#20 消し切れなかった記憶
そう言ってニッコリ笑ったルーカスが、立ち上がって女性に視線を送る。
女性が一瞬悩んだような表情をした後、口を開いた。
『実は、数日前、この子達も一時的に行方が分からなくなったのですが、夜になって戻って来たんです』
『…この子たちが?』
『はい。夕方前くらいに行方が分からなくなって、戻って来たのは夜中でした』
『どうやって戻って来たんですか?』
『辺りを探し回っても見つからず、主人と一緒に「家に戻って来ているかも知れない」と一度帰宅しまして、ちょうどそのタイミングで急にドアの外で声がしたので開けたら、この子たちが立っていました』
女性はそう言いながら、二人の子供をそっと自分の後ろに隠すように後ろ手に囲う。きっと、子供たちはもちろん、この女性もまだその一件が忘れられず、怖いのだろう。
まして、どこの誰かも分からないルーカスのような人間と近距離で向き合うことが、
この親子にとってどれほど不安なことか。それでも、この女性が家のドアを開けてくれたのは、ルーカスが探している失踪者が子供だと知ったからではないだろうか?
子を思う親の気持ちは痛いほど分かるだろう。
だからこそ、当事者である自分たちに出来ることがあるのなら…と思ってくれたのかもしれない。ルーカスはそう感じ、より一層、この三人の親子を怖がらせないよう、自分に出来る精一杯の気遣いと誠意で、丁寧に話を進めていった。
『思い出させるのは申し訳ないんですが、何かその日のことで覚えていることがあれば、この子たちに聞いてみても良いですか?』
『えぇ。でも、何も覚えていないと言うんですよ』
街中で聞いたあの女性の話は本当だったんだ。
そう思いつつ、ルーカスはもう一度しゃがんで、子供たちと目線を合わせて聞いた。
『ゴメンな?嫌かもしれないけど、何か覚えていることがあれば教えてくれないか?』
『…何も覚えてないよ』
『何で忘れちゃったのかな?どこから帰って来たのか、誰と会ったのか、本当に何も覚えてない?』
『…うん』
ルーカスの問いかけに、兄弟の兄の方が申し訳なさそうに黙り込む。
見る限り、ウソや隠し事をしているようには見えない。
やはり、記憶を消すことの出来るサイキックが絡んでいるということだろうか。
仮にそうだとして、一体何のために記憶を消す必要があるのだろう。
人を攫うなどという恐ろしい罪を犯している相手の情報は、攫われた側の人間の記憶に残しておく方が事件解決のためには良い筈だ。
…となると、犯罪者側を庇う必要があるということか?
いや、それならば、そもそも連れ去られた人たちを助ける必要が無い。一体どういうことだろうかとルーカスが考えていると、ふいに弟の方が口を開いた。
『僕、本当は一つ思い出したことがあるんだけど…』
『マジか!それ、兄ちゃんに教えてくれるか?』
モジモジしながら兄の後ろに隠れていた弟の意外な一言に、
母親も兄も「本当なの?」と驚いて弟を見る。
『何を思い出したんだ?』
『えっとね、僕とお兄ちゃんを助けてくれた人は、真っ黒な服の人だった』
『真っ黒?』
『うん』
『その人は男の人だった?それとも、女の人だったか覚えてるか?』
『…覚えてない。でも、髪の毛がキラキラしてた』
母親に「本当に思い出したことなの?勘違いではない?」と聞かれ「本当に思い出したんだよ!」とムキになって答える弟。
正直、随分と抽象的で性別すら不明のままではあまり有益な情報とは言えないが、それでも、これまで手掛かりが何一つ無かったことを考えれば大きな進展かも知れない。そう思ったルーカスは、弟に向かって話しかける。
『悪いが最後にもう二つだけ。髪の毛がキラキラしてるってのは、色のことか?それとも、宝石か何かを身に着けていた?』
『分かんない。でも、髪の毛が綺麗だった…気がする』
『そっか。あとさ、家に戻って来れた時、君たち以外の人間は誰か一緒に助かったのかな?』
ルーカスは、弟だけでなく兄の目も見ながらこの質問を投げかけた。
どんな些細なことでも良い。
覚えているのがどちらでも構わない。
何か、別の元失踪者に繋がる情報は無いだろうか。
子供よりも大人に話を聞く方が、もしかしたらより重要な情報に辿り着けるかもしれない。そう考えたルーカスだが――
『それは、覚えてない』
『俺も…何も思い出せない。ゴメン』
『いや、謝る必要は無いよ。聞かせてくれてありがとう』
兄弟の目線から外れ、立ち上がったルーカスは、この兄弟の母親に頭を下げお礼を伝えると、兄弟にも「ありがとな」と伝え、次の家へ向かおうと背中を向けた。すると、兄弟の母親がルーカスの背中に話しかける。
『この辺りはうちも含め七軒しか家が無いの。そして、他の六軒の家には失踪者は出ていないわ』
『…そっか。それは、教えてくれてありがとう。聞いて回る手間が省けた』
『ここから三ブロック離れた区域で、失踪者が多く出ていると以前話を聞いたことがあるわ。その話を聞いて、この辺もその内危険になるかもしれないって夫とも話していたので間違いないと思う』
『三ブロック先』
『えぇ。ここからだと少し離れているけれど、このままこの先へ進んでいくよりも、そのブロックへと引き帰した方が情報を得られる可能性は高いかもしれない』
『…本当にありがとう。助かります』
ルーカスが顔を輝かせると、兄弟の母親は「あなたが依頼を受けた子も、早く戻って来るといいわね」と少しだけ寂しそうに笑い、子供たちを連れて家のドアを閉めた。ルーカスは細やかながらでも確かな手応えを感じ始め、急いで方向転換をし、新たな情報を求めて歩き始めた。
ルーカスが立ち去った後…
七軒しか並ばないこの辺りは、家々が点在し始める郊外において、かろうじて人の営みが結び目を作ったような集住となっている。
周りを豊富な自然に囲まれ、大人は街の中心地まで働きに出ているため、昼間でも辺りは閑散としているが、そんな中、ルーカスのものとは異なる人影が一つ――
『記憶が残っていたとは驚きだな』
全身黒ずくめの人物が、木の影からこのささやかな家並みを見つめている。
その視界には小さくなっていくルーカスの姿も映っていた。
森林へと繋がって行く木立の中、黒ずくめの人物があの兄弟の家に視線を向ける。
『…子供が持つ潜在能力か、それとも、消し方が甘かったか』
自身の手に視線を落としながらそうつぶやく黒ずくめの人物。
――おそらくあの日、あの兄弟をはじめ、数名の失踪者を救った者と同一人物だろう。
あまり背は高くはなさそうだが、足元まで覆うクロークに隠されていても華奢な体格であることが伝わって来る。
一瞬女性か?とも見えるが、あの日、あの兄弟がこの人物を「お兄ちゃん」と呼んでいたことからも、おそらく男性である可能性の方が高い。
深く被ったフードが邪魔をして、髪色や表情は確認出来ない。だが、見えている掌はとても白く、指は細く長い。一見、何の力も持たない非力な存在のように見える外見であるのに、あの日の夜のような、いくつものPSIを扱える人物ということだ。
『目的は一体なんだ?』
遠ざかっていくルーカスの後ろ姿を見つめながら、黒ずくめの人物がため息を吐く。
『…あいつだけじゃない。「奴」に限っては異変を感じ取っているようでもあった。――邪魔だな』
そうつぶやくと、黒ずくめの人物は木立の中に溶け込むようにその姿を消した。
音もたてず、まるで、最初からそこにはいなかったかのように、自然に、無となる。




