#47 交わらぬ道
『あ~…ヤバいな、これ』
キリのない戦いに、グレンが小さく愚痴を零す。
負けてはいないが、勝機も見い出せない。
このままでは消耗するだけだ。
その上、自分に万が一のことがあれば、この脅威がそのまま三人を襲うことになる。
それだけは絶対に避けなければ――
『…ッ』
グレンの目が深紅に染まる。
――サイコキネシス
一点に集中してグレンが攻撃を仕掛けたのは、目の前に陣取っている実験体たちではなく、その上――かなりの広範囲にわたる壁や天井を、今いる地下四階だけでなく、一階まで届くほどの範囲にわたって一気に破壊し、崩れさせた。
『な…ッ』
シールド越しに状況を見つめていたヴェイルが思わず悲鳴を上げるほど、轟音を響かせながら、建物四階分の床が抜け落ちる。
しかも、余計な部分に影響が伸びないよう、指定した範囲だけをくり抜く様に崩壊させたのだ。
『…はッ…』
かなりのエネルギーと集中力を使ったため、消耗の激しいグレンがその場に膝をつき、息を切らす。だが、今の破壊で実験体たちの半数が倒壊の下敷きとなり、消えた。
『…さすがにしんどいな』
それでも、すぐに立ち上がらなければ、残りの実験体たちに一瞬でやられる。
『あと半分…』
今の攻撃で体力は相当に削られた。
一方で、何度攻撃しても一向に疲れる様子も見せないこの化け物たちを相手に、どう展開する…?
『ここで死ぬわけにはいかねぇしな…』
イチかバチか、残りのすべてのPSIを爆発的に放出すれば、もしかしたら残りを全て片付けることもできるかもしれない。
だが、「かもしれない」という曖昧なものに、あの三人の命を懸けるわけにはいかない。
――ルーカスに協力を仰ぐか?
…いや、今ルーカスをこちらへ来させれば、セキュリティシステムの全崩壊は難しくなる。…どうする…
『…苦戦中か。おもしろいな』
『ッ!?』
不意に背後から聞こえた声にグレンが慌てて振り向くと、シヴァが佇んでいた。
『…マジで気配がしないな、お前は』
『アダプテッド…か』
『アダプテッド?』
『アイツらのことだ。先ほど、実験体の隔離エリアを見た』
『…』
『ご丁寧に、「アダプテッド管理室」というプレートが貼られている部屋だ』
『…』
『アダプテッド(適応体)と名付けるには少々強引な気はするがな』
『…ふざけた名前だ』
適応体?
そもそも、その実験自体が異常であり、人としての尊厳を奪う行為ではないか。
望まない実験のなれの果てでしかない「被害者」に向かって、適応体だなど…
『胸くそが悪い』
『…ちなみに、潰れた奴らも含め、ここにいる人数と、俺が見た規模では人数がまるで合わない』
『は?』
『…これと同等、もしくは、上かもしれない「アダプテッド」が、まだ出て来るということだ』
『…さすがに、心が折れそうだな』
シヴァの言葉にグレンの表情がこわばる。
いくらなんでも、このレベルの実験体がまだまだ続いて出てくるとなれば、自分一人の力ではとても…
『…』
グレンは隣りに佇むシヴァを見る。
…コイツは、なぜここにいる?
今の自分にとってコイツは味方か?
それとも…
『…正直、俺にとっては初めての「苦戦」だ』
『…』
『世の中には自分より上の奴はたくさんいる…そう思ってはいたけど、実際に出会ったことがなかったからな』
『…』
『あと半数…コイツらを片付けるだけでも厳しいってのに、まだいるとか、マジでめんどくせぇ』
『…』
『…で?俺はかなり苦戦中だが、お前はコイツらを伸せるのかよ』
『…』
ここでやられるわけにはいかない。
あの三人がこの場から無事に脱出して、esの壊滅を見届けるまでは、絶対に。
そのために、目の前のサイキックの力が必要だ。
グレンは祈るような気持ちで、シヴァの反応を窺った。
『…苦戦、か』
シヴァが周囲を見渡す。
考えてみれば、なぜ実験体たちは攻撃を仕掛けてこないのだろう。
グレンがふと疑問に思ったのと同時に、シヴァがつぶやく。
『アダプテッドに至らなかった出来損ないたちに苦戦するとは、笑わせる』
『…ッ』
シヴァの言葉に実験体たちが動揺して後ずさるのを見たグレンが瞬時に気づく。
――あぁ、やはりこのサイキックは別格中の別格だと。
攻撃をしてこないのは、この実験体たちが明らかにシヴァに恐怖を抱いているからだ。
…人としての根本を失った分、研ぎ澄まされた本能が、無条件にこのサイキックを危険な存在だと認識している。
『…』
実験体たちが動かなかったのは、このサイキックから感じる強大なまでの圧に耐え切れなかったからなのだと、グレンは理解した。
『…お前なら簡単に倒してくれそうだな。…悪いが、頼めるか?』
『…請け負う義務はないが…』
そう返しながら、シヴァはあらためて実験体たちを見る。
…この変異は、元はノーマルではなく、サイキックに強引な実験を重ねた末の創造物であろう。
…ノーマルの尊厳などは到底ないが、こうして、生まれ持ったPSIの弱いサイキックに関しても、抵抗しきれずに捕まりこのような目に遭う。
『…』
自分はサイキックが大嫌いだが、ノーマルとさほど変わらない、弱い存在であるサイキックに関しては、同情も覚える。いっそ、力を持つサイキックが全滅すれば、少しはまともな世の中が生まれるのではないか。
――自分のような存在がいない世の中、それはどんなに…
『…それもまた、一興だな』
グレンの頼みに対してか、それとも、自身への皮肉か。
シヴァがぽつりとつぶやいた瞬間――
かざした手の先から、おぞましいほどに強大な圧と閃光が広がる。
目が眩んだその一瞬のうちに、目の前にいた実験体たちがすべて、姿を消していた。
『…』
グレンは驚きのあまり、言葉が出てこなかった。
恐怖にも似た緊張感で体も動かない。
このサイキックはいったい、どれほどの能力を秘めているというのか――
『…すごい…やはり素晴らしすぎるわ』
震える高揚した声にグレンが振り返ると、そこには、目を爛々と光らせたヴェイルが、自らシールドを解除し歩み寄って来る姿があった。
『…』
いったい何を考えているんだ?
グレンが唖然としていると、ヴェイルがお構いなしにシヴァへ歩み寄る。
『底知れないPSIとその美貌…』
『…』
『あなたを研究できたら、これ以上の幸せはないわ』
『…』
『これほどまでに美しい人間兵器が出来上がる…考えただけでどうにかなりそうよ』
『…』
『ロキ…esの誰もが成しえなかった偉業を、私が…』
『…馬鹿な女だ』
シヴァの言葉にグレンが「待てッ!」と叫ぶのと同時、ヴェイルが一瞬で消えた。
『…彼女は、esのやっていたことを証言させるつもりで確保のつもりだった』
『無駄だ。どうせすべてを消滅させる』
『…』
まるで、跡形もなく、すべてを無かったことにするかのような言い方にグレンが返事をできずにいると、シヴァがグレンを振り返り、告げる。
『…残りの実験体たちはついでに始末してやる』
『…』
『お前は残りのサイキックを片付け、あの三人を連れてここを出ることだ』
『…』
『地上の人間も、地下の連中も――どうするかはお前が決めろ』
『お前は!?』
『…』
『お前は…実験体を片付けたらどうする』
『…答える義理はない』
そう返して背中を向けたシヴァを、グレンが思わず呼び止める。
『シヴァ!』
『ッ…!?』
シヴァが驚いてグレンを見た。
グレンも、シヴァの動揺した顔を初めて目にし、同じように驚く。
『…なぜ、その名を知っている』
『え?あ…』
その瞬間、シヴァの目がダイヤモンドダストのように冷たく揺らめいた。
『…そんな大昔の実験データなど、見ても意味はない』
『あ、おい…』
『二度とその名で俺を呼ぶな』
そう言い残して、シヴァが目の前から姿を消す。
グレンは、言いたいことや聞きたいことが山ほどあるシヴァに対し、これが最後になるのでは…と、漠然とした不安を感じた。
シヴァの強さは先ほど実感したばかりではあるが、まだあと何体残っているか分からない実験体を、本当にシヴァ一人に任せてこの場を離れてもいいのだろうか。
グレンは色んな意味で、今シヴァを追わないと後悔するのではという思いに駆られたが、それ以上にあの三人が心配だったこと、そして、シヴァの言いぶりでは、おそらくesはそう長くは存在しない…すべてをシヴァが破壊してしまうだろう。
…その前に、一人でも多くの罪のない人たちを逃がすことに時間を使わなければと、瞬時に三人の元へ移動した。




