#19 観測遮断
『まだ測定が出来ないの?あれから何日経っていると思っているのかしら?』
『申し訳ございません』
es科学研究所――
マーゴット・ヴェイル統括研究監は、グレンとノアの能力値の測定に連日失敗している部下に冷ややかな視線を向けていた。
グレンとノアはこの数日、esに訪れて襲撃事件についての捜査を続けているが、esは何かしらの理由をつけては二人を部屋へ通し、その度に能力の計測を行っていた。
だが、どれだけ設備や環境を整えても、二人の能力をまともに測ることは出来ずにいたのだ。それに痺れを切らしたヴェイルが、不甲斐ない部下を叱責中らしい。
『今回の襲撃が絶好の機会になったというのに、未だに測定が出来ていないなどと、上に報告出来ると思っているの?』
『誠に申し訳ございません!ですが、スキャナは正確な数値を出せず、私のPSIを持ってしても二人の内を探ることは出来ない状態でして…』
グレンとノアが察知した、隣室で二人を観測していたオブザーバー(観測者)らしき人物が、上司であるヴェイルに必死に謝罪と言い訳を繰り返す。
「襲撃が絶好の機会になった」ということは、今回の事件はesの自作自演では無かったということになる。だが、二人の能力を測る意図は何なのだろうか?
『一度ならまだしも、こう何度も失敗続きだなんて、あなたのそのPSIは偽物なのかしら?』
『滅相も無いことでございます!事実、私はこれまでに数多くのサイキックの能力を
測定して参りました!』
『では、あの二人の能力を測れずにいる理由は?』
ヴェイルに睨まれ冷汗の止まらない様子のオブザーバーが、悔しそうにつぶやく。
『分析官の方はかなり低い数値を観測しました。これは、あの者のPSIとしてはあまりにも低すぎたため、おそらくフェイク・シグナル(数値の偽装)を発動していたかと。
上級執行官の方は、数値が一切測れませんでした。こちらは一種のシールドを張っていたのではないかと思うのですが、観測に対して拒絶された感触が一切無かったので、あれは能力を見せないようにしているというよりも、そもそも見えなくしているのでは…と考えます』
『…つまり?』
『オブザベーション・ブロック(観測遮断)ではないかと』
『そうだとして、彼らはこちらの意図を知っていて発動したということ?』
『分析官の方は明確に意図を持って発動していたかと。ディセプション(欺瞞)要素の強いPSIですので。ですが、上級執行官の方は正直分かりません。
ハイレベルのサイキックであれば、日頃から薄くシールドを張っていて、明確な異変や脅威を感じた場合に完全遮断へと切り替える…それを無意識に行っている可能性があります』
オブザーバーの説明を聞いていたヴェイルが、美しい冷笑を浮かべて囁いた。
『やはり、どうしても欲しいわね。esに』
『…貴重な戦力、もしくは、被験者になるかと』
『あら、戦力にはならないわよ。彼らが大人しくこちらの味方をするかしら?』
『それは…』
『彼らがなれるのは被験者か、もしくは、実験体よ』
『…』
被験者と実験体――似て非なるもの。
被験者であれば、これほどの規模の科学研究所だ、そういった対象も数多く存在するかもしれない。ただ、被験者とは研究に協力して貰う大切な存在であり、倫理的な配慮がなされる相手である。
対して実験体とは、どうだろう。そもそも、人間に対して実験体と呼ぶなど、あまりにも穏やかではない。
やはり、警察署内のうわさ通り、esとは、何やら良からぬことを目論んでいる組織である可能性が高いということであろうか。
『襲撃事件の犯人を追って貰う間に、必ず彼らの能力を測って貰わないと困るわよ』
『承知いたしました』
ヴェイルはひと際冷えた視線を部下に送り、それだけ告げると自身の仕事へと戻り、書類に目を通し始める。睨まれた部下はとっくに背を向けている上司に深々と頭を下げ、そそくさと退室した。
『そうですか。ありがとうございます』
T-15地区の広大なエリアの中、ルーカスは街の外れに点在する一軒一軒を周り、無事に帰って来たという元失踪者たちを探していた。
グレンとノアに託された以上、そして、それを自分で受け入れた以上はどうにかして有力な情報を一刻も早く手に入れたい。せめて、当事者に早く会わなければと思っていた。だが、当事者どころか、知り合いや「話を聞いた」的な相手にすら当たらない。
――このままこの区域を周っていても良いのだろうか?
思い切って反対側の区域まで移動するか?
いや、せっかくここまで周って来たのに今場所を変えたとして、もしこの先の家に当事者がいたらどうするんだ…
ルーカスは苛立ちと焦りを抱えたまま、悩みつつ先へと進んでいた。
『すみません、ちょっと話を聞かせてほしいんですが』
暫く歩くと見えてきた家は、先ほどの家とは異なり数軒がまとまって立ち並ぶ、少しはまとまった地域らしく見える区域だった。良かった、ここはまとめて数軒に話を聞けると、ルーカスがホッとしながらある家のドアをノックすると、中から女性の声が聞こえる。
『どちら様?』
『あの、すみません、ちょっとお話を聞かせて貰えませんか?』
『なんの話です?』
『えっと、最近この街に失踪した人たちが戻って来たっていう話を聞いて』
『…』
『自分も失踪してしまった人間を探している立場なんで、何か良い情報があればと思って色々と聞いて回っているんです』
『…お話することはありません』
『あのッ!俺決して怪しい者じゃないんでッ!』
言いながら自分で「充分怪しいよな」と思う。
ルーカスは、こういった際に冷静でスマートに状況や思っていることを伝えることが苦手だった。
『えっと…俺が今探しているのは子供の失踪者で』
『…』
『依頼者が泣きながら俺に託してくれたから』
『…』
『一日も早く、ほんの些細なことでも良いんで情報がほしいんです』
『…』
『何か知ってることがあれば教えてもらえませんか?』
ドアの向こうに立つ女性に、真剣に伝えた。
だが、相手の女性は何も言わずに黙ったまま。
…無理か。
ルーカスが諦めてドアから体を一歩引いた瞬間――
『あまりお役に立てる情報は無いかも知れませんが』
ドアが開き、女性がそうつぶやいた。
女性の後ろには子供が二人、不安そうにルーカスを見上げている。
兄弟だろうか?
ルーカスは怖がらせないよう、子供の目線までしゃがみ込んで「こんにちは」と声をかけた。
『…こんにちは』
『急に訪ねてきてごめんな?お母さんとちょっと話をさせてもらうよ』




