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Transmission  作者: 琉風
第三部「伝達」

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132/141

#53 嵐のあとで

『アレンは?』

『大丈夫、両親が見てる』


グレンのテレポートで、五人はグレンとアレンの実家へと戻って来ていた。

アレンの無事を祈っていた両親は帰宅に涙して喜び、グレンやノア、ルーカスを労うと、アレンをベッドへ寝かせて見守った。

だが、誰もまだ、本当の意味では落ち着いてなどいなかった。

アレンの顔色は悪く、呼吸こそ安定しているものの、目を閉じたままぴくりとも動かない。その姿を見るたび、地下で見た光景が否応なく脳裏を過ぎる。

グレンは、自分の手がまだかすかに震えていることを自覚していた。


また、グレンは両親に、アレンがもしかしたらPSIに目覚めたかもしれないことを話す。両親はとても驚いていたが、父親が「本人が起きてから話を聞こう」と提案したため、アレンを両親に託し、自分はノアとルーカスが待つ自室へと戻った。


シヴァは、グレンの部屋の隣、アレンの部屋のベッドに寝かせている。

アレンを一階にある予備室のベッドへ寝かせて、シヴァに二階のアレンの部屋を使わせた。おそらく、目が覚めた時に両親をはじめ人が多くいる空間にいることを好まないだろうとグレンが配慮した結果だ。


ベッドへ寝かせる間も、シヴァは一度も目を覚まさなかった。

あれほど規格外の力を見せつけた男が、今はただ静かに横たわっている。

その事実が、かえって不気味だった。本当に眠っているだけなのか。

それとも――そんな考えが頭をよぎるたび、グレンは無理やり思考を断ち切った。


『…ノア、シヴァの研究データのコピーを取っていたよな?出してくれないか』

『了解』


グレンに言われ、ノアが、以前esのセキュリティシステムに侵入し、証拠となる実験データを探していた時に偶然見つけた「リスクコード:S」のデータを開く。


『…』


グレンが食い入るようにデータを見つめる。

ノアとルーカスも、以前はアレンのことで気が回らず、きちんと目を通せていなかったそのデータを、今度は真剣に見つめた。

画面を開いた瞬間、部屋の空気がわずかに重くなる。

ただの記録ではない。そこに並んでいるのは、人間一人を壊しながら作り変えていった痕跡そのものだった。

――誰も、すぐには口を開けなかった。




――――――――――――――――――――――――

【閲覧制限ファイル】

ES-ARCHIVE / CLASSIFIED DATA

――――――――――――――――――――――――

対象個体:No.███(コードネーム未設定)

識別名:シヴァ・フォレスト

IQ:155

――――――――――――――――――――――――

■ 実験分類

複合型PSI適応強化プロトコル

■ 被験体状態

・高適性(適合率:異常値)

・複数PSI同時保持:成功

・精神負荷:許容範囲超過(継続観察対象)

■ 投与薬剤記録(抜粋)

① オーバードライブ・ブースター

目的:PSI出力の限界突破

結果:出力上昇確認/神経負荷増大

② アブソープション・アダプター

目的:他者PSIの定着・同化

結果:拒絶反応なし/多重能力保持成功

備考:人格混濁傾向あり

③ センサリー・エクスパンション

目的:感知領域の拡張

結果:高精度索敵能力獲得

副作用:睡眠障害(浅眠状態継続)

④ ニューロ・リインフォースメント

目的:神経系強化

結果:高負荷PSI連続使用可能

副作用:痛覚鈍化・自己損傷認識低下

⑤ エモーション・サプレッサー

目的:感情抑制によるPSI安定化

結果:感情振幅の低下

備考:共感能力の著しい減衰を確認

――――――――――――――――――――――――

■ 総合評価

本個体は、すべての投与薬剤に対し完全適応を示した

唯一の成功例である。

通常個体においては複数PSIの同時保持は不可能、

または精神崩壊を引き起こすが、

本個体に限り例外的に成立。

出力・適応・感知のすべてにおいて規格外。

現段階において、当該個体に「限界」の概念は

確認されていない。

――――――――――――――――――――――――

■ 備考

本個体は「兵器」としての完成形に最も近い。

今後、さらなる出力試験および能力拡張を継続予定。

倫理制限:適用外

――――――――――――――――――――――――


『…なぁ、これ、見れば見るほどヤバくねぇか?』

『ロキ…シヴァは、そもそもはノーマルだったってこと?』

『それはないだろう。いくら薬剤を打たれたからと言って、ノーマルがあんなにまで強くなれるわけない』

『…まぁね。実際、今のesでもあんな…人の形を留められないくらいのものしか作れなかったんだ。当時の科学でシヴァのようなサイキックを作ることは不可能だよね』

『…っつぅか、アイツっていったい幾つなんだ?』


ルーカスの問いに、三人が自然に実験データの「出生日時」に目をやる。


『…おい、見間違いじゃねぇよな?』

『…「ロキ伝説」があるくらいだから、結構昔の人かなとは思っていたけど…』

『…』


冗談で済ませられる数字ではなかった。

画面に記された生年月日が正しいのなら、

シヴァは自分たちの想像をはるかに超える長さを、

あの姿のまま生きてきたことになる。

その時間を、どれほどの孤独の中で過ごしてきたのか――

誰も、軽々しく言葉にはできなかった。

――グレンが無言で、データの日付にくぎ付けになる。


『…見た目、二十歳そこそこだよな?』

『そうだね』

『サイキックはノーマルに比べて老いのスピードが緩やかだ。そして、老いたとしても、見た目は実年齢より若く見える者が多い』

『…』

『…それと比較しても、アイツのあの見た目と実年齢は…説明がつかない』

『あれも、実験の影響なのかもしれないね』


グレンは改めて実験データを見つめる。


『…』


――人格混濁傾向あり


グレンの視線が止まる。

その短い一文だけで、シヴァのあの危うさに説明がついてしまう――

それが、逆に耐え難かった。


『…』


――睡眠障害(浅眠状態継続)


眠れない。

たったそれだけの文言のはずなのに、そこに積み重なった年月を思うと、息が詰まりそうになる。


『…』


――感情振幅の低下


『…』


――痛覚鈍化・自己損傷認識低下


『ッ…』


――共感能力の著しい減衰を確認


感情を削られ、眠りも奪われ、それでもなお「成功例」と記されている。

その事実に、グレンの奥歯がきしむ。


『…クソッ…』


―― 本個体は、すべての投与薬剤に対し完全適応を示した唯一の成功例である。


『…何が「成功例」だ』


――出力・適応・感知のすべてにおいて規格外。


『…』


――現段階において、当該個体に「限界」の概念は確認されていない。


『…限界のない人間なんて、存在する訳ないだろ…』


――本個体は「兵器」としての完成形に最も近い。


『…』


確かに、グレンの中には拭いきれない現実があった。

規格外の強さ。異常な適応。そして、壊れかけた精神。

――人間の範疇に収まっていないのは、確かだ。


…それでも――


『何が兵器だ。…アイツは、ただの人間だ』


グレンは怒りを押し殺すように拳を握る。

その後も、データは淡々と事実を並べ続ける。

グレンは画面から目を離せなかった。

いったい何なんだ、このデータは。


こんな非人道的な実験を、当時まだ幼かったシヴァになぜ平気でできた…?

アイツが表情に乏しいのも、人を寄せ付けない拒絶のオーラも、無数の人格を内包しているかのような危うい言動も、自分で自分をあんなにも簡単に、酷く、傷つけてしまうことができるのも、すべて、実験のせいだというのか。


――シヴァの家族は?友人はいたのか?

今までどんな風に生きて来た?

これまでの人生で、シヴァを大切に思う人間はいたのだろうか。

…その問いに、答えはない。


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