#61 それそれの居場所
『ブラッドさん』
『ん?』
『今回、フロスト執行監が局長へ昇進…って話はなかったんですかね』
『…あったらしいよ。でも、キャリア的にまだ早いって、本人が辞退したらしい』
『マジですか?』
『あぁ。こういったゴタゴタの時の見返り的に与えられるポストに興味はないって言ってたぞ』
『…』
『数年後に、実力で取りに行くってさ』
『めっちゃカッコいいですね』
『そうだな』
『自分、今回のことで監のこと見直しましたし、今後ずっとついていこうって思えました』
『それは俺も同じだよ』
大きな事件が解決したことに加え、警察内部が慌ただしくなったことで、最初の一か月程度は特治も異捜も、対応に追われるのに精一杯だった。
そのため、一部の人員を除いてほとんどの人間が新たな事件などに関わる余裕もなく時間が過ぎていたが、二か月が経った今は、ひと段落つき、それぞれが日常へと戻りつつある。
『俺なんか、最初、監を疑っちゃいましたからね』
『あ、俺も』
A班の人間がそれぞれ話し始める。
フロストの言動はやはり誰の目にも不可解に映っていたようだったが、これも、フロストに言わせれば、「敵を欺くにはまず味方から」の行動だったようだ。
グレンとノアは、仕方なかったこととはいえ、上司を信用しきれなかった事実に、
フロストへ心からの謝罪を行った。そんな二人を見つめていたフロストは、特に怒るでもなく、不機嫌になるのでもなく、淡々と答えたのだ。
「警察の人間なら、まずは疑ってかかる。それは当然のことだろう」
「…」
「疑わしいと感じた時に、上司も部下も関係はない」
「…」
「今後も、自分たちの直感に従って動けばいい」
「…ありがとうございます」
クールすぎて取っつき難く、何を考えているのかよく分からないような上司だが、
おそらく、警察内で一番信用できる人物だろうと、グレンもノアも思った。
A班は変わらずフロストの指揮での存続が決まった。
今回のことは仕事で何倍にもして返せるよう、これまで以上にまい進することを、二人は固く誓ったのだ。
『こんな時間か。そろそろ帰るかな』
『そうだね』
グレンとノアは、まだ残っている部下たちに挨拶をし、二人で特治を出た。
『随分とPSIが安定してきたな』
『そう?確かに、最近は体が慣れてきた感じがして、とても楽になったよ』
キッチンで夕食の準備をしているアレンに、カウンター越しに座っていたルーカスが話しかける。
あの後半月ほどは、アレンの静養もかねてルーカスと二人、実家で世話になっていた。
グレンとノアは警察での後処理などすべきことが山積みで、生活も不規則になりそうとの理由で、二人で先に自分たちの家へと戻っていたが、ルーカスは、PSIの発現で心身ともに不安定になっているアレンの傍に付き添い、サイキックとしての不安や疑問があれば何でも答え、シヴァの件も含めてアレンが気落ちしていれば、いくらでも話し相手になって気を紛らわせた。
粗暴で口も悪いのに、アレンを心配する様子が痛いほど伝わって来るルーカスの優しさに、アレンは何度も救われた。
――あれほど、自分もサイキックであれば、兄たちの助けになれたかもしれないのにと考えていたにも関わらず、いざ本当にPSIが発現したら、それは自分の望むような力ではなかったと、アレンは内心でとても複雑な思いを抱えていた。
だが、両親やルーカスはもちろん、仕事の合間を縫って会いに来てくれていたグレンやノアからも、自分のPSIが持つ意味や、どんな風に役立てるべきかを学ぶうちに、このPSIを授かったのも、自分という人間の役割だったのかも知れないと考えるようになる。
どのみち、PSIの種類を自分で選ぶことはできない。
ノーマルだった自分があれほどまでに望んだサイキックとしての能力だ。
この手にした能力に後ろ向きになるのではなく、自分らしく、人のためになれるよう生きていくしかない。アレンは今、前向きにそう考えるようにしている。
『…しっかし…家ん中も店ん中も、植物の成長マジで半端ねぇよな』
『なんか、今まで以上に元気に育つ気がしてる』
『気がするじゃなくて、実際にそうなんだよ』
ルーカスが呆れ気味にリビングを見渡す。
もともと、この家にある植物の成長はとても早く、みな生き生きとしていたが、それは、アレンの潜在能力としての「強化型ヒーリング」がもたらしていた影響だったのだろう。そのPSIがしっかり発現したことで、アレンの周りに存在する植物の成長はより著しく、元気に育つようになっていた。
『でも、意識してPSIを発動させているわけじゃないんだよね。できれば、花屋としての努力で育てたいからさ』
『…PSIを使おうとしてねぇのに影響してるってことは、ダダ洩れってことだろ?』
『まぁね』
ルーカスの言葉にアレンが苦笑する。自分のPSIはかなり威力が強いらしい。
よほど強く意識してPSIが漏れないよう気をつけないと、ある程度は勝手に発動してしまうようだった。
それでも…
「人を攻撃するPSIじゃねぇから、別に漏れてたっていいじゃん」
ルーカスのこの一言で、アレンは無理にコントロールしようとするのをやめた。
そうか、人に悪影響を及ぼすわけでないなら、別に隠す必要はないか。
――素直にそう思えたのだ。
『…なんか、初めっからお前の近くにいるとなんとなく、気分が良いなって思ってた』
『…』
『でもそれは、PSIだけが理由じゃなく、お前自身の人の好さのおかげっつぅか、そういうのもあるんだけど』
『…』
『でもまぁ、そのPSIに癒されてたって部分もあんのかもな』
『…』
『外で色んなことがあって、色んな気持ちになって、ちょっと疲れて帰って来てもさ』
『…』
『ここに戻って来てお前の顔見るとなんつぅか…楽になる』
『…』
そこまで話し、「なんか俺、キモいこと言ってね?」…と耳を赤くしたルーカスだったが、最後にこう、締めた。
『マイナスイオンみたいなもんだ、アレンは』
『マイナスイオン?』
『あぁ。なんか、近くに行くと無条件に心身が癒されるような気がする』
『…』
『その理由がお前自身だろうがPSIのせいだろうが、別にどっちでも良くて』
『…』
『まぁ、ここに帰りたいって思えるのが一番すげぇなってこと』
『…』
そう言って気まずそうに襟足をさすったルーカスが、「アイツらおせぇなぁ」と誤魔化すようにつぶやく。アレンは、嬉しそうにそんなルーカスを見つめた。
強化型ヒーリングについては問題ないとして、アンチ・サイに関しては、今後しっかりと管理が出来るように訓練が必要だと父親に言われている。
アレンの性格を考えれば問題は無さそうだが、感情に任せてPSIを爆発させてしまえば、最悪の場合、意図せず目の前にいるサイキックのPSIを無効化してしまうリスクがあるからだ。
そして、このPSIを持つことを良からぬ個人や団体に悟られれば、戦闘に利用される恐れもある。…esが解体されたばかりで、そういった危険はそうそうないとは思うが、アレンが持つPSIは、それだけ希少な種類であり威力でもあると自覚しなければならなかった。
アレンは、強化型ヒーリングは必要とするすべての人や動植物のために。
そして、アンチ・サイは、いつかまた再会できることを信じて、シヴァのためだけに使いたいと思っていた。
これから先、もし孤独に疲れたら。
抱えているPSIの重さに耐え切れなくなったら。
その時には、自分を思い出してほしい。
自分が、少しでも役に立てるなら、いつでも、どれだけでも、あなたのためにこの力を使いたい。
…アレンは、そう毎日祈り続けている。




