#59 孤独の終わり
グレンの話を、シヴァは黙って聞いていた。
動揺している様子もない。
一瞬、この話はシヴァのことではなかったのかと心配になるくらいに、まるで関係がないという風に見えた。
『父親とこの話をしたことはない。だから、さっき確認に行っていたところで、何も得られるものはなかったかも知れないが…』
『…』
『子供の頃に、一度だけ聞いたことのある話だ』
『…』
『うちのじいさんは、八十をとっくに超えたが、見た目も中身もまだまだ若い』
『…』
『…もし、お前がその気なら…』
『くだらない』
グレンの言葉をシヴァが遮る。
――その声は、不自然なほどに冷たく、感情のない声だった。
『…俺に家族はいない』
『そんなわけないだろう』
『いない』
『…』
シヴァがどれだけ規格外のサイキックだとしても、人間である以上、家族がいないはずはない。なのになぜ、そんなにまで頑なに拒否するのか。
『…実の両親は事故で亡くなった…か』
『…』
『面白いな。そういう見方もできるのか』
『…』
『だが、真実は…』
『シヴァ』
今度はグレンがシヴァの言葉を止める。
…グレンは、目の前のこの、どう見ても自分より年下に見えるサイキックを静かに見つめた。年齢は?と聞かれたら、成人しているかどうか…そのくらいにしか見えないのに、かと言って、決して幼いとか若いとか、そういった雰囲気にも見えない不思議な印象を受けたのは、きっと、シヴァが、実際には自分が足元にも及ばないほどの長い年月を生きてきたからこそだろうと思う。
それも、ただ生きてきただけではない。
人に言えないこと、言いたくないこと、思い出したくもないこと…そんなことばかりの人生だったのだろう。そういった軌跡が、若い青年の美貌と、年相応の憂いを同居させているのだと思う。
『俺は、お前の過去などどうでもいい』
『…』
『だが、お前の未来には興味があるし、関わりたいとも思ってる』
『…』
『お前が生きる意味を持ちたくなくても、特別を作りたいと思わなくても』
『…』
『俺とお前は血が繋がっている』
『…』
『それだけで、お前は俺にとっては大切な存在になるし、お前にとっても俺は無関係の存在ではないはずだ』
『…』
何を言っても響かない…そんな諦めも、ないわけではない。
だが、ここで本当に諦めてしまったら、シヴァにとっての生きる意味は、永遠に作れなくなるような気がした。
――今、自分が作ってあげなければ…グレンはその一心で言葉を続けた。
『この先お前がどこにいて、何をしていても』
『…』
『俺たちのいる場所が、お前の帰る場所だ』
『…』
『そんな場所が、お前にもこの世の中に一つくらいあってもいいだろう?』
『…』
『どうせ、俺がどこにいたって、お前ならすぐに気配を探せるんだから』
『…』
『気が向くなら、いつだって帰ってくればいい』
『…』
『幸い、俺はお前が嫌うサイキックだからな。ノーマルと違って、あと何十年だって、今と大して変わらないままでお前を迎えてやれる』
『…』
シヴァは黙ってグレンの言葉を聞いていたが、やがてベンチから立ち上がると、
「悪いが、俺にはあまり理解ができない」とだけつぶやく。
『…』
祖父は、実の両親を失ってはいるものの、伯父夫婦から愛情たっぷりに育てられ、恋愛・結婚を経て、自分の家族を持つことができた。
そして、その血は受け継がれ、今自分やアレンへと続いている。
ブラッド家のその、数十年という長い年月の間、別の軸を生きていたシヴァは、
ずっと独りだったのだろう。
もしかしたら、束の間の休息の時期もあったかもしれない。
それでも、今目の前のシヴァを見ていて、ブラッド家が辿った温かな軌跡と
同様の人生を歩めていたようには、グレンにはとても思えなかった。
それに…
『…理解できなくてもいいさ』
シヴァの「理解できない」という言葉がウソであるならそれでいい。
だが、もし本当にそうであるなら、それは、あまりにも孤独な過去と、許されざる実験が与えた影響のせいなのだろう。
『俺が…俺たちが、お前にとっての家族になる』
『…』
『放っておけない時点で、俺の中でお前はもう、無関係じゃない』
『…』
『家に帰るとホッとするのはなんでだと思う?』
『…』
『待っていてくれる家族がいるからだ』
『…』
『だから、お前にもそれがあっていい』
『…』
『俺が、お前の家族になってやるよ』
――「シヴァ、幸せになってね」
『…』
――「一人でも幸せにならなくちゃ」
『…』
――「いずれ、一人じゃない未来がやって来る」
『…』
――「私のことを、忘れないでほしいけど…でも、ずっと一人ではダメよ?」
『…』
あの日のことを、まるで、昨日のことのように覚えているのに。
君の、震えるまつ毛の一本まで、鮮明に。
それなのに、俺にまた、失う恐怖と苦しみを味わえというのか。
最初から手にしなければ、失うこともない。
自分の人生は、それでいい。
意味など持たなくても。
大切なものなど、なくたって…
『笑わせるな』
『笑う?泣きたいの間違いだろ』
『…』
『忘れることができなくてもいいじゃないか』
『…』
『お前の幸せを願ってくれる人がいたのなら、それに報いるべきだ』
『…読んだのか。無神経な奴だ』
『お前が素直に本音を話してくれるなら、読む必要は無いんだけどな』
『…』
シヴァの表情が一瞬だけ変わる。
そして、「…面白いことを言う…」と小さく苦笑した。
『グレン、シヴァは?』
『あぁ…もう、ここにはいないよ』
暫くして――
アレンの様子をずっと見ていたノアとルーカスが
グレンの部屋へ戻って来た。
部屋に入ると同時にノアにそう聞かれて、グレンが答える。
『行先は?』
『言うと思うか?』
『いや、思わない』
『俺が追ってやろうか?』
『いや、必要ないよ』
ルーカスが「やれやれ」とため息をついて床に座るのを見ていたノアが、ぽつりとつぶやいた。
『僕さ、情けないけど、シヴァのことは苦手だ』
『え?』
『いや、苦手っていう言い方は強がりだな。…怖いんだよ』
『…』
『どう考えても勝てる相手じゃない。…それはまぁ、グレンもそうなんだけど』
『…』
『でも、確実に味方だって思えない分、本能がアイツに恐怖心を抱く』
『…』
『嫌いな訳じゃないし、悪い奴とも思えない。でも、とにかく怖くて、あまり関わりたいと思えないんだよね』
『…そっか』
ノアの言っていることは、サイキックとしては当然のことだった。
自分より優れたPSIを持つサイキックと対峙するということは、自分の命に関わる状況にもなり得る。そういった本能の部分で、無意識に自分より強いサイキックに対して強い恐怖心や警戒心を抱くのは、むしろ健全な反応だった。
グレンやアレンには少し特殊な事情がある。
ルーカスの場合は、人間性や本人の気質の問題も大きいのだろう。
一度シヴァと交流を持ったことで得た安心感もあるのだろうが、そもそもルーカスは根っからの攻撃系サイキックのため、あまり他者に対して恐怖心を働かせることが少ないのだと思う。
だが、ノアのように、攻撃もできないわけではないが、基本的に制御系のインテリサイキックの場合、その能力差に、ただただ本能が拒絶反応を示すのだとグレンは思った。
『それがノアにとって自然な感想なら、それで良いんじゃないか?』
『…でも、グレンたちを助けてくれた相手でもあるのに、失礼かなって』
『そう思うなら、もし今後シヴァが俺たちの前に姿を現すことがあれば、その時には笑って迎えてやればいい』
『…できるかな』
複雑そうな表情でそうつぶやいたノアに、グレンが「できるさ」と笑って答えた。




