#11 道の痕跡
『…っていうか、「ロキ」って実在すんの?俺今ちょっと頭が追い付かねぇんだけど』
話があまりに大き過ぎて、実在などするはずがないと思っていた存在だった。
実在するとして、もし「ロキ」が完全に自分たちの敵であった場合、とてもではないが勝ち目などないだろうと感じた。
だとすれば、一体誰がそんな怪物を倒せるというのだろう。
もちろん、今回の件が本当に「ロキ」が起こした事件であるなら、何があっても探し出し、何があっても捕らえなければならない。
だが――
グレンにはどうしても、都市伝説化している「ロキ」に実態があるようには思えずにいた。
『監には要点だけ連絡を入れておく。取り敢えずは言われた通りに現場へ向かおう』
『…異捜の部長って感じ悪いよね』
『まぁ、そう言うなよ。うちの監だって対外的にはかなり感じ悪いと思うぜ?』
納得がいかないノアの愚痴に、グレンが小さく笑って答える。
『ロキかぁ…めちゃくちゃヤバい奴の話になってたな』
『ルーカス、お前「ロキ」のことを知っているのか?』
『もちろん見たことはねぇけど、噂くらいは聞いたことあるよ』
『…急展開で悪いが、もしかすると俺たちは失踪者事件からは外されるかも知れない』
『はッ!?冗談言うなよ!それなら俺はどうすれば良いんだ!?』
ルーカスの言葉は尤もだが、一番納得がいっていないのは自分だ。
一度任された事件を放り出して別の現場に行くなど、到底納得のいくものでは無いが、それと同じくらいに、今から向かう現場がとても危険な場所であるということを考えると憂鬱でしかない。
いくら自分が五つのPSIを扱える稀有なサイキックだとしても、出来るだけ「ロキ」のような噂の持ち主とは繋がりを持ちたくないと思うのが本音だ。
『ルーカス、悪いがさっき言っていた「道」を探してほしい』
『何だか物騒なことになって来たから、正直俺アンタらと組むの嫌なんだけど』
『おい、裏切ったり逃げたりしたらどうなるか分かっているだろうな?』
『だから、何でそう脅すんだよ!』
『犯罪者になりたくなければ協力しろ。今後自分たちがどう動くことになるかはまだ分からないが、俺はこの事件から降りる気はない』
『…』
『今は時間が無いが、後から必ず連絡を入れる。タイミングを見てさっきお前が言っていた「道の痕跡」の正体を追う。だから、出来る所までで良いので探してくれ』
『…誰かが細工をしているなら、そう簡単に見つかるかどうかは分からないぜ?』
『構わない。少しの可能性でもかけてみるしかない状況だからな、今は』
『めんどくせぇなぁ…』
嫌そうな顔で不満を漏らすルーカスに苛立ちを覚えたものの、とにかく時間が無い。頭の整理をしたいが、とにかく直ぐにこの場を離れる必要がある。出会ったばかりでどれだけ信用できるかどうか、賭けでしかないが、今はルーカスに託すしか無かった。
『良いな?ルーカス。俺にはお前を不法侵入罪や公務執行妨害やらでまとめてしょっ引くことが出来る。それが嫌ならちゃんと仕事をしてくれよ?ただ、絶対に無理はするな』
『マジでめんどくせぇ奴に会っちまったな』
『こんな奴、今直ぐにでも捕まえちゃえば良いんだよ』
『ふざけんなッ!この陰湿野郎ッ!』
ルーカスがノアに食って掛かりそうになったので、「後は頼む!」と言い残し、ノアを引き寄せて、グレンはテレポーテーションでその場を去った。
夜。
二人はT-00地区にある警視庁の敷地内に存在する「特別治安執行局」へ戻っていた。休む間もなく、データ班から送られてきた資料に目を通す。
『なんで、どいつもこいつも成果ゼロなんだよッ!』
『…僕達だってそうでしょ?』
苛立つグレンにノアが呆れ顔で答える。
特治にはA班からE班まで五つの班があるが、その全てが今回の事件に携わっている訳では無い。世間には他にも異捜だけでは対応し切れないような凶悪犯罪や迷宮入り寸前の事件が山ほどある。
本来、一つの事件に対し一つの班しか繰り出せないため、失踪事件に関しても例外なく、A班のみの協力だった。ただ、特治の中でもトップのA班を出動させたということは、特治側もそれだけこの事件を大きく扱っているということだ。
『特治が動いてもこれだけ難航しているのに俺達を外すだなんて、上は一体何を考えているんだ』
『結局、訳分かんなかったもんね』
ルーカスと別れた二人がグレンのテレポートで向かった先はesだった。
異捜のトップの言葉を信じるなら、この場にロキがいるかも知れない。グレンとノアはこれまでに感じたことの無い緊張と、恐らく日頃はそうそう感じることはないであろう不安も抱えつつ、慎重に建物の中へと進んでいった。
確かに外から見ると、建物の裏手に近い場所が一部攻撃を受けていて壁が崩れ落ちている状況ではあった。それを調査している異捜の人間も数名目にした。
だが、中に入ってみれば、スタッフたちも幾分落ち着いていて、対応に当たっている者たちがバタバタと騒がしい以外は、自分たちが緊急で駆けつける必要があったのかどうか疑問に思うような光景だった。
既に駆け付けていた異捜の人間だけで充分に事足りているように見えたのだ。
それでも、何が起きているのか詳細を聞く必要があったため、責任者を探し、とある部屋に案内されて、そこでノアと二人、聞き取りを行った。
ロキどころか、誰に襲撃されたのかも分からない。
犯人らしき人物は一人も見当たらず、負傷者も盗難被害も確認されていないとのことだった。
建物を壊された時に内部側にあった設備等に一部破損が見られたものの、全体的にこれと言って大きな損害は無さそうな状況だった。
いや、esのセキュリティレベルを考えると、建物が一部壊されたというだけでも充分に大事件ではあるのだが、グレンとノアは「なぜ自分たちが急ぎでこの場へ向かわされたのか」…それがどうしても納得できないまま、やるべきことを済ませてesを後にしていた。
『マジで意味分かんねぇ。どう考えても、俺たちをあの場から外したかっただけのように思える』
『…意外と監視されてたりして』
『なんでッ!?』
『分かんないよ。でも、仮に僕たちの行動が筒抜けで、ルーカスと関りを持つことを誰かが嫌がったのなら、あの突然で不自然な命令にも納得がいく』
『…どう考えても、俺たちが行く必要は無かったもんな』




