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Transmission  作者: 琉風
第三部「伝達」

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#50 臨界点に触れた者

『…!』


空気が、変わる。

グレンは慌てて振り返った。

そこに立つシヴァは、明らかに様子がおかしい。

顔色は悪く、呼吸も荒い。輪郭さえ、わずかに揺らいでいる。

それでも――


『…うるさい』


一言。

それだけで、場の圧が沈黙する。


『…ほう』


ヴァルディスの視線が初めて明確に動いた。


『まだ壊れていないのか』

『…黙れ』


シヴァの瞳が細くなる。その瞬間――


『ッ…!?』


ヴァルディスの干渉が、弾かれた。

ドミネーションも、マインド・クラッシュも。

触れた瞬間に、吸い込まれるように消えていく。


『…これは』


わずかに、声に色が混じる。


『やはり…』


次の瞬間、レイカーが動いた。


『邪魔だ!』


一直線に、シヴァへ。


――キネティック・バースト


爆発的な加速。


『…』


シヴァは動かない。

いや――動けていないのか。


『終わりだ』


レイカーの拳が届く、その瞬間――


『…来るな』


シヴァが、わずかに手を上げた。

触れる。

――ただ、それだけ。


『…ッ!?』


レイカーの動きが止まる。

身体が、硬直する。

いや――


『何だ、これは…』


吸われている。PSIが。意識が。

「核」そのものが。


『ッ…やめろ…!』


振り払おうとする。だが離れない。

むしろ――引き寄せられる。


『…ッ…!』


レイカーの表情が歪む。

そのまま、身体が崩れ始める。

外からではない。

内側から。


『やめろ…ッ…!!』


叫びは途中で途切れた。

次の瞬間――レイカーの存在は、完全に消えた。


『…』


――静寂。

その中心に、シヴァが立っている。


『…ぅ…ッ…』


わずかに、肩が震え、呼吸が乱れる。


『…ッ…』


空間が、歪む。


『…これは…』


ヴァルディスの口元が、ゆっくりと吊り上がる。


『やはり…』


その瞳に浮かぶのは、恐怖ではない。

――歓喜。


『お前は、es史上最高にして、最大・最凶の実験体だ』

『…ッ』


シヴァの身体が大きく揺らぐ。

制御できていない。

――奪うのを、止められない。


『…くッ…!』


グレンが踏み出す。


『シヴァ!』


その瞬間――

シヴァの周囲の空間が、一瞬で収縮した。


『――ッ!?』


ヴァルディスの身体が弾かれる。

触れていない。

それでも――

一瞬で、何かが「抜け落ちた」。

削られたのではない。

「奪われた」のだと、理解する。


『…これは…!』


初めて、ヴァルディスの表情が崩れる。


『不安定だが、この段階でここまでとは…』


制御できていないようなのに、この威力だ。

もしこの実験体が「完成」したなら、いったいどれほどの脅威となるのか…

ヴァルディスが考えていた、その瞬間――


『ッ…』


シヴァが膝をつきかける。


『おいッ!』


グレンが駆け寄る。


『…来るな…』


拒絶。

だが、その声は明らかに弱い。

その一瞬の隙を、ヴァルディスは見逃さなかった。


『…ここまでだ』


「ワープの道具」が歪む。


『逃がすかッ!』


グレンが振り返る。

だが、間に合わない。


『戦いは勝つためにある』


感情のない声。


『そして私は、負ける戦いはしない』


次の瞬間、ヴァルディスの姿が歪みの中へと消えた。


『…チッ』


グレンが舌打ちする。

追うか?

――いや…


『…』


視線を向ける。

そこには、「それ」が残っている。

歪な形のまま、動かずに存在している「ワープの道具」。


『…』


一歩、近づく。

一瞬だけ、目を閉じる。


『…ごめんな』


小さく、呟く。

次の瞬間…


――サイコキネシス


圧縮。破壊。

…「それ」は、音もなく崩壊した。


『…』


グレンは後ろを振り返る。

シヴァは、まだ立っている。

だが、あまりにも苦しそうだ。


『おい、大丈夫か』

『近寄るな』

『いや、でも…』

『死にたいのか』

『…』


肩で息をしているシヴァの全身から、不穏なオーラが漂っている。

先ほどのヴァルディスの反応から見ても、おそらく、近づけばPSIを吸い取られかねない。


だが――


『ッ!?』


気付けば、まだ残っていた実験体たちが周りを取り囲んでいる。

ヴァルディスたちがいる間は何もしかけてこなかった…ということは、何か、命令系統を持っているのだろうか。それが分かれば、一気に片づけられるはずなのに…


『俺がやるから端で休んでろッ!』

『…お前にできるのか』


皮肉めいて小さく笑うその姿も、今にも倒れそうなほどに苦し気だ。

グレンは、シヴァの状態が気になって仕方がなかったが、まずは残っている実験体たちを片づけないと話にならない。


『…あと何体いる…』


グレンは静かに目を閉じる。


――プレコグニション


『…』


――来る。

数じゃない。流れ。

…まだ、途切れていない。


『…三秒』


小さく呟く。その瞬間、背後の壁が弾けた。

踏み込みと同時に、サイコキネシスを叩き込む。

見えないはずの敵が、空間ごと押し潰される。


『…次』


息を整える暇はない。

すでに「その先」が来ている。


『右か…』


身体が先に動く。

――回避。

直後、先ほどまで立っていた位置を、異形の腕が薙ぎ払う。

至近距離で圧を解き放つ。二体が同時に吹き飛んだ。


『…まだ来る』


低く呟く。終わらない。

減っているはずなのに――

流れが、消えない。


『…チッ』


グレンの舌打ちが落ちる。

…違う。これは残っているんじゃない。

…奥にいる。この階層のさらに奥。

――まだ、まとめて来る気配がある。


『…それなら』


踏み込む。

――連続転移。

通路の先へ、先へ。来る前に潰す。


だが…


『…遅いか』


視界の奥。歪む影が、複数。

次の波が、すでに動いている。

プレコグが示す未来が、わずかに濁る。

――量が多い。

流れが、重なっている。


『…クソッ』


押し切れる。だが、時間がかかる。

その瞬間――

背後の空気が、変わった。


『…』


嫌な静けさ。

圧が、消える。

いや――収束している?。


『…シヴァ?』


振り返る。

そこに立っているはずの存在が、一点に沈んでいくような感覚。


『おい、やめろ』


プレコグが、未来を拒む。

先が、見えない。

ただ一つだけ――

「最悪の結果」だけが、浮かび上がる。


『シヴァッ!』

『その名で呼ぶなと、言ったはずだ』


シヴァの言葉に一瞬言葉を飲みかけたグレンが、それでも叫ぶ。


『そんな真似をしたら死ぬぞッ!』


わずかな沈黙。

そして――


『…本望だ』


かすれた声。

次の瞬間、光が、爆ぜた。


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