#54 失われた名前
『IQ155ってのは…すごいよね。「天才」と呼ばれる域だ』
『生まれながらの天才で、PSIを受け入れる許容も半端なかったってことなのか?』
ノアとルーカスが複雑そうな表情でデータを見つめつつ、言葉を交わす。
ノアは少しだけ考えるように視線を落とした。
『もともとの資質が異常に高かったってことだね。IQ155のレベルになると、世界の見え方そのものが違うと思う』
『世界の見え方?』
『うん。周りの人間が考えていることも、感じていることも…全部、遅く見えるし、浅く見える』
『…』
『だから、合わせる側になるしかない。子供の頃も、きっと周囲から浮いていたんじゃないかな』
『しんどいな、それ』
『そうだね。理解されないのが前提の人生になる。どれだけ言葉を尽くしても、届かないことの方が多い』
ノアは画面に表示された「IQ155」の数字へ目を向けた。
『天才って聞くと羨ましく感じるかもしれないけど、実際は孤独になりやすいんだよ』
『…頭が良すぎるのも考えものってことか』
『それでも普通に生きていける人間もいるけど、シヴァの場合は――』
そこでノアは言葉を選ぶように一度口を閉じる。
『感じ取りすぎる側…でもあったんだと思う』
『どういうことだよ』
『思考だけじゃなくて、感覚も鋭すぎた。他人の違和感とか、嘘とか、空気の歪みとか…そういうのを無視できないタイプ』
『…』
『見たくないものまで見えてしまう。気づかなくていいことにも気づいてしまう』
『…最悪だな』
『かなり、生き辛いと思うよ』
ノアは静かに続けた。
『だから、仮にあの実験がなかったとしても』
『…』
『シヴァは最初から、普通の人間とは少し違う場所に立っていたんじゃないかな』
『…』
『「普通の人生」には、ならなかった可能性が高い』
『…』
『でもまぁ、実験体になんてされなかった方が、壊れるのはずっと遅かっただろうね』
『…』
そんな風に二人がやり取りを行っている横で――
グレンは、苛立ちが抑えきれずにいた。
確かに、シヴァは自分たちの味方だと言い切ることも出来ない、微妙な存在だった。だが、振り返ればいつだって、自分たちのピンチに現れ、手を差し伸べてくれたじゃないか。アレンのことも、ルーカスのことも、そして、自分のことだって救ってくれた。…それなのに、これまでシヴァを労り、守り、手を差し伸べた奴なんて、いるのか?
『…』
規格外の強さゆえ、誰からも近づいてもらえず、また、自分からも近寄ろうともせず、孤独な人生を何十年も過ごしてきたのではないのか。
『…』
――その名で呼ぶな。
『…』
自分の本当の名前さえ、誰にも呼ばせずに。呼ばれずに。
『…あり得ない』
取り返しがつくのかどうかなんて分からない。
仮につくとしても、それを手助けする役目は自分ではないかもしれない。
ただ、黙っていられない。
――まずは、シヴァの内にある、膨大過ぎるPSIをどうすれば良いのか。
そこを解決できなければ、結局今後も苦しみ続けるだけだ。
出来ることなら、死を選ぶような生き方はさせたくない。
『…グレン、この度の一連の出来事に関して、報告のため明日出勤するようにって本庁からメールが届いているんだけど…』
『は?ふざけんな!落ち着いたら出向くとでも返しておけ!』
『…それで済めばいいけどね』
ノアが気まずそうにグレンに伝え、案の定の反応が返ってきたことに苦笑し、やれやれとメールを返信する。
…シヴァの件でアレンの心配もそこそこになっているのでは…?と思えるような今のグレンに、出勤したところで冷静に報告業務ができるはずもない。
…報告どころか、どう考えても始末書ものだ。
――仕方がない。本庁がこの返信に納得してくれない場合には、自分一人で行くしかないかもしれないなと、ノアは内心で思っていた。
『なぁ、俺ちょっと、アレンの様子を見に行きたいんだけど、親父さんたちの邪魔しちまうかな?』
『いや、気にしなくて大丈夫。ありがとうな』
『…それなら僕も一緒に見て来るよ』
『あぁ、頼む』
二人がアレンの様子を見に一階へと下りる。
グレンは、それならば、自分はシヴァの様子でも見に行こうとアレンの部屋のドアをそっと開けた。
『…』
もしかしたら、ドアを開けたらシヴァは消えているかもしれない――そんな気もしていた。だが、そのままベッドに横たわっている姿を見て、わずかに息を吐く。
『…』
部屋に置いてあるソファに腰を下ろし、シヴァの様子を見つめる。
自分の気配を感じても起きないのか。
…本当に寝ているだけならいいが、そもそも、意識はちゃんとあるのか?
地下で見た、あの壊れかけた目を思い出す。
もしあのまま戻ってこなかったら。
もし、目を開けたとしても、もう「シヴァ」ではなかったら。
そう考えた瞬間、胸の奥が冷たく沈んだ。
『…』
死にたいと願っていた人間が、心身にあれだけのダメージを受けて意識を失ったんだ。…そのまま、帰ってこないという可能性は…
『…』
グレンは心配になって一瞬ソファから立ち上がりかけたが、そこでふと、シヴァの名前に覚えがあったことを思い出す。
『…』
――シヴァ・フォレスト。




