#15 存在しない犯人
『ブラッド上級執行官、コールドウェル分析官、お待ちしておりました』
esに到着すると直ぐにでも、昨日二人に対応した責任者が出迎えた。
昨日の今日だ。二人ともまったく良い気はしなかったが、PSIを計測されかけたことに気付いているということを悟られたくはなかった為、声音にも態度にも出さないように気を付けながら、再度聞き取りを始める。
『襲撃をされた裏手の建物の損壊状況を確認させて貰えますか?』
『もちろんです。昨日、異能犯罪捜査部の方から現場には一切手を触れないように言われておりますので、そのままの状態にしてあります』
『助かります』
昨日ここへ来た時には直ぐに個室へと案内され、現場に立ち会うことが出来なかった。異捜の人間が調べていたので問題はないと思い言われるがまま通されたが、結果的にあんなことになってしまった。
今日はまず、現場の損壊の程度や状況を、自分たちのPSIを使って丁寧に読み取る必要がある。
責任者と三人建物の外へと出て損壊した現場へ行くと、周囲をシートで囲ってあった。雨風に影響されないようにとの配慮か、もしくは、esの職員とは言え、あまり不特定多数に見られるのも問題だと考えたのかも知れない。
『ちなみに、襲撃を受けた際、現場付近にいた職員などはいましたか?』
『いえ、建物の外でしたし休憩時間でも無かった為、いなかったと思います』
『…全職員に確認は取られましたか?』
『取っておりません。ですが、あの時間帯あの場所に人がいる可能性は極めて低いですので…』
『…』
涼しい顔でそう答えるesの職員を見て、思わずため息が出そうになる。
目撃者の有無すら確認出来ないとは、これは聞き取りから得られるものなど何も無さそうだ。ノアを見ると、きっと今自分もこういう表情をしているのだろうなと思うような、何とも言えない表情をしている。
『この場所が壊された時、大きな音や衝撃は何回くらい聞こえましたか?』
『一度だけだったと思います』
『…一度で、シールドを破ってここまでの穴を開けたのか』
esは科学研究所だ。
生体サンプルやウイルス・細菌といった微生物、放射性物質や毒性ガス、精密機器、さらには実験データなどの記録媒体まで、いずれも一級レベルの危険物、あるいは機密事項が保管されている。
そのため、外敵から守ることはもちろん、建物の中から外への違法な持ち出しや漏洩も防ぐため、警察も顔負けの強力なシールドが張られている。
これは、並大抵のサイキックでは絶対に破れない。トップレベルのサイキックが何十人も束になって攻撃を仕掛けたら、もしかしたら破れる可能性もなくはないが、その前にesに気付かれ対策をされてしまうのがオチだ。誰にも見つからず実際に攻撃をしかけてしまえる者など、本来ならいる訳が無い。
『…』
仮に自分のような能力の持ち主が何人もいたとしても、難しいだろう――強力なシールドを容易く破るなど、物理的に不可能だ。
グレンはそんなことを思いながら、現場全体を見渡しつつ、プレコグニションを発動させる。
プレコグニションは、未来の確定した結果を見る力ではない。感知できるのは、いくつもの可能性が分岐する手前に生じる「兆し」だ。
人の選択、感情の揺らぎ、環境の変化が織り成す「向き」を直感的に捉える能力である。だからこそ、犯人が次に選びがちな行動や、被害が起こりやすい場所や時間帯を、先に察知することができる。
『…?』
グレンがどれほど集中してPSIを発動させても、その「兆し」も「向き」も綺麗に見えてこない。
確かに、このPSIは常に確実な情報をもたらしてくれるわけでは無い。不発に終わることもあるし、感じ取った可能性が結果的には無かったことになる場合もある。
だが、これはまるで――
『…ノア、何か分かるか?』
自分の能力ではこの場所から情報を掴むのは難しいと判断したグレンは、ノアのPSIに期待した。ノアなら、証拠が綺麗に消されていたとしても、その「消された跡」さえ浮き彫りに出来る。「何も無い」ことを見ることが出来るのだ。
だが――
『…おかしいな』
『何か見えたか?』
『いや、見えない』
『やっぱりそうか』
ノアのPSIであれば、本来なら、証拠を全て完璧に隠滅されていたとしても、隠滅したという事実がノイズとなって可視化される。
だが、その「隠滅の事実」さえ見えないということは…
『恐らく、犯人は最初からこの場にいなかった可能性が高いな』
『どういうことでしょうか?確かに昨日、大きな衝撃音と共にシールドが破られこの場所が破壊されました。それなのに、誰もいなかっただなんて…』
一緒についてきた責任者が驚くのも無理はない。
実際のところ、グレンとノアも内心では相当驚いていた。本来なら、esのシールドを破るというだけでも不可能に近い。
その上、建物まで破壊しているにも関わらず、この場所にはこれらを行った犯人の痕跡がゼロなのである。それは絶対にあり得ない状況ではあったが、グレンとノアが自身のPSIを信じ、その結果を優先させるのであれば、結論は「この場には誰もいなかった」以外には考えられない。
『この場所には、この場所が本来持っている意味と圧しか存在していない。建物が破壊されているのは事実だが、破壊されたという痕跡が微塵も感じ取れないんだ』
『だからそれはどういう…』
『簡単ですよ。「いない」んです。――破壊した者が』
ノアの言葉に責任者が困惑する。
気持ちは分かる。
自分だって、自分のPSIを信じれば信じるほど、目の前の光景に頭が混乱しそうだ。
『正確には「この場にはいない」ということであって、当然、犯人はどこかにいます』
『どこかって…』
『正直なところ、今は犯人がどこにいるか…より、遠隔でこれだけのことをやってのける奴が存在するという事実の方が問題です』
『…』
ノアの言葉に責任者が沈黙する。
そうだ。
犯人がどこにいたって、これだけのことをやってのけるのなら、簡単には追わせてもくれないだろう。…どのくらいの距離から攻撃したのか分からないが、この場にいずしてesのシールドを破る?
『…』
まさか、本当に「ロキ」が絡んでいる訳じゃないよな?
『グレン、どうする?』
ノアに呼ばれてグレンは我に返る。
――都市伝説レベルの話だった。
だからこそ、非現実的すぎて恐怖を感じたことも無い相手だったが、あながち昨日の異捜の話もまったくゼロの可能性ではないと考えた途端、妙な寒気が襲う。
『…痕跡が無い以上、ここへ来てもこれ以上の収穫は得られないだろう』
『それなら、このことを報告して終わりだね』
ウソではないのだから、この事実を報告してさっさと失踪者事件の現場へ戻してもらいたい所だが、まぁ、どう考えても、この「あまりにも規格外」の犯人を追うように指示されるのが目に見えているなと、グレンは内心で大きなため息をついた。
『あの、出来ればお二人に室内で色々とお話をお伺いしたいことがあるのですが…』
『…何を、でしょうか?』
『私ではなく上の者がお待ちしておりますので、このまま一緒にお越し頂けませんか?』
責任者の言葉にノアと二人顔を見合わせる。
なんだ?自分たちのPSI計測のリベンジでもするつもりか?
『現場に犯人の痕跡が無いということは結構な大ごとなんですよ。出来れば一刻も早く局に戻り上司に報告を行いたいのですが』
『申し訳ありません。ですが、お二人にはこちらに留まって頂きご協力を頂きたい旨をお伝えし、既に許可も頂いておりますので』
『異捜ですか?』
『いえ、特別治安執行局のフロスト執行監からです』
なるほど。
まぁ、あの上司ならそうするだろう。
仮に局に戻ったところで、「犯人は誰が追うんだ?」と言われるに決まっているのだし。昨日の一件をもしフロストが知っていたなら、指示がどう変わっていただろうとも思うが、あの男のことだ、淡々とした口調で「調べてこい」としか言わないような気もする。
『…では、手短かにお願いします』
esが自分たちに何を求めているのかは分からないが、もしこの組織がグレーではなく
実際にブラックだった場合を考えたら、良い機会だ。こちらからも色々と探りを入れて帰るのでも良いかもしれない。
グレンはノアに「油断するな」と目で合図して、案内されるまま、建物の中へと移動した。




