部屋の中へと駆け込む。
『これは…』
ESPスキャナの表示画面に赤い文字が浮かび上がっている。
それを見た誰もが言葉を失った。
――PSI SCAN MEASUREMENT LIMIT EXCEEDED――
『…一体、どういうことだ?』
『…計測不能ということかと…』
『バカな!今私が目の前で直接観測した限り、何も読み取れなかったんですよ!?』
『それは、やはり今回も観測遮断を受けたのではないかと』
『ではなぜ、スキャナだけ反応したのですか!?』
けたたましい警告音が鳴りやまない部屋の中、オブザーバーの問いに一人の職員が青い顔をして答えた。
『…敢えて、スキャナにだけ干渉を許したのではないでしょうか?』
『…』
『その結果が、測定不能ということかと』
『…』
『少なくとも、機械では計測できない数値の持ち主ということです』
『…』
オブザーバーがギリリと歯を食いしばる音が聞こえる。
自分の能力を持ってしても測れなかったグレンのPSIの数値。
だが、計測を許されたスキャナが下した判断は「計測不能」――しかも、グレンがわざわざこんな行動に出るということは、おそらくこちらの思惑が最初からバレていたのだということにもなる。計測に失敗し、その上、こちらの本来の意図が相手に筒抜けであるなど、どう考えてもヴェイルには言えない。
結果的に、これほどの能力の持ち主であるグレンに完全に警戒されたとあっては、自分にどんな処分が下されるか分かったものではない。
『この件はまだ誰にも口外しないようにお願いします』
『ですが…』
『私が責任を取ります。絶対に口外しないように』
『…分かりました』
オブザーバーは、何としてでもグレンとノアの二人を、その能力値と共にヴェイルに差し出さなければ自分の身が危ないと焦り始めた。
どうせこちらの思惑はバレているのだから、こうなったら手段も体裁も関係ない。
とにかく、二人をヴェイルに差し出さなければと、勝手な行動へと移り始める。




