#12 観測者
esが何者かに襲撃されたのはウソではない。
ただ、自分たちが今扱っている事件を放ってまで緊急で向かわなければならないような状況ではなかった。
いくら詳細を確認中で混乱していたとしても、あれほど軽率な命令を異捜のトップが出すだろうか…?
『そもそも、ルーカスとは出逢ったばかりで、本部から連絡があった時も画面に映らないようにしてただろ?』
『そうだけど、もっと広い視野で見られていたのならバレる可能性はあるでしょ?』
『…まさか、衛星とか言わないよな?』
いわゆる監視カメラ的なものを飛ばしたり、人に後をつけさせたりしたところで、
グレンやノアなら直ぐにその存在を察知してしまう。
でも、衛星からの映像を本部で見られているとしたら…ただ、そこまでして個人を監視する必要があるのだろうか。そんなくだらないことに費やす予算も、暇も、警察には無い筈だ。
『…アイツ、esと繋がってる訳じゃねぇよな』
『そんな物騒なことを口にしないでよ。誰が聞いてるか分からないんだから』
『こっちにいる時なら平気だろ?本庁には胡散臭いのが多いけどな』
『…ったく』
『だいたい、監視されているとして、そんな暇なヤツいるのかな?』
『そりゃ、常時張り付くのは非効率だよ。録画でもしておいて、必要な時だけ拾う…とかならいけるかもね』
『…それがマジなら、笑えねぇな』
esに向かえという命令自体がまったく腑に落ちない二人だったが、グレンは他にももう一つ、気になっていることがあった。
『…ノア、esで話を聞いた時に通された部屋があっただろ?』
『うん』
『何か気付いたか?』
『…まぁ、見られてたよね』
『やっぱ、そうだよな』
状況を把握するため、現場にいた人間に話を聞こうとした二人が通された部屋。
一見何の変哲もない普通の応接室のような作りだったが、グレンはその部屋に入った瞬間、何とも言えない違和感を覚えた。
例えるなら、警察で言う所の取調室のようなもの、だろうか。
取り調べの様子を隣室から確認出来るワンウェイミラー…片側からは鏡のように見えるが、反対側からはガラス越しに様子が伺える作りになっている――あの鏡のように、まるで自分たちが監視されているような違和感を覚えたのだ。
『場所が場所だからな。多分、大抵の奴には見破れないくらいのクローク(気配遮断)が張られていたとは思うけど、恐らく別室から見られていたんだろう』
『誰が見ていたと思う?』
『…そこまで分かったの?』
驚くグレンに小さく笑ったノアが、「まぁ、僕のPSIならではの感知だけどね」と前置きした上で、「オブザーバー(観測者)とスキャナだと思う」と続ける。
『スキャナって…ESPスキャナか?』
『うん…まぁ、ハッキリと見えた訳じゃないけどね。感じたというか』
『それって…』
サイキックの能力を観測できる能力を持つ「オブザーバー」と、サイキック出力や特性を数値化出来る「ESPスキャナ」が自分たちを監視していたとなれば、それは必然的に――
『能力を観測されていたってことか』
『そうなるだろうね』
なるほど。
緊急で駆けつけるようなレベルの事件では無かったと思っていたが、そもそもの目的が自分たちの能力を測定されることだったとするなら、あの不自然な命令にも納得がいく。
『そうなると増々、異捜は胡散臭いな』
『まぁ、ヤバいのは上の人間だけかも知れないけどね』
『…っつうかさ、観測しても意味なくね?』
『確かにね』
グレンとノアの能力は、並のサイキックとは比較にもならない程の強大さだ。
その強大さ故に、グレンは無意識に自己防衛本能としてオブザベーション・ブロック(観測遮断)を発動しているし、ノアは日頃は測定をされるリスクもあるが、緊急時には意図的にフェイク・シグナル(数値の偽装)を行うことが出来るため、今回も当然のように発動していた。
つまり、何の目的かは分からないが、esが二人の能力を測ろうとして失敗していることは明らかだった。
『でもまぁ、オブザーバーがいるってのは予想外だったな』
『さすがと言うべきか、まぁ、やっぱりちょっと問題がありそうだよね、esって』
オブザーバー(観測者)は非戦闘型のサイキックではあるものの、相手の能力を測れるという稀有なPSIの持ち主であるため(この能力の保持者はサイキック全体の数パーセントにも満たない)国家や組織がこぞって囲いたがる存在だ。
もし、敵側にオブザーバーがいるとなると、戦局に多大な影響を与える、かなり厄介な存在となる。そんな貴重な存在であるオブザーバーまで抱えているとは…
『俺たちが監視されていることを見抜けないと思っているのか。さらに、能力をいも簡単に測られちまうような存在だと思われているのか。どっちにしても腹が立つよな』
『そのどちらも叶わなかったことで、向こうはギアを一段階上げてくるかも知れない』
『…めんどくせぇなぁ』
esが襲撃されたという事実だけでもどこか不自然な流れを感じていた。
だが、それだけの話であれば、まだここまで警戒はしなかったかも知れない。
それなのに、自分たちが観測されかけたことに気付いてしまった以上、やはり今回のesの事件と失踪者事件には何か繋がりがあると考えるのがしっくりくる。
『…あまり、身内を信じて動くのも危なそうだな』
『特治に限ってはまともであることを祈るけどね』
現状ではすべてが憶測でしかない。
ただ、二人ほどのサイキックの能力や「勘」は、曖昧さや思い込みとは別物。
れっきとした事実として扱われる。
何も収穫が無く行き詰まっている事件を突然放棄させて向かわされた「グレーな場所」で、秘密裏に能力を観測されそうになった。…となると、襲撃事件は「おとり」で、本来の目的はそれだったのではないだろうか。
だが、そう簡単にことが運ぶ訳がない程、二人の能力は突出していた。
それをesに知らしめた訳だが、それは果たして、今後esに自分たちが出入りする際にどう働くのか。
『…失踪事件に戻れるのかな、俺たち』
『どうだろうね。明日出勤してみないことには何とも…』
部屋の空気が重く沈む。
二人の視線だけが、静かに交差した。




