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Transmission  作者: 琉風
第三部「伝達」

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#40 見えざる干渉

『面白い結果が出たわね』


報告を受けたヴェイルが、興奮気味にアレンのいる実験室までやって来た。

その目はまるで、欲しかったおもちゃを与えられた幼子のように輝いている。

ただ一つ、本当の幼子と異なる部分があるとすれば、その輝きが純粋無垢なものではなく、未知を前にした探究心と、それへと躊躇なく踏み込む冷酷さが同居したものだった。


『さっきのデータ、もう一度見せて』


研究員がわずかに緊張した様子で端末を操作する。

空中に展開された波形データは、先ほどと同じく、不規則に歪んでいた。


『…ふふ』


ヴェイルの口元が、ゆっくりと緩む。


『これ、「出ている」んじゃないわね』


その一言に、研究員が顔を上げる。


『…と、言いますと?』

『普通なら、出力は上昇する。強い個体なら、より高く、より安定して』


指先で波形をなぞる。


『でもこれは違う。上がっていない。整ってもいない』


一瞬、視線が細められる。


『――壊してるのよ』


空気が、わずかに張り詰める。


『周囲の構造ごと、ね』

『そ、そんな…しかし、測定値は確かに上昇を…』

『見えている数値に引っ張られすぎね』


ヴェイルは軽く肩をすくめる。


『これは「出力」じゃない。「干渉」よ。それも、かなり質の悪いタイプの』


そのまま視線をアレンへと向ける。

まるで、解体前の構造物を観察するような目。


『ねぇ、あなた』


穏やかな声。

だが、その奥にあるものは明らかに異質だった。


『自覚はある?』

『…何の話?』

『さっきの反応よ』


一歩、距離を詰める。


『普通の人間なら、ああはならない』


アレンは黙って睨み返す。

その反応を見て、ヴェイルは小さく笑った。


『いいわ、その顔。自分でも分かってないのね』


そして、静かに告げる。


『安心して。すぐに分かるようになるわ』


わずかな間。


『…あなたが、どれだけ「特別」なのか』


その言葉に込められていたのは、賞賛ではない。

評価でもない。

ただ――「使えるかどうか」を見極める者の声音だった。





――その裏で、作戦は既に動き出していた。




闇に沈んだ制御区画。

無機質な空間の奥で、パネルの光だけが静かに脈打っている。


『…ここか』


ルーカスが低く呟く。


ノアの視線は、すでに壁の向こうへと向けられていた。

何もない空間の奥に広がる構造を、まるで見えているかのように捉えている。


『中、だいぶ組み替えられてるね』


微かに、違和感がある。前に見た時とは違う。

配置が変わっている。…回線の流れも、妙に綺麗すぎる。


『…やだな』


不意に、ノアが呟いた。


『前にお邪魔してデータ持って帰ったの、ちゃんと怒られてるみたいだ』


軽い口調。

だがその声の奥には、わずかな興味が混じっている。


『全体構造が組み直されてる。フェイクの層も増えてるし…侵入検知も強化済み』


単なる防壁じゃない。

侵入された前提で作り直された構造。過去の痕跡を踏まえた対策。

つまり――最初から、ノアを想定した防御。


『面倒だな』


ルーカスが肩を鳴らす。


『でも、壊せるだろ?』

『まぁね』


ノアが微かに笑う。

その瞬間。床に落ちた影が、ゆっくりと形を崩した。


――シャドウキネシス


影は壁面へと這い上がり、そのまま入り込む。

だが――

止まった。ほんの一瞬。


『…へぇ』


ノアの声が、わずかに変わる。


『表層だけじゃない。中の挙動も書き換えてる。侵入された瞬間に迷わせる構造か』


影が、わずかに揺らぐ。進もうとした先が、ズレる。

道が、存在しない。

いや――正しい道だけが隠されている。


『ちょっと意地悪だね』


軽く言う。

だがその瞬間、影が分裂した。一つではなく、複数。

異なる経路を同時に辿る。

正解を探すのではなく、すべての可能性を潰す。


『…見えた。奥だ』


短い声。それだけで充分だった。ルーカスの瞳が、金色に光る。

「バチッ」…小さな放電。だがその直後、電流が一気に走る。


――エレクトロキネシス


回線に乗るのではない。

ノアが開いた歪みへ、強引に流れ込む。


『乗った』


ルーカスが低く告げる。だがその瞬間、空間が軋んだ。

防壁が、起動する。――遅延はない。即応だった。


『来たな』


ルーカスが片方の口角を上げる。


『右は全部フェイク。触るな』


ノアの声が飛ぶ。迷いはない。

その指示に、ルーカスの電流が即座に反応する。

――分岐。回避。

正面突破ではなく、内側へと回り込む。

だが、防壁はそれすら読んでいる。新たな遮断が、重なる。


『…しつこいな』


ルーカスが舌打ちする。


『まぁ、前回やられてるからね』


ノアの声は変わらない。だがその瞬間。影が、急激に収束した。

一点へ。

――「核」へ。


『そこ』


短い指示。

同時に――ルーカスの電流が叩き込まれる。

轟音。だが、その音は外へは漏れない。


――フォノンキネシス


衝撃が、完全に閉じ込められる。

内部だけが、暴れる。光が乱れる。

信号が崩れる。制御が、軋む。

だが――まだ、落ちない。

防壁の再構築が始まる。

ノアの視界に、次々と新たなロックが立ち上がっていく。

ルーカスが舌打ちする。


『チッ…来るぞ』


その言葉とほぼ同時だった。


――空気が、変わる。

遠くで、何かが弾けた。一拍遅れて、重い衝撃音が響く。


『…始まったか』


ノアは振り返らない。だが、その声には確信があった。


『あぁ。問題ない』


短く返すルーカスの声も、迷いがない。

――次の瞬間。廊下の奥から、圧が押し寄せる。

サイキック特有の気配。複数。

しかも、統率されている。

だが…そのすべてが、途中で断ち切られる。

――閃光。視界の外で、光が走る。

続けて、何かが叩きつけられる鈍い音。


『…』


ノアの指は止まらない。だが、わずかに口元が緩む。


『相変わらず、派手だね』


返事はない。

ただ――さらに一段、圧が消える。

まるで、そこにあったはずの存在ごと、削り取られたかのように。

時間稼ぎではない。排除だ。ルーカスが小さく笑う。


『全部一人でやる気かよ、アイツは』


次の瞬間、空間が震えた。重力の向きが、一瞬だけ狂う。

続けて、複数の気配がまとめて弾き飛ばされる。

――壁が砕ける音。床を引きずる衝撃。


『…』


ノアが一瞬だけ目を細める。


『…問題なさそうだね』

『そりゃそうだろ』


ルーカスは視線を外さないまま答える。


『アイツが後ろにいる限り、こっちは好きにやれる』


――その言葉通りだった。どれだけ敵が流れ込もうと、どれだけ防衛が強化されようと、この場に到達する前に、すべてが止められている。

ただ一人の男によって。


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