#24 居場所
『何を驚いているの?今のはどう考えてもノアが悪いでしょ?』
『…』
『俺は自分がノーマルなことに何の違和感も罪悪感も感じていないのに、なんでそんな風に気を遣うんだよ』
『…』
『俺はただ、二人に協力してくれているルーカスさんにも、自分が作った料理でおもてなしが出来たら嬉しいなって思っただけだよ?』
『…』
『みんなで、楽しく過ごそうよ』
最初こそ口調が強めではあったものの、本来怒ることに慣れていないアレンの言葉は、みるみる小さく、弱々しく、最後にはささやかな願いのようなつぶやきとなる。
それを聞いたノアが即座に「ごめん」と言ったのを聞いてルーカスが心底驚いたのと同時に、グレンが「確かに、気にし過ぎた俺たちの方がおかしかったな。今のは」と苦笑した。
『…俺も、この二人にとって身近な人間=サイキックと決めつけた発言だったから、そこは謝る。あとまぁ…俺はホント、飯とかどうでも良いから、そこまで嫌がられてんのに呼ばれる気はねぇよ。じゃあな』
そう言ってそそくさとリビングを出て行ってしまったルーカスを見て、呼び止めようとしたアレンが酷く残念そうな顔をする。
それを見たノアが小さくため息をついて、直ぐにでもルーカスを追った。
『おい!』
『は?なんだよ着いてくんな』
『…見送りだ、見送り』
『何だそれ、気味悪ぃんだけど』
気まずそうにそうつぶやくノアを鬱陶しそうに見つめたルーカスが、「気にすんな」と続けてさっさと帰ろうと足を速めた。そんなルーカスに「ちょっと付き合え」と声をかけたノアが、兄弟の家の隣りに建つ、自身が住んでいるマンションの屋上へ誘う。
『何なんだよ、俺帰りたいんだけど』
『…さっきのは確かに僕の態度が悪かった』
『…』
『何も知らないお前に悪気がないことくらい分かってはいるけど、自分の中でアレンがノーマルだという事実は、子供の頃からずっとデリケートな領域だったから』
『…』
いちいち自分などに言い訳をする必要もない。
しかも、この男が自分に謝るなど、まったくイメージが湧かない。
ルーカスは妙な感覚を感じつつも、あまり踏み込まない方が良い話題なのではないかと考え、早々に会話を終わらせようとした。
『マジで気にしなくて良いから。もう帰るぞ』
『…お前、この流れで僕の話を聞きたいとか思わないの?』
『思わねぇよ!俺は面倒なことや複雑なことが苦手なんだ!』
『…まぁ、見た目通りだな』
そう言って呆れたように笑ったノアが、どこかホッとしたようにも見える表情で「明日食べに来いよ」と言った。
『は?何を?』
『何をって、夕飯に決まってる』
『…いや、俺は別に…』
『アレンはああ見えて頑固だからね。お前が一度も顔を出さなければ僕が怒られる』
『勝手に怒られてろよ!俺には関係ねぇだろ!』
『そう言わずに。…アレンがお前に来てほしいなら、そうしてやってほしい』
『…』
飄々とした雰囲気で、感情で動くようなタイプには見えない男だと思っていたのに、あのアレンという人間は一体コイツのどんな弱みを握っているのだろうかと、半分冗談・半分本気に考えてしまったルーカスだったが、それでも、今日誘いを受けて明日には早速ご馳走になりに来るなど、あまりに恥ずかしくないだろうかと悩んだ。
『…俺は人と飯を食うことに慣れていないし』
『…』
『その…マナーとかもまったく知らねぇし』
『…』
『性格もこんなんだから、一緒に食っても楽しくねぇと思うんだけど』
ノアはルーカスを見つめた。
ひがみなどではなく、かと言って冗談を言っているようにも見えない。
ただ自身が思う事実を淡々と語っているように見えて、それが何だか、過去に置いてきた自分の孤独な寂しさと似たもののような気がして、ノアは一つため息をつくと、
ルーカスに伝えた。
『楽しくないかどうかはアレンが決めることだ』
『え?』
『まぁ、僕はもしかしたら楽しくないかも知れないけど?』
『お前な…』
『グレンはなんだかんだ言ってお前のこと気に入っていそうだしな』
『…』
『とにかく、明日来いよ。それで、アレンとお前が楽しいと感じたならそれでいいんじゃないの?』
『…』
ノアの言葉にルーカスは何とも言えない感情を自覚した。
なんて言うのだろう。
むず痒いような、煩わしいような、でも、悪くないと思えるような不思議な感覚だ。
『…俺は明日もこの地区に普通に入れるのかよ』
『誰に言ってる?僕がいるんだから余裕でしょ』
『警察の人間とは思えねぇな。最低だろ』
言いながら、ふと、屋上からの眺めを意識する。
夜とは言え、中心部はキラキラと明かりがきらめく美しい夜景だ。
ノアたちが住んでいるこの一帯は「閑静な住宅街」といったところだが、それでも、寂れた感じも物騒な感じも皆無な、上品で清潔で安心・安全な雰囲気が漂う、心地の良い地域だ。
地区によってこんなにも差が出るものなのか。
――いや、出て当然か。
ここはT-01地区…市民が住める場所の中で最高峰の地区なのだから。日頃ルーカスが目にしている地域とはかけ離れた世界と言える。
…だが、
『…ノーマルなら、用心しねぇとな』
『え?』
『まぁ、この地区に悪さをしに入る奴なんていねぇだろうけど、気をつけるに越したことはねぇし』
『…そうだね。それはもちろん、僕たちもアレン自身も分かってるよ』
それならいい。
ほんのわずかな時間、言葉を交わしただけでも人となりはそれなりに分かる。まして、この難しい人間がこれほど大切に思っている相手だ。嫌な奴の訳がない。
…そもそも、良い奴だろうが嫌な奴だろうが、犯罪に巻き込まれていい訳もない。
――早く解決に向かわなければ。
ルーカスに、失踪者事件に対する大きな義務感と責任感が生まれた瞬間だった。
依頼主だけの話ではない。
この事件そのものを許してはいけないという確固たる感情が生まれたようだった。




