#17 共闘の前段階
『今日もやっぱり見てたよな』
『懲りない人たちだね』
隣室からの測定の気配は昨日と同様だった。
あれでバレないと思っているなら、相当におめでたい。
そして、バレていると知りながら、敢えて連日あのようなマネをするなら、ケンカを売られていると判断してもいいくらいに不愉快ではある。
『どうせ何も分かりはしないさ』
『そりゃそうだけど、普通に失礼だよね』
『まぁな。とりあえず車に戻ろう。ルーカスからメッセージが来ている』
ボヤくノアに苦笑しつつ、ルーカスからのメッセージを見るため、足早に駐車場まで向かう。
グレンの持つテレポーテーションなど、移動系のPSIを扱えるサイキックなら車など本来不要なのだが、そういったPSIを持たないサイキックも多くいるため、この時代であっても車は足として必需品だった。
ただ、T-11地区までは完全に自動運転の車だけが走っているため、いわゆる「運転免許証」的なものは持たない者も多い。
『何か進展でもあったのかな』
『だと良いんだけどな』
車へと戻り、グレンがホログラフィックパネルを展開し、ルーカスからのメッセージを投影する。
そこには――
「伝えたいことがある。直接話したい。場所と時間を決めてくれ」
『…ずいぶんと簡潔なメッセージだな』
『僕やグレン宛てのメッセージなら万が一にでも他人に見られる心配は無いのに、ずいぶんと用心深いね』
『それだけ貴重な情報を得たのかも知れないな』
今後のこともある、直ぐにでも会った方が良いだろう。
そう考えたものの、今はまだ勤務中だ。
失踪者事件からは離れてしまっているため、このままルーカスと会う時間を作るわけにはいかない。
そもそも、もし本当に自分たちが何者か(可能性が高いのは異捜)から監視をされているのだとしたら、仕事を放り出して外部の人間に会うなど問題があり過ぎる。
グレンは、今夜遅くにT-15地区の街の外れまで来るようルーカスに返信すると、そのままノアと二人、特治へと向かう。
『――報告は以上です』
『esが職員の中に目撃者がいるかどうかを調査していないのは非協力的で気になるところだが、それは異捜に対応を任せるとして、この結果、君はどう見る?』
フロスト執行監の執務室でノアと二人、報告を行ったグレン。
イスに座り、眉一つ動かすこと無くその内容を聞いていたフロストだったが、グレンから「現場に犯行の痕跡も、痕跡を消した事実も見当たらない」と聞かされ、意見を求めた。
『…痕跡を一切残さずに犯行に及ぶことの出来るPSIは存在します』
『そうだな』
『ですが、esの厳しい監視カメラをすり抜け、まず破ることの出来ないシールドを破り、誰の目にも触れずに建物を破壊してその場から姿を消すなど、それが出来るサイキックはまずいないでしょう』
『だが、実際に起きている』
『…可能性は二つあります』
『なんだ?』
『一つは遠隔でこれだけのことをやってのけるサイキックがいる。そしてもう一つは、esの自作自演です』
『…なるほど』
もし遠隔なら、「ロキ」の存在もあながちウソではないかも知れないが、その可能性よりはesの自作自演を疑う方がよほど現実的ではないかとグレンは考えた。
『確かに、二つとも可能性としては捨て切れないな』
『…監はどうお考えですか?』
自分たちがまとめた報告書と異捜から上がって来た報告書――
そのどちらもロクな成果は得られていないが、この少ない情報を得た上で、果たしてこの上司は何て言うのだろうか。
『自作自演に何の得がある?』
『esにとって何か他に目的があれば、その道具として使うかも知れません』
『目的とは?』
『…』
目的――
例えば、グレンやノアのようにいくつものPSIを扱えるサイキックの調査…といったところだろうか。グレンは言うべきか否か、喉元ギリギリまで出ている言葉を必死に飲み込む。自分の上司を心から信頼できないとは、なんと情けないことだろう。
『監は、esをどう見ていますか?』
『…』
ノアが一瞬慌てたようにグレンに目線を送った。
グレンも言ったと同時にこれは早まったかと思ったものの、そもそも、警察内で広がっているesの黒い噂がフロストのような立場の人間にまで及んでいるのかどうかも
分からなかった。フロストがesをどう見ているか次第で言ってみるのもいいのではないか――いや、本音を言うかどうかの保証も無いのだから同じことかもしれない。
『質問に質問で返すな』
『…すみません』
『遠隔の可能性が無ければ自作自演の方向でも調べる必要があるだろう』
『…』
『現時点ではどちらとも言えない。だからこそ、どちらの可能性も追った方が良い』
『…』
『だが、遠隔の可能性がゼロと証明するのは相当に難しいだろう。仮に出来たとして、自作自演を暴くにも骨を折りそうだ』
『…』
『どちらにしても犯人探しには危険を伴う。我が班では君たち二人が適任とみる。引き続きコールドウェルと共に捜査にあたるように』
『…分かりました』
結局は、自分で自分の首を絞めたかもしれない。
グレンは後悔したが、確かに、この事件はどちらの可能性を追うとしてもリスクが高い。自分たちでさえ相当にハードだろうと思うのに、他の人間に担当をさせるのは危険だろう。そう考えれば、上司の判断は至極真っ当なものだと納得が出来た。
『結局僕たちで追う訳ね』
『仕方ない。本音では誰かに任せたいが、任せた相手のリスクを考えると無理だ』
『まぁ、確かに』
いよいよ本当に、失踪者事件の方へは関わりが持てなくなりそうだった。
今夜顔を合わせたらルーカスには更なる協力を仰がなければならない。文句を言われそうだが、今ルーカスに離れていかれるのは困る――グレンはため息交じりに、何て言おうかと考えを巡らせた。
質素で無機質な空間に、天井灯の白い光とホログラムの淡い光だけが満ちている。夜とは言え、ここだけわずかに世界から切り離されたような静けさがあった。
『…ここは?』
メッセージ通り、T-15地区の街の外れで待っていたルーカスと合流し、グレンとノアは少し先に設置されている仮設会議室まで連れてきた。
高台に建つこの会議室は、T-15地区全体を見渡せる位置にある。ルーカスにとっては初めて訪れる場所だったため、こんな夜中に勝手に入って良いのかと気になったようだ。
『警察の仮設会議室だ。この地区の管轄署が管理している』
『こんな時間に入って良いのかよ』
『俺はここに出入りできる人間の中の誰よりも偉いんだよ。いつ入ろうが出ようが誰も文句は言わない』
『…』
ルーカスの問いに、グレンがぶっきらぼうに答える。
一番偉い?この男が?
確かに、この男の持つPSIの威力はどれも強大で、測ろうとするだけでも身震いがしそうなほどのレベルだ。だが、見た目はとても若い。
ご立派そうに見える警察の制服こそ着てはいるが、どう見ても「上層部」より「現場の若手」といった印象の方が強い。もちろん、能力主義のこの世の中で、年齢など取るに足らない情報であることはルーカスにも充分理解は出来ている。
だがそれにしても、警察という特殊な組織の中で、早々に上へと上がれるほどの年月を生きているようには見えなかった。
『お前って幾つなの?』
『二十八歳だ』
『えッ!?結構歳いってるじゃん!』
『失礼だな、まだ二十代なんだから若いだろうが』
『お前は?』
グレンの言葉を無視したルーカスが、今度はノアに視線を向ける。
『…二十六』
『マジかよッ!お前なんて新人刑事みてぇなツラしてるじゃん!』
『童顔で何が悪い』
冷めた目線を寄越すノアに、「いや、どう見ても二十代前半に見えるぜおたくら」と
笑ったルーカスに、グレンが問いかける。
『そういうお前は幾つなんだよ』
『俺?俺は二十四歳』
『お前が一番年下じゃないか。もっと年上を敬えよ』
『冗談だろ?良く知りもしない奴らを敬うなんて出来ないね』
そう言って笑うルーカスに、グレンは苦い表情を浮かべる。
だが、まぁ、ルーカスの言っていることはあながち間違いではない。
尊敬とは共に積み重ねた時間の中で自然と湧いて出る感情だ。出会って数日の者同士ではどう考えても難しい。この場にいる三人は、人間関係という意味ではまだ「余所行き」の距離感のままだった。




