#23 ノーマル
『それじゃあ、そういうことで』
『あぁ。ところでルーカス、お前ちゃんと食って休んでるか?』
『別にどうだっていいだろ?』
『良くないだろ。体が資本の仕事なんだ。寝食にはしっかり金と時間を使え』
『分かってるよ』
その後しばらく話を続け、三人グレンの部屋から出る。
褒められることに慣れていないだけではなく、心配をされることにも慣れていないのか、ルーカスがグレンの気遣いに動揺したように反応した。
若く健康な体を持っているからこそ動けてはいるが、あまりしっかり食べているようには見えず、睡眠も取れているのかいないのか、表情に疲れが見える気がしたため、余計なお世話だとは思いつつも、グレンは口を出さずにはいられなかった。
これはおそらく、グレンの「兄気質」が顔を出したのだろう。うるさそうにするルーカスに小言を言うグレンを見て笑いながら、ノアがアレンに「ごちそうさま」とコーヒーカップやナッツの入っていた小皿を返した。
『お疲れ様』
そんなノアに笑って言葉を返したアレンに気づき、ルーカスが振り返る。アレンもルーカスを見ると「気を付けて帰ってくださいね」とにっこり笑って声をかけた。
ルーカスはというと、アレンの笑顔に気まずそうに「あぁ」と返すだけで、それ以上の会話は成り立たなかった。
基本的に一匹狼で友人もあまりいないルーカスにとって、こんな風に自分に柔らかく笑いかけたり気遣いの言葉をかけてくれるような相手はいないと言ってもいい。だからこそ、どう返していいのか分からなかったのだ。
『ルーカス、お前マジで一人で行動しようとするなよ?』
『分かったって言ってるだろ?』
『いや、お前は自分のPSIを過信しそうなきらいがあるからな。真面目に考えろ』
『何だそれ。お前は一体俺の何を知っているというんだよ!』
心配から来るお節介を焼く自分の兄と、それをうるさそうに聞いている、自分と同じくらいの歳かなと思えるやんちゃそうな若者のやり取りを見て、アレンが思わず笑う。
『ごめんね?兄は心配性で世話焼きな性格だから』
『え?あ、いや…』
『日頃から迷惑かけてませんか?』
『アレン、俺は別に迷惑なんて…』
アレンの言葉に慌てるグレンの姿を見て、
これまでとの雰囲気の違いを感じたルーカスが、
まるでグレンの弱点を見つけたとでも言いたげに笑った。
『弟の方がしっかりしてんな?』
『うるさいな』
『まぁ、迷惑なら出会ったその日から散々掛けられてるけどな』
『…』
『反論出来ねぇじゃん』
『うるさい』
黙り込んだグレンを見て笑ったルーカスに、アレンが声をかける。
『本当にすみません』
『え?あ、別にそういう意味では…』
『お詫びと言っては何ですが、今後お時間のある時には夕食を食べにいらして下さい』
『え?』
『兄がお世話になっているお礼に、ルーカスさんの分も準備して待っていますので』
『…』
そう言ってにっこり笑うアレンを見て、ルーカスが耳元を赤くして返答に困っている。それを見たノアが、「こんなやつ誘わなくていいよ」と嫌そうにつぶやき、グレンが、「なんで赤くなってるんだ?」と怪訝そうな顔をした。
『べ、別に礼なんていらねぇし』
『ルーカスさん、何か好き嫌いはありますか?』
『ねぇしッ!』
『それなら、いつ来て頂いても大丈夫。メニューを気にする必要はないですよね?』
『…』
『せっかくだから四人で食べる方がより楽しいと思うので、ぜひいつでもどうぞ』
『…お前もいんのか?』
アレンの言葉にルーカスが嫌そうな顔でノアを見る。
そんなルーカスを更に嫌そうな顔で見返したノアが、「お前絶対来るなよ?」と文句を言い、アレンに「そんなこと言わないの!」と怒られた。
ルーカスにはこれまで「誰かと食事を共にする」という機会もほとんど無かった。
食事とは人とテーブルを囲んで楽しむようなものではなく、生きるために必要な最低限の食べ物が確保できればそれで良いもので、時間なども関係なく、腹が空いた時に手元にあるもの、もしくは直ぐに手に入るもので満たせればそれで構わない…というだけのものだ。
まして、誰かから食事の誘いを受けるなど、そんな優雅なやり取りなど皆無だった。
『…俺はこの地区には簡単に出入りできる身分じゃねぇし、コイツが来るなっつぅし』
『そんなの、どっちもノア次第ってことだよね?』
『…』
ルーカスがぽつりとつぶやいた言葉に、アレンがノアを見ながら答える。
それを見たノアが大きなため息をつきながら、「はいはい、分かりましたよ」と両手で大袈裟にジェスチャーしながら諦めの言葉を返す。その姿を見たルーカスが、グレンだけでなくノアもアレンには頭が上がらないことを確信した。
『すげぇな。お前らいつもと全然ちげぇじゃん!なんだよ、こいつが一番すげぇPSIの持ち主なのか?』
悪気はなく言ったルーカスの言葉だったが、瞬時にグレンとノアの表情が素に戻ったのを見て、笑いかけたルーカスの顔からもからかいの表情が消えた。
『え?なんだよ…』
『いや…』
気まずそうに首元をさすったグレンを見て困ったように笑ったアレンが、ルーカスに穏やかな声で伝える。
『俺はノーマルなんだよ』
『…マジで?』
驚きの表情を隠さないルーカスにアレンが笑う。
『うん、マジで』
『…』
どう返していいのか分からず、思わずグレンとノアの顔を見たルーカスだったが、
比較的穏やかで困った風な印象を受けるのみのグレンの表情に比べて、ノアの表情は明らかに怒りや苛立ちを見せていた。
『…なんだよ、怖ぇ顔だな』
『やっぱりお前、二度とここには来るな』
『は?なんだよそれ、別に言われなくたって…』
ノアの言葉にカッとなったルーカスが言い返そうとした時に、アレンが少し強めの口調でノアの名を呼んだ。
『なんでそんな言い方をするの?』
『別に』
『別にじゃないでしょ?俺がノーマルだと何か悪いの?』
『!そんなことは言ってない!』
『それなら何で、ルーカスさんにそんなことを言うのさ』
何やら自分の苦手な空気になってきた――
そう感じたルーカスが、「別に俺は構わねぇから」と逃げるようにリビングから出ようとした時、アレンが慌てて、「今度絶対に来てください。その時はノアは来ないようにするので」と告げる。それを聞いて、驚いてアレンを見たのはルーカスだけではなかった。グレンもノアも、ビックリしたようにアレンを見つめている。




