#56 目覚めた力
『アレン、気がついたか?』
『…父さん母さん…みんなも…』
数時間後――
アレンが目を覚ます。
熱もなさそうだし顔色も悪くはない。
本人に聞いても、極度の疲労感はあるようだったが、体調が悪いということは特にはないと聞き、両親はもちろん、グレンもノアもルーカスも、それぞれが深い安堵のため息をついた。
『…シ…ロキは?大丈夫?』
思わず本名を口にしかけて、アレンは慌てて言い直した。
両親の前で、軽々しくその名を出していい気がしなかったのだ。
『あぁ、大丈夫。アレンの部屋で休んでもらってる。あとでここに呼ぶから』
『…無事でよかった』
アレンが目を覚まして真っ先に気にしたのはシヴァの様子だった。
大きな問題はなく、部屋で休んでもらっていると聞いて、アレンの表情から緊張が消える。
『ところでアレン、グレンに聞いたが、PSIに目覚めたというのは本当かい?』
父親がアレンに問いかける。
アレンは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにでも真剣な表情になり、
「多分、そうだと思う」とつぶやいた。
『実は、少し前から自分の中で何かおかしいなって思うことが増えてたんだ』
『おかしなこと?』
『うん。大したことじゃなかったから誰にも話していなかったけど…』
そう切り出し、アレンは最近自分の身に起きていた小さな異変たちを皆に聞かせる。
…アレン以外は皆サイキックだ。自分がここ数か月で経験していたことを、幼い頃に経験しているのではと思ったが、誰も皆、生まれながらにしてサイキックだった為、
アレンと同じような経験をしていたとしても、それは記憶に残らないほどに幼い頃のものなのだろう。正直誰も、アレンの話にピンと来た者はいなかった。
だが――
『ある日突然PSIに目覚めたり、逆に、急激にPSIが消失していったり…大人になってそういった変化が訪れる者が一定数いるのは事実だ』
父親の言葉にグレンとノアも頷く。
ルーカスが、父親に疑問を投げかけた。
『もともと軽微なPSIしか持っていないサイキックが、加齢とともにその能力を失うってパターンは聞いたことがあるけど、ノーマルが突然サイキックになるって、あり得るのか?』
『確かに、代々ノーマルの血筋の者が突然変異のようにサイキックに代わるという話は聞いたことがない』
『…』
『ただ、サイキックの血筋の中に生まれるノーマルであるなら、潜在能力として眠っている可能性は充分にあるだろうね』
『…なるほどね』
アレンの家族はただのサイキック家系ではない。
兄も父も母も、系統こそ違えど、かなり強大なPSIの持ち主だ。
祖父や曽祖父など、血筋を遡って行っても、皆サイキックとしてのレベルはとても高い家系だと聞かされていた。
――そんな一族の血を引いているのだ。
時間はかかっても、アレンがいずれサイキックとして目覚める可能性が高いことは、言われてみれば当然のことなのかもしれない。
『アレンには「アンチ・サイ」と「強化型ヒーリング」のPSIが備わっていると…ロキが言っていた』
『アンチ・サイ?』
アレンが不思議そうな顔でグレンを見上げる。
『サイキック能力を無効化したり、弱体化させたりできる能力のことだ』
『…』
『このPSIを持つサイキック自体がそんなに多くはない上に、アレンは今回、単なるPSIの弱体化ではなく、完全な無効化を行っている』
『どういうこと?』
グレンの話にアレンではなくノアが疑問を口にした。
『…さっき、ロキが言っていた。自分の中にあるPSIが整理された…と』
『…消えたってこと?』
『そうみたいだな。そもそも、ロキの様子がおかしかったのは、自身の中にあるPSIの暴走が原因だったと思う』
『…』
『それをアレンが一部無効化したことで、ロキの中に少し余裕が戻ったんだろう』
『…』
ノアとルーカスがアレンを見る。
その目に、アレンへの拒絶はない。
ただ、「無効化」という言葉に本能的な緊張が走るのは、サイキックとして無理もない反応だった。
自分のPSIを消されるかもしれないとなれば、それはサイキックにとって本能的な恐怖に直結する。完全な無効化ではなくても、弱体化などされては絶対に困るのだ。
二人に悪気は一切ない。むしろ、健全な反応でもある。
それは、アレンにも瞬時に理解ができたのだろう。
『…俺は、いつでもみんなの力になりたかった』
『…』
『ノーマルであることを卑屈に思ったことはないけど、もし自分に一つでもPSIがあれば、みんなの役に立てるかもしれないのに…って、いつも思ってたんだ』
『…』
『それなのに…こんなPSIを持ってしまったら、助けるどころか、これまで以上に迷惑をかけるかもしれない』
『…』
『なんで俺は、どこまでいっても役立たずなんだろう…』
『アレン、それは違う。誰もそんなこと思ってない』
自分を責めるように俯くアレンを見て、グレンが言葉をかける。
『お前はあの場で言ったよな?自分がロキを救うんだって』
『…』
『そして、本当に救ったじゃないか』
『…ロキは望んでいなかったかもしれない』
『そうかもしれないが、放っておいたらアイツは今頃正気を失っていた』
『…』
『暴走が止まらない化け物と判断されて、処分の対象になっていても良かったか?』
『…』
グレンの言葉にアレンが首を横に振る。
『今はまだ発現したばかりで、誰もお前のPSIについて詳細など把握できない』
『…』
『でも、少なくとも俺は、お前のそのPSIは「人を救うために使える力」だと思ってる』
『…』
『PSIは、「誰がどう使うか」でその存在意義はまったく変わるものだ』
『…』
『他の誰でもない、お前が持つPSIなら、人のためになる使い方ができるよ』
『…兄さん…ありがとう』
アレンの不安そうな目に溜まる涙を見つめていたルーカスが「おい」とアレンを呼ぶ。アレンが見上げると、ルーカスがスッと自分の右手を差し出した。
それを見たノアが小さく笑って、自分も左手をアレンに差し出す。
『…なに?』
『手、繋いでみろよ』
『…ダメだよ。俺、自分でまだ何をしてしまうか分からない…』
『関係ねぇって!いいからほら!』
『…』
それでも躊躇しているアレンを見てため息を吐いたルーカスが、自分から強引に
アレンの手を掴んだ。
『!ルーカス、本当に危ない…』
『あ?誰にもの言ってんだ?危ないわけねぇだろ舐めんな』
『…』
『さっきまでノーマルだったお前と違って、こっちはみんなサイキックだ。今おまえのPSIが安定してるか暴走してるかくらい、分からないわけねぇだろ』
『…』
『それに…』
『…』
『サイキックってのは、そもそもPSIに信用があるわけじゃねぇ』
『…』
『ソイツ自身に信用がなければ、たとえ微力なPSIだって時に脅威になる』
『…』
『俺は、お前が持つPSIなら、それが何だろうがどれだけ強大だろうが、怖くはねぇよ』
『…』
『ルーカス、そこは「俺は」じゃなく、「俺たちは」にしてくれよ』
ノアが呆れたように付け足し、グレンが嬉しそうにその姿を見つめる。
アレンは、自分に向けてくれる彼らの信頼に、心から救われたような気がした。
そして――
『…俺、この温かい空間を、ロキにも知ってもらいたい』
『…』
『もし…もし本当に俺がロキの苦しさを少しでも消してあげられたのなら』
『…』
『次は、ロキにもごく普通の、平穏な日常を知ってほしい』
『…それは、俺も同じ気持ちだよ』
アレンの言葉に、グレンが頷く。
それでも、おそらくその願いは、叶うことはないだろう。
グレンは、そう覚悟をしていた。
『兄さん、ロキは俺の部屋にいるんだよね?』
『…あぁ、そのはずだけど…』
『俺ちょっと、会って来る』
『まだ動かない方がいい。俺がアイツを呼んでくるから』
『ううん、大丈夫。多分ロキはここに来たくないと思うから、俺が行く』
『…』
アレンに言われ、グレンは周囲を見渡した。
自分たちの両親に、ノアとルーカス。そして、自分もいる。
確かに、あのシヴァがアレンに会いに来れる雰囲気ではないかもしれない。
妙に納得したグレンが、「俺が部屋の前まで付き添うよ」と、アレンに手を貸して一緒に部屋を出た。




