#58 名を呼ぶ者
アレンの言葉に暫く黙り込んでいたシヴァだったが、やはり、その声は淡々と。
『…できない』
『…』
『そもそも俺は、自分も含めてサイキックが嫌いだ』
『…』
『お前がノーマルだったならまだしも、もう守る必要もない』
『…』
『…PSIの使い方は兄から学べ。急に、無理に使おうとするな』
『…』
『もう話すことはない』
『…』
そう伝えると、シヴァの視線がアレンから外れる。
きっともう、本当に、自分には関心の欠片もないのだろう。
アレンは、分かり合えない現実に胸が締め付けられるような思いだったが、理由はともかく、せめてこの人がこの先も生きてくれるなら…そう思い、立ち上がる。
『…話してくれてありがとう。もうしばらく休むので、下へ下ります』
『…』
『俺の部屋は、あなたさえ良ければ暫く使ってください』
『…』
そう伝えたところで、長く留まるはずもないだろう。
そう思いつつも、アレンはどこか、祈るような気持ちでシヴァにそう告げる。屋上のドアから部屋の中へと入っていくアレンの背中を視界の端に流し、シヴァは夜空を見上げた。
『…』
時代も、場所も違う。
満天の星空とはいかなくて当然だ。
――あの村の夜空の風景は、息をのむような美しさだった。
いつの日に、どんな夜空を見上げたのかさえ、すべて覚えている。
『…』
月明かりの冷たさも、薬草の清々しい匂いも、頬を撫ぜる風も。
『…』
自分の名を呼ぶ、弾むような声も。
『…』
自分に生きる意味があるとするなら、あれで充分だった。
思い出すということでもなく、すべての記憶と感情がデータのように積み重なり、その中に埋もれるほんの僅かな事実さえ、忘れるという行為ができない自分の「仕組み」…。消えていかない記憶に頭がおかしくなりそうな瞬間を救ってくれるのは、
いつだって、あの「幸せだった時間」そのものだ。
『…』
何事にもいずれ必ず終わりが来る。
その瞬間の苦しみや悲しみが、未来永劫消えることも癒されることもない自分に、これ以上「意味を持つ」人や場所など、増やす必要はない。
意味を持てば…失った時に、永遠の苦しみが増えるだけだ。
『…ご都合主義で何でもできる魔法使いではない、か』
『…』
『お前こそ、まさにその魔法使いみたいだけどな』
『…盗み聞きか。いい趣味だな』
よく言う。
聞かれていたことに気づいていないわけもないだろうに。
『弟をあまり傷つけてくれるなよ』
『…事実を言ったまでだ』
屋上から下りてきたアレンを一階の部屋まで連れて行きながら、グレンはシヴァが消えてしまわないか気が気でなかった。
だが幸い、まだ気配がする。どうしても聞きたいことがある。
グレンは、アレンがベッドへ入ったことを確認し、部屋を出ると、瞬時に屋上へとテレポートした。
『…お前が我が家の屋上で、ベンチに座りながら星空を見上げているとか、違和感しかないんだけど…』
『…』
『でも、これが日常になれば、俺もお前も、そのうち違和感なんて抱かなくなるんじゃないか?』
『…盗み聞きしていたのだろう?無駄な話はよせ』
『無駄じゃないだろ』
随分と安定している。
あんなにも、人のPSIも、命さえも、強引に吸収してしまうような強烈な圧はすっかり感じなくなっていた。
…この状態を作ったのがアレンというなら、どれだけでも弟の功績を褒めてやりたい…それくらいに、アレンはすごいことをしたのだとグレンは思っている。
『お前はサイキックである前に一人の人間だ』
『…』
『幸せになる権利も、俺たちのようにごく普通に平穏な生活を送る権利も…』
『…』
言いながら、グレンは酷い違和感を感じていた。
自分が言いたいのはこんなことだったか――
『…悪い』
『…』
『こんなお決まりの綺麗事を言いたかったわけじゃない』
『…』
どれだけ想像したって、きっと、自分には理解できないような人生を、シヴァは送ってきている。それを分かっていて、こんな安っぽい慰めのような言葉をかけたところで、響くわけがない。だが、過去は変えられなくても、未来を変えることはできる。シヴァのこれからを、自分がどうにかしてやりたいと思う気持ちは、驕りかもしれないが、真実であり、本心だ。
『お前がなんでそこまで頑なに拒絶するのか分からないが』
『…』
『少なくとも、俺は無条件に、お前にとって「意味のある存在」だ』
『…』
グレンの言葉にシヴァの視線が一瞬、揺れる。
『…お前、さっき俺が部屋を出て行こうとした時に「やめておけ」と言ったな』
『…』
『俺が父親に確認しに行こうとしたことに気づいたんだろ?』
『…』
『…実験データに記載されていたお前の名前を初めて見た時に、どこか聞き覚えのある名前だと思った』
『…』
『その時にはすぐに思い出せなかったが、後になって祖父から聞いた話を思い出したんだよ』
『…』
グレンは、まだ子供の頃、祖父から聞いた話を思い出していた。
『うちのじいさんは、幼い頃に実の両親が事故で亡くなって、父親の兄夫婦に育てられたらしいんだよ』
『…』
『あまりに幼すぎて、本来なら育ての両親を本当の両親だと信じて育ってもおかしくない状況だったらしいんだけど』
『…』
『割と早いうちから、育ての父親がじいさんに話して聞かせていたらしい』
『…』
『お前には本当の両親と、兄が一人いたって』
『…』
グレンは話しながらシヴァの反応を観察していた。
だが、シヴァの表情はまったく変わらない。
『お前の本当の両親はとても優しい、自分にとって自慢の弟夫婦だったって』
『…』
『そして、お前の兄も、とても優しく聡明で、弟思いのいい子だったって』
『…』
『理由があって兄とは会えないが、絶対にどこかで生きてる』
『…』
『だから、お前は絶対に兄の存在を忘れないであげてほしいって』
『…』
『お前とは名前が違うが、覚えておいてあげなさいって』
『…』
『兄の名は、シヴァ・フォレストだと』
『…』
『綺麗な名前だって、じいさんが俺に話してくれた』
『…』
『うちのじいさんの名はアーサー・ブラッドだ。…覚えがあるだろう?』
『…』




