#14 遠ざかる本命
『昨日の一件、監はどのようにお考えですか?』
翌朝――
グレンとノアの二人は、出勤後、いつものように朝の打ち合わせや申し送りを済ませ、直属の上司であるオリヴァー・フロスト執行監と個室で話していた。
三十代後半と思われるこの上司は、グレンと同じく漆黒の髪と、氷のような淡いグレーの瞳を持ち、短く切りそろえた後ろ髪、すっきりと分けて固めた前髪が清潔感を醸し、華奢だが均整の取れた体形と長身、線の細いメガネのシルエットが、クールで知的な印象を放っている。
もちろん、見た目の印象だけでなく、実際にとても頭の切れるエリートだ。
喜怒哀楽が乏しく、冷静で、任務遂行を何よりも重視する、少々人間味に欠けたタイプでもあるため、苦手意識を抱く者も少なくないが、取っつきにくさにさえ目をつぶれば信用には足る人物だと二人は思っている。
『ブラッドからの連絡の後に異捜からの連絡が入った。対応としてはあまりに遅くずさんな印象も受けたが、緊急事態だったことは否めない』
『ですが、実際に現場へ向かってみれば、異捜で事足りる状況でした。しかも…』
言いかけてグレンは言葉を飲み込む。
esに自分たちの能力を測られそうになった…などと話しても良いのだろうか。
もちろん、本来なら報告すべき出来事だが、この上司は信頼しても問題ない相手なのか――グレンは警察全体に対して疑心暗鬼になりかけていた。
『自分たちはこのまま失踪者事件から外されるのでしょうか?』
取り敢えずは保留にしよう。
そう思ったグレンが、もう一つの気掛かりを上司に問いかける。
感情の読めない目で暫くグレンを見つめていた上司――フロストが口を開いた。
『esのセキュリティは警察に引けを取らないレベルのものだ。それが破られたという事実は見逃すことの出来ない事件と言える。
昨日の現場だけを考えれば異捜で事足りたかも知れないが、今後の犯人捜しという点ではこちらの協力なしでは難しいだろう』
『では、別の班へ指示を出すのでも良いのでは?』
『それは私の権限ではない。どの班に指示を出すかは局長の裁量だ』
エドワード・ブラックウッド執行局長――
グレン達が所属する特別治安執行局のトップだ。
五十代後半とは思えない若々しさと強力なPSIを持っているが、フロスト執行監とブラックウッド執行局長は共に、扱えるPSIが四つであり、グレンの方が能力の数は上である。
だが、能力だけではない多くの理由があってこの地位まで上り詰めた二人であり、PSIの数によって人を妬んだり、自分の地位を利用して理不尽を働いたりするような人間ではないことは、特治に所属する者なら誰でも理解していた。
『では、局長が監に…我々A班に指示を下ろしたということでしょうか?』
『…』
昨日の異捜のトップの口調だと、まだ特治には正式に指示が降りていない段階で、異捜の独断で強引に指示を下ろしたような印象を受けた。
目的が自分たちの能力をesに測らせることだったのだとしたら尚更、特治には正式な指示は届いていないのではないか?
そう、思っていたのだが――
『昨日は混乱もあり、多少話が前後していた感は否めないが、本日時点では正式にこちらへの指示が下りている』
『本当ですか?』
『なぜ私がウソをつく?』
『…』
『局長から私に指示があった。esの襲撃事件の犯人捜しはA班の担当だ』
『では、向かわせる者は他の者にして下さい。そもそもA班は失踪者事件も抱えています。出来ればあまり人数を割きたくありませんし、自分たちが離れる訳にはいきません』
出過ぎたマネをしていることは百も承知だったが、それでもグレンは目の前の上司を真っ直ぐに見据えながらそう要求した。
だが、返ってきた答えは――
『悪いが、君たち二人に担当して貰いたいとの要請だ』
『そんな!何故自分たちなんですか?』
『今君が言っただろう。失踪者事件も抱えている中、人員は割けない。少数且つ戦力を重視すれば君たちが担当するのが筋だ』
『…ですが…』
『esが襲撃を受けたことは事実だ。だが、動機が分からず証拠も無い。犯人の手掛かりなど微塵も無い中で、未解決に出来る訳もない。君たちにしか任せることが出来ないのは当然だろう』
『…』
『相当厳しい捜査になるとは思うが、集中して対応してほしい』
『…』
フロストは融通の利かない上司だ。
もちろん、筋の通らないことはしない人間だが、逆に、通ってさえいれば絶対に指示や方針を曲げたりはしない。
感情や計算、思惑などを加味することなど絶対に無い、よく言えば正義感が強く信頼出来る相手だが、こういうタイプを上司に持つと、時に柔軟性の無さに振り回される。
『…早期解決できれば、失踪者事件に戻れますか?』
『当然だ。むしろ、戻るべきだろう』
『…』
おそらく、何を言っても指示が覆ることは無い。
ならば、早急にesの一件を片付けて戻って来るしかない。
『分かりました』
『緊急時を除き、報告は帰局後で構わない。初動が大事だ。とにかく集中しろ』
何とも言えない気持ちで、二人、フロストの執務室から退室する。
これで、嫌でもesの襲撃事件に集中することになった。
恐れていた最悪のパターンだ。
――もちろん、事件を選ぶなど刑事としてどうかとは思うが、今回は背景が色々と怪し過ぎる。
…やはり、昨日esで起きた出来事をすべて正直に話すべきだったか?
いや、仮に話したとして、上からの指示が既に下りている以上、フロストは絶対にその指示内容を変えないだろう。それに、正直なところまだフロストを完全に信用していいかどうかも分からない。
元は疑う余地もなく接していた相手だった。だが、今回のことで考え方が少し変わった。おそらく異捜はesと繋がっている。少なくとも異捜のトップは怪しい。
それなら、特治はどうなんだろうか?
ここで、なんの根拠もなく「白」とは言い切れない不安があった。身内を疑うのは何とも嫌な気持ちだ。まるで自分が悪者になったような気にすらなる。
それでも、裏で何かが動いている気配を感じた以上、誰に対しても警戒を強めるに越したことは無い。
『まぁ、出来るだけ早く、片付けてくるしかないよな』
『…すんなり解決できると良いけどね』
ノアのため息にグレンの気も落ち込む。
普通に考えれば簡単に解決できる事件ではない。
あのesのセキュリティを破る相手だ、どう考えても普通では無いだろう。まして証拠が残っていないのだから、失踪者事件同様、手応えの無い日々を過ごすことになる可能性は高い。だが、そんなことでいつまでも時間を取られていたら、失踪者事件の解決だってますます遠ざかってしまう。
ルーカスのことも気に掛かる。とにかく、何が何でも早急に解決させるしかない。
『取り敢えず、esに向かおう』
『なんか、敵地に乗り込む感じしかしないんだけど』
憂鬱な気持ちを奮い立たせるように、
二人は特治を出てesへと向かった。




