#21 監視下の捜査
『…ここか』
ある夜――
日中にグレンから送られてきたメッセージには、今夜三人で集まるようにとあった。
その中に記されていた情報を頼りに辿り着いた先は、閑静な住宅街。
T-01地区になど初めて来た。
出自が良いとは言えないルーカスにとって、エリートしか住めないこの地区へ足を踏み入れるなど、一生無いものだと思っていた。
『…花屋?』
階層ごとに分かれた街作りをしているだけあって、地区を越える移動にはIDの認証が必要だ。
地区の入り口にはいわゆる検問所のようなシステムがあり、無人だが完璧に「招かれざる客」を弾く。特別な理由がない限り、自分が居住している地区より下の階層の地区にしか行き来は出来ない決まりになっているが、ノアが何かしらの細工を施したのか、ルーカスはすんなりとこのトップ地区に入ることができてしまった。
ちなみに、警察関係者と医療従事者、そして、T-01地区居住者に限り、どの地区にも自由に行けるようになっている。
…とはいえ、T-01地区に住む人間が、T-15地区へ好んで行くことなど、まず考えられないことではあるが…
『来たね。入って』
電気が消えた閉店後の花屋…二階が居住スペースになっているのであろう、大きくて綺麗な一戸建ての目の前で呆然としていたルーカスだったが、突如開いた玄関ドアにビックリすると、中からノアが出てきて家に入るように促される。
『…ここ、お前んち?』
『いや、僕の家はこの隣りにあるマンションの一室』
『…ってことは』
『グレンの家だよ』
家の中に入り、階段を上りながらノアに尋ねる。
ノアが返事を終える前に辿り着いたリビングには、「よう、久しぶり」と手を挙げたグレンの姿――と、キッチンらしき場所にもう一人。
『悪かったな、来て貰って』
『いや、それは構わねぇけど…』
グレンに答えながらも、ルーカスの視線はキッチンに注がれたままだ。
グレンの家族だろうか。だが、ノアだってこうして当たり前のようにここにいる。
そして、自分だって。
そう考えると、あいつも刑事の一人なのかな…そんな風に考えていると、グレンが「おい」と自分を呼ぶ。
『なんだよ』
『俺の部屋で会議をする。あっちだ』
今リビングに入って来たばかりだというのに、ソファから立ち上がったグレンに急かされた。リビングの奥にある二つのドアの内の一つを開けて「入れ」とばかりに自分を見る。
『…分かったよ』
『ノア、悪いがコーヒーを持って来てくれ』
『了解』
キッチンから漂う、疲れを癒してくれそうなかぐわしい香り。
あの、誰だか分からない男が淹れているのだろう。
それを、そのままあいつに持ってこさせず、ノアにさせるとは。
紹介する気が全くないということか。
――まぁ、別にいいのだけれど。
何となく、キッチンにいる男を視界に入れながらグレンの部屋へと入る直前、
こちらを向いた男が小さく頭を下げた。
…挨拶のつもりのようだ。
ルーカスは少し驚き、そして戸惑い、同じようにペコリと頭を下げると、「早くしろ」と苛立たし気につぶやいたグレンに、強めに背中を押されて部屋へと入った。
『いてぇな。なんだよ』
『何でもない。その辺に座れ』
『久々な上、俺はお前らの分まで働いているんだからな?その態度はねぇだろ!』
何となく、自分の扱い方に不満を覚えたルーカスに、グレンが「悪かったよ」と困ったように笑う。少し見ないうちにやつれたような気がするが、捜査が上手く行っていないのだろうか?
先ほど玄関で自分を出迎えたノアも、もともと白い肌がさらに青白く、華奢な体も更に細くなったように見えていた。
…元気なのは自分だけか。こちらも順調とは言えない状況にストレスは溜まる一方だが、もともと体は丈夫だし何も問題は無かった。
『キッチンにいたのは俺の弟だ』
『…へぇ』
『身内とは言え捜査の話は聞かれたくない。だからお前に移動して貰った』
『あぁ、なるほどね』
そういうことか。
一瞬しか見えなかったから何とも言えないが、グレンとは真逆の印象の顔立ちをしていたなと考えていた所へ、ノアが三人分のコーヒーとナッツの入った小皿を持って入って来た。
『…』
『…なに?』
『お前、散々俺のことこき使ってくれたよな?』
『仕方ないだろ?動けるのお前しかいないんだから』
『お前ッ!俺が善意の協力者だってことを忘れんなよッ!?』
ツンと澄ましたノアの態度はいつだって気に食わない。
この数日、ルーカスは独自に聞き込みを進めていたが、時にノアから一方的な指示の入ったメッセージが送られてきていた。ノアやグレンが気になったこと、気付いたことで、一刻も早く確かめてほしいことなどがあれば容赦なくルーカスに送っていたのだ。
ルーカスにしてみれば、まるで雑用を押し付けられているようなメッセージの時もあり、腑に落ちないながらも、連絡を取ることもままならず、言われるがまま動いていたのだ。これだけ協力している自分に向かって「ありがとう」の一言も無いとは。
『ノア、ルーカスには世話になっているんだから』
『…分かってるよ』
グレンに苦笑交じりにそう言われて、若干不貞腐れたようにも見えるノアが、小さな声で「感謝してる」と零す。
一筋縄では行かなさそうなノアも、グレンには素直なのだなとルーカスが妙に感心していると――
『ルーカス、俺達は今後もしばらくこっちの事件には戻れないかもしれない。…少なくとも、T-15地区には近づけないかも知れないから、引き続きお前を頼りにしてしまうかも知れないが…』
『それはまぁ、約束だから構わねぇよ。…そっちはあまり上手く行ってないのか?』
『そうだな…とりあえず、これまでの成果について報告しよう』
ベッドへ腰かけたグレンと、デスクのチェアに腰を下ろすノア。
おそらく、ノアがこの部屋を訪れた際の二人の定位置なのだろう。
ルーカスはその場で床に座り込み、「誰から話す?」と二人を見上げた。
『…じゃあ、僕から』
デスクに肘をつき、ナッツを一粒口へ放り込むと、ノアが話し始める。
『esの襲撃事件は、正直全く進展が無い』
『マジか。お前ら二人揃いも揃って何やってるんだよ』
ルーカスが即座に食いつく。
ノアが面白くなさそうな顔をしたが、何も言い返せなかったらしく、一度軽く咳払いをすると、そのまま話を続けた。
『本当はesの建物内に留まっていても、証拠も何も出てくることは無いと思う』
『それなら外に出ればいいだろ?』
『そう簡単に行かないんだよ。まず、esは僕たちを建物内に留まらせたいんだからね』
『どういうことだ?』
ポカンとするルーカスを見て、ノアがため息をつきながらつぶやく。
『事件が本当に起きたことなのかどうかも分からないけど、それより、esには僕たち二人に対してやりたいことがあるらしい』
『…?』
『esに行くたびに、何やら計測されてるんだよなぁ』
ルーカスが訳が分からないという顔をしていたら、グレンがそう話に入って来た。
『なんだ?どういうことだよ』
『俺たちはesに行くたびに能力を観測されてる』
『は?なんで?』
『目的は分からない。でも、俺たちが持つPSIの数値を測りたいらしい』
『測らせたの?お前』
『バカ言うな。俺もノアもそんな間抜けなことはしないよ』
ルーカスの問いにグレンが呆れたように返す。
だが、ルーカスにはesの目的が全く見えない。そもそも、襲撃事件はどうなっているのか。
自分が汗水垂らして二人の分まで警察の仕事を請け負っている間、この二人は一体何をしているのかと、目眩がするような思いだ。
『お前らこの数日、何してたんだよ』
『そりゃ、地道に襲撃事件の捜査をしていたさ』
『成果は?』
『証拠も痕跡も何もかも残っていない。現場は完全に「無」の状態だよ。初日の捜査から進展なんて微塵も無い』
『じゃあ外に行けよッ!』
『出来るなら俺たちもさっさと出て行きたいさ。ただ、何だかんだ向こうが邪魔をして引き留められちまうからな』
『で?仲良くお茶でも飲んでんのか?』
『まさか。もっともらしい会議の場を設けられて、隣室でしっかり計測されてる』
グレンの言葉にルーカスが唖然としていると、ノアがため息交じりにグレンの言葉を補った。




