#39 侵入者たち
『…無事に着いたみたいだな』
ノアが解析したルートを基に、グレンが二人を連れてテレポートした先は、ノアが「深層施設」と表現した隔離エリアだった。
無機質で音も匂いも何もしない、まるで「無の空間」のような場所。
――空気が、妙に整いすぎている。
グレンは一瞬だけ、T-15地区で感じたあの違和感を思い出した。
壁や天井など、周囲を全て、蟻一匹通さない異次元のシールドで囲われている。
…一度このエリアに連れ込まれてしまえば、抜け出すことはまず不可能だろう。
実際、このエリアは研究棟の地下四階に位置し、esの中でもごく僅か、限られた人間しかその存在を知らない危険なエリアだ。
『…入るには入れたが、このままではアレンを助けたところで外には出られないな』
『前回ロキに助けられた時と同じような空間…このエリア全体が異常な空間の歪みによって守られてる。…僕がまた解析した上でルートを確保するのは不可能ではないけど、多少は時間がかかるから、アレンを救出した後に…ってなると逃げきれなくなる可能性が高いね』
ノアの言葉にグレンが考え込む。ルーカスは「そん時はそん時だろ。とにかくアレンを助けようぜ」と苛立ち気味につぶやくが…
『ノア、いっそのこと、esの基幹システムを攻撃…ってのはどうだ?やれるか?』
『僕のことを誰だと思ってるの。不可能なんてないよ』
『おい、どういうことだよ』
二人のやり取りにルーカスが慌てて問いかける。
『このままでは各エリアに張られているシールドがいちいちネックになる』
『…』
『それならいっそ、esのシステムすべてを破壊して、セキュリティ自体を働かなくさせればいい』
『何言って…そんなことしたら一瞬でバレて囲まれちまうぞ?…っていうか、できねぇだろそんなマネ』
『失礼だな。不可能はないって言ったろ?』
驚くルーカスにノアが不満そうな表情を浮かべる。
だが、続けて…
『まぁ、癪だけど、お前が協力してくれればより精度は上がるかもね』
『俺?』
『あぁ。さすがにesのシステムすべてを…ってなればかなり時間がかかるし難易度も高い。システムダウンをさせる前に見つかってしまったらかなり危険だ』
『…』
『でも、お前の索敵能力や電撃系の攻撃のPSIは、システムの破壊には打ってつけだ』
『…』
『まぁ、僕がナビするから、サポートと攻撃を頼むよ』
『…何を偉そうに…』
ノアの言葉に不服そうなルーカスに、グレンが問いかける。
『どうだ?ルーカス。ノアのナビでシステムを攻撃し、破壊することができるか?』
『…できるか?じゃなくて、やるしかないんだろ?』
『分かっているならいい。万が一、途中で邪魔が入るようなら俺がすべて始末する。二人はシステムへの侵入と攻撃に全神経を集中してくれ』
『了解』
『すべてをぶっ壊して、esん中、どこでも入り放題にしてやるよ』
――地下四階、別室。
白い光が、やけに目に刺さる。
アレンは小さく息を吐いた。
何度目かも分からない検査が終わり、短い間隔を挟んで、また次の工程へと移される。採血、バイタルスキャン、意味の分からない質問、光と音に対する反応確認――
どれも大した負担はない。痛みも、苦しさもない。
だが、それが逆に不気味さを感じさせた。
『…次だ』
感情のない声に促され、アレンはゆっくりと顔を上げる。
案内された先も、同じように無機質な部屋だった。
壁も床も白で統一され、境界が曖昧になるほど均一な空間。
中央に置かれたイスに座らされると、研究員が手元のケースを開く。
中に収められていたのは、小さな結晶のようなものだった。
――淡く光を放っている。
『これは、何?』
アレンが問う。
『適性確認だ』
抑揚のない説明。
『これに触れてくれ』
『…それで終わり?』
『ああ。すぐに終わる』
一切の迷いもなく返される言葉。
だが、その視線にはわずかな期待のようなものが混じっていた。
――嫌な感じがする。アレンは一瞬だけ手を止める。だが、ここで拒んだところで意味はない。それはもう、ここに連れて来られた時点で理解していた。
ゆっくりと、指先を伸ばす。
そして、触れた瞬間――
――ピシッ。
空気が、微かに軋んだ。
『…?』
結晶の光が揺れる。ただの明滅ではない。
輪郭そのものが歪み、内部から何かが押し返されているような挙動。
モニターの数値が一斉に跳ね上がる。
『…待て』
研究員の声が、わずかに変わる。
『反応値、急上昇…いや、これは…』
波形が乱れる。
――上昇ではない。崩壊に近い。
規則的だったラインが崩れ、異質なパターンを描く。
『…何だ、この波形は』
アレンが眉をひそめる。
『何を測ってるの?』
その問いに、答えは返らない。
研究員は画面を見たまま、言葉を失っている。
――数秒。アレンが手を離した瞬間、結晶の光は元に戻った。
何事もなかったかのように、静かに。
『…終了だ』
短く告げられる。
だがその声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
『次へ進む』
研究員はすぐに背を向ける。
その仕草は平静を装っていたが、わずかに早い。
アレンはその背中を睨む。
『…何だったの?今のは』
返答はない。ただ一つ分かるのは――
自分が、さっきまでとは「違うもの」として扱われ始めたということだけだった。
『…』
そしてその結果は、即座に上位権限へと送られる。




