#52 救済の光
『シヴァ、シヴァ!しっかりしろッ!!』
意識を失ったシヴァを抱きかかえたグレンが必死に名前を呼びかける。
まさか、このまま意識が戻らないなんてことは…
『クソッ!いったいどうなってるんだよッ!』
シヴァの様子をおかしいと思う瞬間は、これまでにもあったように思う。
だが、大きな問題を抱えているようには見えなかった…というより、それに気づけるだけの距離感ではなかった。
――本望だ
『…』
死にたいのか、コイツは。
グレンはこみ上げるものをグッと堪えて、必死に名前を呼び続ける。
やがて、指先がかすかに動く様子を目にしたグレンが、「おい!」とひと際大きな声でシヴァを呼ぶと、目を見開いたシヴァが瞬時にグレンの首を絞めた。
『…ッ…』
『俺はシヴァではない』
『…じゃあ何なんだ?ロキだというのか?』
『ロキ?誰だ、それは…』
『…』
『俺は…』
そこでシヴァの瞳が揺らぐ。
俺は、誰だ?
なぜ自分はここにいる。
目の前のコイツは誰だ?
――うるさい。
なぜ頭の中で声がする。
無数に蠢く脳内の違和感はなんだ?
心が引き裂かれそうだ。
これは、誰の感情だ。俺のものではない。
いや、そもそも、俺とはいったい何なんだ…
『…あ…』
『…シヴァ?』
そうだ。
俺は誰でもない。
個など、とっくに奪われている。
この思考は誰のものなのか。
この声は、この顔は、この気持ちは。
どれもすべて、自分であって、自分ではない。
『…ぅ…ッ…』
投げ出せばいい。
抵抗するから苦しい。
自我など、既にないようなものだ。
自分が誰かも分からないのに。
自我とは…いったい誰のものだ?
『…ッ…』
『シヴァ!』
頭が割れるようだ。
心も。
体も。
すべてが粉々になっていく。
楽になりたい。
手放せば、すべて終わる。
もう、自分である必要など…
『兄さん!…ロキ!』
不意に響いた大きな声に、グレンが弾かれたように顔を上げる。
そこには、アレン、ノア、ルーカスの三人がいた。
『…お前ら、何でここにいる!危ないからとあれほど…』
『ロキ!』
グレンの言葉を聞かずに、アレンが目の前まで走って来た。
驚くグレンの腕に抱えられていたシヴァを見て、アレンが泣きそうな顔になる。
その体からは、淡い光のような柔らかいオーラが立ち昇っていた。
『…アレン?お前…』
アレンは、グレンが自分たちを残して地下へ戻って行った時から、自分の中に起きている異変をはっきりと自覚していた。
思い返せば、兆候は少し前からあった。
ふとした瞬間に手のひらが熱を帯びたり、理由もなく身体が軽く感じられたり――
そんな小さな違和感が、ここ最近何度か続いていたのだ。
病気のような不調ではない。
だからこそ誰にも相談せず、気のせいだろうと片付けていた。
だが、この場所へ来てから、その感覚は急激に強まっている。
心臓が大きく脈打つ。
苦しいわけではない。
痛いわけでもない。
むしろ、自分の奥底で何かが目を覚まそうとしているような、不思議な感覚だった。
そして、その衝動が向かう先は一つしかない。
――力になりたい。
兄を。
ノアを。
ルーカスを。
そして、シヴァを。
いつも自分を守ってくれる大切な人たちを、今度は自分が支えたい。
『ロキ…いや、シヴァだよね』
『…』
だが、今、自分を救ってくれた恩人であるシヴァの苦しそうな姿を見た瞬間に、自分の中ですべきことがハッキリと見えたような気がした。
『アレン、危ないから近づくな』
『大丈夫…こんなに苦しんでいるのに、放っておけない』
『いや、でもお前は…』
意識が朦朧として、自我を保てているかどうかも分からないシヴァに、アレンは躊躇なく近づき、そっと抱き締めた。
『おい、アレン!』
慌てたグレンが制止しようとしたが、その瞬間――
『…え?』
『…なんだよ、これ』
目の前で見ていたグレンはもちろん、少し離れた場所に立っていたノアとルーカスも、自分たちが見ている光景が信じられないという風に目を見開いている。
『俺はシヴァを助けたい。…ただ、それだけ』
『…』
『もし…もし俺にもそんな力があるのなら…』
『…』
『兄さんたちのように、誰かを救うためのPSIがあるなら…』
『…』
『今は、シヴァのために使いたい。俺が最初に救うのは、シヴァだよ』
『…』
アレンが強く願えば願うほど、それに呼応するように全身のオーラは白く淡く、
柔らかくアレンとシヴァを包んでいく。
『…アレン、お前…』
拒絶のオーラとサイキック・スティールのリスクで、その体に触れることも出来なさそうだったシヴァをいとも容易く抱き締め、全身を包むその光のオーラが、まるで、シヴァの中に長年降り積もった澱を一掃するかのように、輝きを増す。
『…』
三人とも、その様子をただ見つめるしかできなかった。
『シヴァは、俺が絶対に助ける』
青白い顔に、焦点の定まらない瞳の色が次々と変化していたシヴァだったが、アレンの光に包まれるのと同時に、少しずつ、呼吸も安定し、本来の美しい寒色系のまだらの瞳を取り戻し、そのままその瞳をスッと閉じる。
『シヴァ?』
意識を失ったようだったが、先ほどと違って、顔色はかなり戻っている。その姿を見て安心したアレンが、フッ…と緊張の糸が途切れたように、そのままシヴァに重なるように倒れ込む。
『おい!アレン!』
グレンがシヴァとアレンの二人を抱えるのと同時に、ノアとルーカスの二人が駆け寄り、ルーカスがアレンを、グレンがシヴァを抱き上げ、「とりあえず、ここを出るぞ」とグレンのテレポートでその場から立ち去った。




