#16 探られる側
一方、ルーカスはと言うと、グレンに言われたことを律儀に守り、独自に調査を続けていた。
地上での痕跡が突然途切れ、代わりに地下へと続く道筋を捉えたあの場所は、
あの後も念入りに追ってはみたが、やはり、靄がかかったように追跡を邪魔されてしまった。
本来なら、フォノンキネシスによる索敵が得意なルーカスだが、この地下へはどうしても、進もうとするたびに見えない壁で跳ね返される。
それならばと、クレヤボヤンスで地下の状況を把握しようとしても、靄が邪魔をして辺りが確認出来ない。その上、何故だか強引に探ろうとすればするほど、得体の知れない恐怖とも違和感ともつかない妙な感覚がルーカスを襲う。
「背筋が凍る」とは良く言ったもので、ルーカスはそれをそのまま自身の体で何度も実感した。
背骨の内側を滴り落ちるような氷の雫。
寒気なのか吐き気なのか分からず、冷汗なのか脂汗なのかも分からない。
また、焦燥なのか高揚なのかすら分からず、頭が混乱した。
とにかく、唯一分かったことは「ここにいてはいけない」ということ、それだけ。
いても意味が無い…ということでもあるが、ルーカスの第六感が働き、「ここにいては危険」と判断したことも大きい。少なくとも、グレンたちと一緒の方が幾分安全だろうと判断したのだ。
『…どういうことだ?』
そんな訳で、立ち入り禁止区域内での調査はそこそこに、ルーカスはT-15地区の街中へと戻って、地道に聞き込みを再開していた。
この地区にはルーカスが依頼を受けた家族も住んでいる。
どうせなら依頼者へ途中経過の報告に立ち寄ろうと移動していた時、すれ違った女性二人が交わしていた会話があまりにも聞き捨てならない内容だったため、ルーカスは
思わずすれ違った女性の腕を掴んで引き留めた。
『悪いッ!今の話詳しく聞かせてくれないかッ!』
こういった時期だ。
勢いよく腕を掴まれて一瞬恐怖の顔で振り返った女性だったが、ルーカスの顔を見るや否や、その顔を今度は真っ赤に染める。
『あ、あの…』
『今、失踪者が戻って来たって…』
『えぇ、そうなんです』
女性の話によると、つい数日前のこと、行方が分からなくなっていた街の住人数名が
突然無傷で戻ってきたという。
中には子供も二人含まれていたようだが、全員に共通して言えるのは、皆どうやって
戻って来たかを覚えていなかったということだ。
『…何も覚えていない?』
『はい。自分たちが何者かに攫われたということだけは覚えているみたいなんですが、誰にどこへ連れて行かれたのか、そして、どうやってそこから家まで戻ってこられたのか、そういったことが全て記憶から抜け落ちているみたいで…』
『…攫われた?…本人たちがそう言ったのか?』
『みたいです。自らの意思ではなく、急に誰かに連れ去られたのだと…』
『…』
失踪者事件。
自らの意思による家出の類のものなのか、それとも、何者かに攫われているのか、
それすらも分からないまま被害者だけが増え続けている状況だった。
だが、少なくとも数名の人間は無事に戻ってこられた上に、明確に「連れ去られた」という記憶は残っている。
『ありがとう!邪魔して悪い!』
『いえ、あ、あの、もし良かったら…』
頬を赤く染めたままの女性が声を掛けるのも気に留めず、ルーカスは慌てて来た道を戻り始めた。
――これはとてつもない大収穫なのでは?
事件から外されてしまったグレンとノアに一刻も早く知らせたい情報だが、もしかするともう、警察の方でも既に仕入れた情報かも知れない。
『…どうでもいい。取り敢えず…』
ルーカスは交換していた連絡先――
グレンの元へメッセージを送った。
『…』
今まで対応していた責任者は、役職としての責任者ではなく、襲撃が起きた際に
一番近くで対応していた職員であり、また、所属している部署の中では古株に当たるということで、取り急ぎ自分たちに対応していただけのようだ。
今自分たちが通されている部屋は、昨日とは別の部屋で、今度こそ間違いなく役職の付いた「責任者」が目の前に座っている。
グレンは微かな振動を感じ、自分の左腕を見た。
クロノリンク(緊急通信機器)が、ルーカスからメッセージが届いていることを伝えている。
出来れば今すぐにでもホロパネルを展開して内容を確認したいが、おそらく今自分たちはesに二度目の観測を受けている最中なのだろう。esの目的が分からない以上、どう出れば良いのか悩む。
ただ、単純に感情論だけで語ったとしても、無礼千万では無いだろうか。
隠れてコソコソと人のPSIの数値を測ろうとするなど、まともな組織のやることではない。正当な理由があるのなら、自分たちに断りを入れた上で幾らでも測定すれば良い。…と言っても、断りを入れられたところで受ける気はさらさら無いのだが。
『現場に犯人の痕跡はもちろん、痕跡を消した事実すら無かったということですね?』
『はい』
『遠隔でこの研究所のシールドを破れるようなサイキックの存在は、正直に申しまして想定外のことなので、引き続きお二人に捜査をお願いしたいのですが』
『…』
マーゴット・ヴェイルと名乗ったこの女性の名刺には、「統括研究監」との役職が記載されていた。
統括研究監――総裁、統括執行監に次ぐナンバー3と言った所か。研究部門全体を束ねる最高責任者であり、各研究部のトップを管理している立場でもある。
…まぁ、言うならば、グレンも特治の中ではナンバー3のようなもの…とはいえ、上級執行官ならグレンの他にも十名程は存在しているし、そもそも、序列上は同格に見えても、実際に委ねられている責任や権限の重みはまったく異なるのだろう。
これほど巨大な科学研究所の上に立つ人間など、想像を絶する過酷さに決まっている。
――なぜ、自分たちの前にいきなりこれ程の偉いさんが顔を出すのだろうか?不思議に思いつつも、グレンはヴェイル統括研究監に答えた。
『正直なところ、現状としては何一つ動きようがないくらいに手掛かりはありません。この状態から捜査を展開していくには、それに適したPSIを持つ者が他にもいますので、我々が担当になるかどうかはこの場では分かりかねます』
『ですが、ブラッド上級執行官は五つ、コールドウェル分析官は三つのPSIを扱えるとお聞きしております』
『『…』』
『しかも、その五つ、三つの能力を応用し、軽微ながら関連する新たなPSIも扱えるとお聞きしております』
『『…』』
いつ、誰に聞いたんだ。
自分たちがいくつのPSIを扱えるかどうかなんて、esの人間には関係が無い。
それをわざわざ情報として流している奴がいる。
一体誰が――
『その情報はそちらにとって必要なものなのですか?』
『お気を悪くされたのなら申し訳ありません。ただ、情報として入手したというよりは、お二人のお噂はes内では知らない者はいませんので』
『そんなことはないでしょう。それぞれ一介の刑事なだけです』
『ブラッド上級執行官、esに五つのPSIとプラスアルファのPSIを扱える者がどれだけいると思いますか?』
『さぁ、分かりかねますが…』
『一人もおりません』
『…』
ヴェイル統括研究監は、真っ直ぐにグレンを見つめてそう答えた。
グレンやノアよりも一回りほど年上だろうか。
美人で品格もある容姿をしているが、上に立つ者だけあって、一癖も二癖もありそうな厄介な目つきをしている。
薄く微笑みながら語るのは余裕を見せたいからか、それとも何か思惑があってのことか。esを持ってしても、グレンほどのサイキックを抱えることは困難であると認めたような話であるのに、なぜか含みを感じて聞き流すことが出来ない。
『つまり、esに所属するサイキックを集めたところで、今回の襲撃事件には太刀打ちできない可能性が高いのです』
『いや、それは扱えるPSIの数ではなく、適性が大きく関わってくるので、私や彼でなくても問題はないかと…』
刑事として事件を選り好みしているようで嫌な気分ではあるが、esの要望は特治に協力を仰ぐのではなく、自分やノアに協力を仰いでいるように思えてならない。
だからこそ、能力測定の件も含め不気味な印象を受けるので、出来れば距離を取りたいとグレンは考えていた。
『とにかく、一度局に戻り上へ状況を報告した後に今後の担当者についても相談しますので、結果は速やかにこちらへもご報告いたします』
『…分かりました』
一瞬、相手が何か言いたげな表情で言葉を飲み込んだように見えた。
本当なら、esの目的も探りたいのでもう少しこの場に残るという選択肢もあったが、
襲撃事件の捜査で残る訳ではなく、昨日の一件を調べたくて残るというのも今は強引な気がするし、何より、ルーカスからの連絡が気掛かりだったグレンは、少々雑な印象を与えたかもしれないと思いつつも、早々にesを後にした。




