#22 流れの先
『証拠も痕跡も無いって、異常だと思わない?』
『そりゃ思うよ。サイキックが現場を調べてんのに「無」だなんてある訳ねぇじゃん』
『それが起きたってことが重要なんでしょ?』
『だったら何だよ。ホントに襲撃なんて受けたのか?esは』
『確かにね。僕たちも最初は自作自演を疑った。でも、襲撃自体はウソではないらしい。それは、関係者と話している内に自ずと分かったよ』
『…それなら、遠隔か?』
『話が早いね』
ルーカスの言葉に満足そうな笑みを浮かべたノアが、グレンにバトンを戻す。
『…遠隔からの攻撃だったとすれば、犯人は遠くからesの強固なセキュリティを破り、建物を破壊したことになる』
『…』
『esは建物そのものもかなり強固に作られているはずだから、それを破壊したのもとんでもない話なんだが、そもそも、esのシールドを破るだなんてマネは、一流のサイキックが大勢集まって一気に攻撃を仕掛けても不可能だ』
『…』
『でも、実際にそれをやってのけた奴がいる。その事実が何よりも厄介で怖いんだよ』
グレンとノアの表情を見ると、表面上は冷静さを保ち穏やかな口調でもあるが、内心では相当な驚きやプレッシャーと戦っているのだろう。
その上、esにPSIの数値を測られるという意図不明の攻撃まで受けているとなれば、
抱えているストレスも半端ではない筈だ。
『あのさ、これからどうすんの?』
『まぁ、そろそろ外に出たいし、計測も止めさせないといけないな』
『何のために測ろうとしてるんだろうな』
『それが分かれば苦労はしないよ』
『上司には報告してるのかよ』
『…』
ルーカスの問いにグレンが黙り込む。
一瞬ノアと視線を合わせた後、少し声を落としたグレンがルーカスを見つめて言った。
『ここだけの話、上層部があまり信用できない』
『は?どうなってんだよ警察って』
『うるさいな、あまり騒ぐな。…まぁ、直属の上司は分からないし、出来れば信用したいが、異捜はおそらくesと繋がってる』
『…ちょっと待て。esってヤバいのか?』
ルーカスが驚くのも無理はない。
esの仄暗いうわさ話を耳にしているのは警察関係者のみで、一般的にはesを善良な研究施設だと思っている者が殆どだ。「PSIを計測されている」という話を聞いても、その話がesを良からぬ組織と認識させるだけのものではないだろう。
『…俺、この仕事が終わってアンタらと縁を切っても、果たしてその後、無事に生きていけるのかよ』
『まぁ、知り過ぎるのは良くないかもな』
『だったら言うなよ無責任だぞ!』
怒るルーカスにグレンが「悪かった」と苦笑した後、真面目な表情に戻り話を続ける。
『襲撃事件の犯人は別にいる。でも、esにはもともと良くないうわさがある。一般的には知られていないが、まぁ、色々とな。そして、今回何の目的かは不明だが、俺たちのPSIを測ろうとしている…これは、おそらく異捜のトップとグルになっている可能性が高い』
『だったら測らせてやれよ。その方が相手の目的は分かるんじゃないか?』
『…なるほど。それもそうだな』
ルーカスの提案に笑うグレンだが、実際のところはリスクが高すぎる方法だ。
仮にesに自身のPSIの強大さを見せつけたとして、es側にその能力をどうにか出来る知恵や技術が生まれていた場合、自身を危険に晒してしまう。ノアなら尚のことだ。
計測不能に陥らせることが出来れば良いが、それだけの強大さが自身に備わっているか否かは賭けでしかない。そんなリスク、自分一人ならまだしも、ノアにまで負わせる訳にはいかない。
『この数日、外に出られないからって何もせずにいた訳じゃない』
『どういうことだ?』
『まぁ、色々と調べさせて貰ってるよ。建物内をね』
『…バレねぇのか?』
『そんなヘマはしない』
『…で?やべぇもんを見つけたってことか?』
『…お前の身の安全を考えて、詳細を言うのは止めておくよ』
『そう言われると聞きたくなっちまうんだけど』
面白くなさそうな表情のルーカスに「もう少し情報を増やしてから話すよ」と笑ったグレンが、「ルーカスの方は何か収穫はあったのか?」と問いかける。
『あったぜ。俺はお前らとは違うからな』
『はいはい、良いからさっさと話してよ』
『お前うるさいな!俺はグレンに話してるんだよ!』
ノアのちょっかいに苛立つルーカスが、次の瞬間にはニヤリと笑い、得意気に話し始める。
『無事に戻って来た元失踪者に話を聞けたぜ?』
『本当か?』
『あぁ。最初に会えたのは子供だった。幼い男の子の兄弟で記憶はやっぱり抜け落ちていたけど、弟の方が「実は一つ思い出した」って言ってさ』
『何をだ?』
『助けてくれた相手のことだよ』
グレンとノアは顔を見合わせる。
これは随分と貴重な情報を持って来てくれたものだと、ルーカスに心からの感謝しかない。
『真っ黒だったらしいぜ?』
『服が、か?』
『あぁ。「真っ黒な服の人」だったって言ってた。あと、髪がキラキラしてたって』
『キラキラ?金髪か何かか?』
『いや、そういうのは覚えていなかったみたいだけど、印象が強かったんだろうな。
髪色のことなのか、何か装飾品でも着けていたのか』
『なるほどな。その線もあり得るな』
この情報だけでは子供たちを助けてくれた人間の性別すら分からないが、少なくともその人間は「真っ黒な服装」をした者で、髪の毛に「キラキラ」と形容したくなるような特徴があるということ。数名の人間を救った人間の特徴として、
その二つは揺ぎないものだ。
『あとさ、大人の元失踪者にも一人会えたぞ』
『マジか。凄いなルーカス』
『…まぁ、アホほど歩いて死にそうになったけどな』
褒められ慣れていないのか、耳まで真っ赤にしたルーカスが話を続けた。
『まぁ、その人もやっぱり記憶が無くて、でも、気付けば家の近くにいたらしい。しかも、息切れしてたらしいんだよな』
『息切れ?その人が?』
『あぁ。まるでテレポートしたみたいに気付けば家の近くだった…にも関わらず、やたらと息切れを起こしていたらしいから、もしかしたら自分は家まで走って来たんじゃねぇかって言ってたよ』
『…走る、か…』
『誰に攫われたのか、どこにいたのか、誰と一緒だったのか、どうやって帰って来たのか、何一つ覚えていない感じだったけど、その人は女性で四十代くらいっぽかったから、攫われる人間の条件…みたいなもんは無いのかもな』
たった三人で統計を取ろうとしても全く意味は無いが、幼い男の子の兄弟と四十代の女性。…確かに、それだけを見れば、共通する「攫う条件」のようなものは無いのかもしれない。
『あとさ、すげぇ引っ掛かってることがあるんだけど』
『なんだ?』
『…』
ルーカスが急に不安そうに言葉を止めたので、グレンとノアは一瞬戸惑ったものの、ルーカスの次の言葉を待った。
『あの、立ち入り禁止区域の「地下へ続く道」のことだよ』
『あの場所は保留と言っただろ?』
『あぁ。だから、あの場所までは行ってねぇよ。でも、街ん中からあの区域に向けてPSIを集中させるとさ、やっぱり人の気配がするんだよな』
『…それは、攫われた人たちの痕跡ということか?』
『まぁ、攫われた人たちだと断言は出来ねぇけど、多分な。幾つかの微細な流れを辿ると、みんなあの区域のあの場所へと続いている感じがする』
『…何者かによって、T-15地区の住人たちがあの場所まで連れて行かれているのかもしれないな』
『だから、一刻も早くあの場所を調べる必要がある。でも、あんたらのことを待っていたら、いつまで経っても進められない』
『…ルーカス、気持ちは分かるし有難いが、一人では絶対に行くな』
ルーカスのお陰でボンヤリとだが輪郭が見え始めた。
おそらく、あの「地下へと続く道」を調べれば、明確な何か…貴重な情報を手にすることが出来るかも知れない。だが、ルーカスを一人で行かせるのは絶対にダメだ。
本来なら、esの件は放り投げて今すぐにでもあの立ち入り禁止区域内の、「地下へと続く道」を探し出して急展開へと持ち込みたい。
そう、考えたグレンだったが――
『あの場所は危ない。とにかく、今は別の捜査…もし進展が得られなければ、お前が独自に引き受けている案件を優先しても良い。とにかく、あの場所へは一人では行くな』
『…分かってるよ』
不満そうな表情のルーカスに不安は感じるものの、捜査自体は引き続き協力して貰い、あの場所には自分とノアが失踪者事件に復帰してから行くべきだろうと考えていたグレンは、もう一度ルーカスに念を押し、自分たちも、そろそろ本気で現状打破が出来ないと、いずれルーカスを暴走させてしまうかも知れないという不安を感じていた。




