#18 握り潰された情報
『無駄話はそれくらいにして、昼間のメッセージについて話そう。ルーカス、日中に何か情報を得たのか?』
グレンの言葉にルーカスの表情が真面目になる。
『あぁ。ただ、警察が既に把握している情報かも…だけど』
『構わない。教えてくれ』
少なくとも、自分たちが確認した限り、今日までに異捜にも特治にもこれといった収穫は無かった筈だ。ルーカスの情報はおそらく警察がまだ掴んでいないものである可能性が高い。
『この街の人間が話していたのを偶然聞いたんだけど、最近、行方不明になっていた人間が何名か帰って来たらしい』
『それは本当か?』
グレンとノアは驚いて顔を見合わせ、ルーカスに確認する。
思わず身を乗り出した二人を鬱陶しそうに見つめたルーカスが話を続けた。
『でも、記憶が無いらしいんだよ』
『どういうことだ?』
『なんか、攫われたことは覚えているらしいんだけど、どこに連れて行かれたとかどうやって帰って来たとか、そういうのは一切覚えていないらしい』
『ちょっと待て!攫われた?攫われたって言っていたのか?』
『あぁ。俺もそこが気になって確認したんだけど、ハッキリと「攫われた」って言ってた。家出とか、自発的なものじゃねぇよ』
『…』
自ら出て行ったのではなく誰かに連れ去られた――
それが分かっただけでも大きな収穫だ。
攫われたとなれば当然、攫ったやつがいる。
つまりこれは犯罪で、犯人が存在しているということだ。
『これで、この件が犯罪であることは確実になったな』
『なぁ、人の記憶を消すことの出来るサイキックなんているのか?』
『いる。精神干渉系サイキックの中でも、かなり精度の高い能力者ならな』
『…嫌なPSIだな』
ルーカスが面白くなさそうにつぶやく。
持てるPSIを選んで生まれてくることは出来ないが、
確かに、自分の能力として考えた時にあまり気持ちの良いPSIではないなとグレンとノアも思っていた。
『ちなみに、当事者はまだ探せていない状況か?』
『あぁ、話を聞いて片っ端から聞き込みをして行ったんだけど、別の区域なのかもな。一人も見つけられなかった』
『それは構わない。一軒残らず聞いて回れば必ず見つかるはずだからな』
グレンは沈んでいた気持ちが一気に前向きになるのを自覚する。
記憶が失われているにしても、とにかく、失踪者事件の当事者たちに話を聞ける…その機会を得られただけでも大進歩だった。
ただ――
『ルーカス、俺たちは本格的にesの襲撃事件を担当することになった。だから、こっちには当分戻れない』
『マジかよ。俺一人でどうしろってんだ。そもそも俺は警察でも何でもねぇぞ?』
『分かっている。本当に申し訳ないが、今後も暫くは一人で動いて貰いたい』
『それで?俺にはどんなメリットがあるって言うんだよ。こっちだって生活がかかってるんだぜ?自分が受けた依頼以上に、お前ら警察のせいで時間を取られるんだ』
『…』
ルーカスの言うことは尤もだ。
いくらルーカスが自分たちと同じ失踪者事件を調べていたのだとしても、今後は「ついで」のような協力ではなく、完全に自分たちの代わりとして動いて貰うような形になってしまう。
それを、何の見返りも無く当然のように強いるのはあまりにも筋違いというものだ。…バレると厄介だが、ここは個人的に報酬を渡してでもお願いすべき状況かもしれない。グレンがそう考え顔を上げた瞬間、ルーカスが先に口を開いた。
『まぁ、別にいいよ。乗り掛かった船だから最後まで付き合ってやる』
『…』
『報酬は依頼者から半分前払いで貰ってる。俺は別に、食う物と寝る所があれば後はどうでもいいタイプだから、もともと金はかかんねぇよ』
『…』
『だからその…まぁ、さっきのはちょっと言ってみただけだから、別に気にしなくていいぜ?』
見ると、何とも気まずそうに首まで赤くしている。
不器用なルーカスなりの気遣いなのだろう。
「余所行き」の距離感である自分たちなりに、様々な感情が育って来ているのかもしれない。少なくとも、ルーカスに仕事を任せたいと思う程には、グレンの中に信頼も生まれている。
そして、万が一ルーカスの身に何か起これば、直ぐにでも助けに向かう意識が既にあるくらいには、グレンも、そしておそらくノアにも、ルーカスが大切な仲間になりつつあるのだろう。
『ルーカス、ありがとう』
『おッ!お礼とかいらねぇしッ!』
『本当に助かるよ、感謝する』
『うるせぇなッ!だからそういうのいらねぇってッ!!』
真っ赤になって狼狽えるルーカスを見てグレンが笑う。
ルーカスに苦手意識を持つノアでさえ、この光景を見て、笑いたいのを我慢しているように見えた。喜怒哀楽が激しく、年齢よりはかなり幼い面も持ってはいるが、本音の部分ではとても優しく義理堅い人間なのだと分かる。
『あ、それと、立ち入り禁止区域内の、地下へ続く道のことなんだけど』
『あぁ、どうだった?』
『あれはちょっと、マズいかもな』
『どういうことだ?』
『意図的に邪魔されてる。道があるのは間違いないけど、見えないんだよ。かなり強いシールドが張られていると思う』
『そうか』
『なんか…無理に入り込もうとすると、精神にちょっかいかけられる感じがするんだよな』
『どういうことだ?』
『んー、上手く言えないけど、なんかこう…嫌な気分になる』
ルーカスの表現は抽象的過ぎてあまり良く分からないが、シールドを破られないようにするため、精神系の攻撃をしかけて来るトラップというのもあるだろう。
シールドを張った相手が誰なのかも分からない状態で、ルーカス一人に対応をさせるのは危険すぎるかも知れない。
『分かった。とりあえずそっちは保留で構わない。出来るだけ早く、無事に戻って来たという失踪者本人に話を聞いてみてほしい』
『あぁ。明日から回る区域を変えてみるよ。T-15地区って住民の数の割にエリアが広いから、中心地以外は家が点在していて面倒なんだよな』
『確かに。…苦労かけるが頼んだぞ』
『仕方ねぇから任されてやるよ』
そう言ってにんまり笑うルーカスに、グレンは念を押した。
『いいか?絶対に無理はするな。少しでも危険を感じたらそこでいったん止めて、必ず俺に知らせてくれ』
『こう見えて俺は結構なエリートだぜ?』
『分かっている。だが、油断は禁物だ。敵が誰なのか分かっていない状況なんだ。一人で無茶をするのは絶対にやめろよ?』
『はいはい、分かってますよ』
「やれやれ」といったジェスチャーをするルーカスに多少不安はあったものの、とにかく、今後は少しずつでも進展していけるようルーカスに期待するしかない。
そして、自分たちもesの一件を出来る限り早く片付けて戻って来なければと、グレンもノアも気を新たに引き締めた。
ルーカスが出て行った後、グレンとノアは仮設会議室に残った。
『…少しだけ確認していい?』
ノアがそう言って、ホログラフィックパネルを展開する。
『何をだ?』
『今の話。失踪者が戻って来たなら、警察側にも何か情報が上がってないかな』
『…確かに』
ノアの指が、空中に浮かぶデータを素早く辿る。
数秒後、その動きが止まった。
『…あった』
『何が?』
『目撃証言と、住民からの通報履歴。失踪者が戻って来たという内容で、複数件上がってる』
『…なら、なぜ俺たちに共有されていない?』
『処理済みになってるね。「信憑性に欠ける」として』
『…』
『しかも、一件じゃない。複数の証言が同じ理由で止められている』
グレンの表情が、静かに険しくなる。
『つまり、現場は掴んでいた』
『うん。少なくとも、警察が何も把握していなかったわけじゃない』
ノアは画面を見つめたまま、声を落とした。
『誰かが、上で止めてる』
『…異捜か』
『断定はできない。でも、自然に埋もれた情報には見えない』
短い沈黙が落ちる。
失踪者が戻って来た。
攫われた記憶だけを残して、肝心な部分を失ったまま。
そしてその情報は、警察の中で一度、握り潰されている。
『…やっぱり、この事件はただの失踪じゃないな』
グレンの声に、ノアは小さく頷いた。
『うん。かなり深いところまで、何かが入り込んでる』




