#51 崩壊の果てに
『…ッ!』
その手の先へ、持てるエネルギーのすべてを集束させようとしているのは見て分かる。だが、本来、自らのPSIを扱うだけであれほど苦しげな表情を見せるサイキックなどいない。いくら、集めているエネルギーが理解の範疇を超えるレベルのものだとしても、だ。
『…』
いったい、シヴァの中で何が起こっている?
グレンは状況が飲み込めず、呆然とシヴァの姿を見つめるしかできない。
一方、シヴァは――
『…ッ…』
器としての限界を感じたのは、もうずっと昔のことだった。
それでも、どういうわけだか自分はまだ、生きている。
他者のPSIを奪い、記憶や人格までも取り込んで、本来の自分が誰であったのかも分からなくなる。…そんな崩壊の淵を抱えながら、無意味にまだ、息をしている。
――いっそ、消えてしまえたらどんなに楽だろう。
なぜ自分は、死ぬこともできないのか。
まるで、息をするように他者のPSIを、命を、奪う。
――自分のような存在は、消えた方がどれだけ世のためになるだろう。
『…退いていろ。死にたくなければな』
『シヴァ、待て…ッ!』
グレンが止めるより早く――シヴァの手から放たれた強大なエネルギーが、地下一帯の壁も天井も床も、すべてをなぎ倒しながら、その空間に存在しているすべての生き物たちを瞬時に消し去っていく。
『…バカな…』
目が眩みながらもグレンが必死にシヴァの姿を追うと、よろけたシヴァが頭を抱えてうずくまる。
『おいッ!』
駆け寄ったグレンの目に映ったのは、苦痛でその場に崩れかけながらも、自身との戦いに意識を集中させるシヴァの姿だった。
――それはまるで、必死に自我を保とうとしているかのようで、グレンは一瞬、介入を躊躇する。…自分が声を掛けてもいいのか?その身に触れてもいいのだろうか?
だが――
『来るな』
『!』
『奪われたくなければ、この場から離れろ』
『…』
そうか。
…シヴァが持つPSI、サイキック・スティールが暴走しているのか。
グレンは理解し、あえてシヴァへと近づいた。
『来るな…』
『俺を見くびるなよ?お前に奪われたりなど、しない』
『…ッ…馬鹿を言うな』
『!』
近付いたとたんに、シヴァの全身からバチバチと神経を貫きそうな鋭利な圧が立ち昇る。まるで電流のようにも思える、攻撃性の高い圧だ。
確かに、このまま近づけば、この圧に取り込まれてしまうかもしれない。
だが――
『俺を並のサイキックと一緒にするな!』
『…ッ』
そう叫んでシヴァの腕を掴んだグレン。
その瞬間、今まで感じたことのないような圧が自分の中に入り込んでくる。
『…ぐッ…!』
確かに、一瞬でも気を許せばPSIだけでなく、精神も丸ごと持って行かれそうな、
激しい吸収の流れに引きずられそうだ。
『…離せ』
『断る』
かろうじて、シヴァから吸収されるのに抵抗はできているが、このままではシヴァを止めることもできない。
――いったい、どうすれば…
『頼むから、離せッ!』
『ッ!?』
激しい圧に押されてよろけたグレンから後退ったシヴァが、そのまま自分の全身から溢れ出ていた圧を、自分の内へと向け始める。
『…何をして…』
サイキック・スティールをグレンに向けさせないようにするためか、そのエネルギーをシヴァは自分の中へと向け始めた。
――これまで奪ってきた数えきれないほどのPSIを、自身の中で再び奪わせるというあり得ない行動。それはまるで、自分の体の中をぐちゃぐちゃにかき回すのに等しい苦痛のはずだった。
『何してるッ!やめろッ!』
『…ッ…』
シヴァの、紫にも見える美しいブルーグレーのまだらな瞳が、緑、茶、黒、琥珀、灰色、金色…様々な色に変化していく。顔面は蒼白で、脂汗が細い顎を伝っている。
『…ッ…』
『…今すぐやめるんだ!』
グレンに言われても一向にやめる気配のないシヴァ。
自我を保つための必死の抵抗に加えて、体内を撹拌されるような痛みにも襲われて、今にも意識が飛びそうになっている。
――なぜ、そこまでして自分を痛めつける…?
『!…まさか、本当に死ぬ気じゃないだろうな』
『…お前に、関係ない』
ほんの一瞬、グレンに気を取られたシヴァの脳内に、明確な意思と意図を持った、おびただしい数のサイキックの群れが一斉に襲い掛かる。
『…ッ…』
『おい…?』
そのままプツリと糸が切れたように、シヴァがその場に倒れ込んだ。
『おい、シヴァ…シヴァッ!』
『うわッ!なんだこれ…』
一階部分でセキュリティシステムを破壊していたノアと、ノアのサポートをしつつアレンのことも守っていたルーカス、そして、アレン。三人の目の前――
グレンが開けた、地下四階まで吹き抜け状態になっている縦穴から、ものすごい轟音と共に、目を開いていられないくらいのまばゆい光が噴き出してきた。
『…兄さん。…ルーカス!兄さんは?無事なのッ!?』
『あぁ、大丈夫…気配は追えてる』
『何だよ、今の』
ノアも不安げに穴の開いた先を見つめている。――セキュリティシステムの破壊は無
事に済んで、esの職員たちもそのほとんどが、特治の人間の誘導によって施設の外へと避難ができていた。三人は、グレンが心配でこの場から離れることができずに、
ルーカスの索敵を頼りに状況を見守っていたのだ。
『マジか…』
『なんだよ。何かあったのか?』
『…敵が一掃されてる。グレンと「もう一体」以外の気配が一瞬で消えちまった』
『もう一体って?』
『いや…多分、ロキだと思うけど…』
『思うけど、どうしたの?』
ルーカスが戸惑った様子で建物の地下を見つめている。
瓦礫や壁に邪魔をされても、ルーカスならば、人がどこにどれだけ存在しているか…
程度の気配は察知できる。だが、ロキならばなぜ「もう一体」などと表現するのか。
『…なんか、グレンの気配に比べてアイツの気配、やべぇんだよ』
『どういうこと?』
『…上手く言えないけど…ちょっと、まともじゃない』
『…』
『個体の気配のはずなのに、なんか、無限にいる…っつぅか』
『…なんだよ、それ』
『いや、だから…よく分かんねぇけど…アイツ、どうしたんだ…?』
『グレンは本当に大丈夫なの?そんな状態のロキと一緒にいて』
ノアの言葉にルーカスが「それは大丈夫」と答えた瞬間――
『…!?』
『ルーカス?ルーカス!どうしたのッ!?』
『あ…俺ちょっと行って来る。アイツはマジでやべぇ』
『ロキが暴れてるのか?』
ノアが一瞬で戦闘モードに切り替えながら、ルーカスに問いかける。
『いや違う。むしろその逆だ。倒れこんでる。意識がない』
『…ルーカス、ノア、お願い、俺も連れて行って』
『アレン、それは…』
『お願いッ!お願いだから連れて行ってッ!!』
ノアとルーカスは一瞬顔を見合わせたものの、泣きそうな顔で必死に叫ぶアレンを見て、「あ~きっと俺が怒られるんだろうなぁ」とぼやいたルーカスが、アレンを担ぎ、ノアと共に穴の底へと飛び降りた。




