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Transmission  作者: 琉風
第三部「伝達」

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#36 倫理の適用外

『俺は納得いかねぇ!何ですぐに助けに行かないんだよッ!』

『俺だって行きたいさ。だが、状況を何も把握していない状態で乗り込むのは確かにリスクが大きすぎる』

『三人いれば問題ないッ!こうしている間にもアレンが何かされちまったらどうするんだよッ!』


家の中へと戻り、最初は感情が抑えきれない状態になっていたグレンを、両親が必死に説得した。

「助けに行くなとは言っていない。むしろ、必ず助けてほしい。だが、行くなら確実に皆で無事に戻って来られる方法を考えてからにしてくれ」と言われ、今すぐ、自分一人ででもテレポートしたい衝動を抑えて、この場に留まっている。

ルーカスの気持ちも痛いほど理解できるし、さっきからずっと、青い顔をして黙り込んでいるノアが、いったいどれほどアレンの身を案じているかも、グレンには手に取るように分かっていた。


『ルーカス、お前の気持ちも分かるが、まず、アレンがどこに連れ去られたのか、

場所が分からない限り、助けようがない』

『そんなのesの地下実験施設に決まってるだろッ!』

『その施設が広いことはお前がよく知っているだろう。ただの施設じゃない。esだぞ?無鉄砲に乗り込んだら、アレンのいる場所を探している間に向こうが何を仕掛けてくるか分からない』

『…』

『乗り込む時は、一瞬でアレンを連れ戻さないとダメだ』

『…』


グレンの言葉にルーカスが黙る。


『アレンが連れ去られたのは、ルーカスが見たっていうあの「ワープの道具」だろ?さっきの女性の話からも、その可能性が高い』

『…』

『ワープの仕組みを使われている以上、物理的な追跡は無理だ。どこに飛ばされたかも分からない』

『なら、逆に考えればいい』


グレンの言葉にノアが静かに答える。


『「どこにいるか」じゃなくて、 「どこに記録されているか」を辿る』

『…どういうことだ?』


ルーカスが眉をひそめる。


『esのシステムに侵入する。監視記録、実験ログ、搬送履歴――どこかに必ず痕跡が残っているはずだ』

『そんな簡単に入れるのか?』

『簡単じゃない。でも、やる価値はある』


ノアの目は既に決まっていた。


『アレンが「実験対象」として扱われているならなおさらだ。あいつらは、絶対に記録を残す』


ノアの言葉にグレンが短く息を吐いた。


『分かった。やってくれ。その代わり、絶対に情報を掴んでくれ』

『了解』




数分後――

ノアの視界に、無数の情報層が展開される。

ホログラフィックに広がるデータの海。

暗号化された層、分断されたログ、幾重にも重ねられたセキュリティ。


『…なるほどね』


ノアが軽く息を吐く。


『入口は三重。外側はフェイク。中に本体があるタイプだ』


指先がわずかに動く。

――侵入。

一層目の防壁が、静かに崩れる。


『早いな』

『これは「見せるための壁」だよ。本番はここからだ』


二層目。

警告もなく、ただ「拒絶」だけが存在する領域。


『…』


一瞬、ノアの動きが止まる。


『どうした?』

『いや…ちょっと面白い』


ノアの口元がわずかに歪む。


『「入ること」自体を想定してない作りだ。侵入される前提じゃない。だから逆に、

 侵入されると脆い。…過信が過ぎたね』


――突破。データが一気に流れ込む。


『…来た』


画面が切り替わる。

無数の監視映像。実験対象リスト。搬送ログ。


『アレンを探す』


ノアの視線が走る。


『名前、年齢、特徴…該当するものを絞る』


データが高速で絞り込まれていく。


『…ッ』


一つ、引っかかる。


『被験体番号…該当一致率68%』

『68?低くないか?』

『データが削られてるね。意図的に』


ノアの表情が変わる。


『これ、隠されてる』


さらに奥へと潜る。


『…ここから先は、別階層だ』


通常のアクセスログではない。

存在そのものが「伏せられている」領域。


『…開けるぞ』


――侵入。

瞬間、視界が乱れる。


『ッ…!』

『ノア!?』

『大丈夫…ちょっと、クセが強いだけ』


呼吸を整え、再び集中する。


『…これは、普通のデータじゃない』


データが「歪んでいる」。

ログの欠損ではない。

そもそもが、「認識させない」構造。


『…なるほど』


ノアが静かに呟く。


『見せたくないんだ。これだけは』


さらに奥へ。

ノイズの中に、断片が浮かぶ。


――――――――――――――――――――――――

■ 被験体記録 No.1247

種別:ノーマル(成人男性)

・PSI移植試験:失敗

・神経接続率:12%

・結果:脳機能停止

備考:初期段階での拒絶反応が顕著。

   精神崩壊を伴うため、継続利用不可。

――――――――――――――――――――――――


『…』


次の断片。


――――――――――――――――――――――――

■ 被験体記録 No.1312

種別:ノーマル(少女)

・感知系PSI移植:部分成功

・副作用:感覚過敏/常時恐慌状態

・結果:暴走→自己損傷により死亡

備考:適応率は高かったが、精神耐久が不足。

   長期維持は不可能と判断。

――――――――――――――――――――――――


『…ッ』


ルーカスが顔をしかめる。


『なんだよこれ…』


ノアは答えない。

ただ、さらに深く潜る。


――――――――――――――――――――――――

■ 被験体記録 No.1503

種別:サイキック(中出力)

・出力増強試験:成功(短時間)

・副作用:神経焼損

結果:連続使用不可

   3回目の発動後、全身機能停止

備考:兵器運用には不適格。

   単発使用の使い捨てとしては有効。

――――――――――――――――――――――――


『…使い捨て、かよ』


グレンの声が低く落ちる。


――――――――――――――――――――――――

■ 被験体記録 No.1638

種別:ノーマル(兄妹)

・融合試験(空間転移媒体)

・結果:部分成功

状態:

・意識不明(両個体)

・神経共有状態

・空間歪曲反応:安定

備考:

個体単体では容量不足のため、複数個体での融合を実施。

血縁関係において適合率上昇を確認。

――――――――――――――――――――――――


『…おい…』


ルーカスの声が明らかに変わる。


『これって…』


ノアは答えない。

ただ、次のログを開く。


――――――――――――――――――――――――

■ 被験体記録 No.1701

種別:ノーマル(複数)

・空間転移コア生成試験

・成功個体:3

状態:

・外見:人型維持不可

・機能:転移経路形成

・副作用:常時空間歪曲

備考:

通過装置としての運用に成功。

意識の有無は確認不可。

――――――――――――――――――――――――


『…これが、「ワープの道具」か』

『人を、通すための』


グレンの拳が、ゆっくりと握られる。


――――――――――――――――――――――――

■ 総括ログ(抜粋)

・ノーマルは素材として最適

・精神崩壊は想定内

・サイキックは不安定要素が多い

・融合による安定化が有効

――――――――――――――――――――――――

■ 評価

人間としての機能は不要。

目的達成に必要な機能のみ残存すればよい。

倫理制限:適用外

――――――――――――――――――――――――


『…』


誰も、目の前にあるデータの存在を

信じることができなかった。

なぜ、このような所業を、人が人に対してできるのだろう。


『…早く救出しないと、こんなことが…アレンの身にも起きる』

『…』

『…やっぱり、考えているヒマはないんじゃねぇか?今すぐにでも…』

『ルーカス、気持ちは分かるが抑えろ。失敗はできないんだ。絶対に』

『…ッ』


グレンの言葉にルーカスが舌打ちする。


『ノア、そのデータ全部、コピーしておいてくれ。証拠として出すぞ』

『もちろん、既にコピー済みだよ。…それと…』


淡々とデータを追い続けているノアが、ふいにつぶやいた。


『…一番ヤバそうなデータがまだ残ってるね』

『え?』


その言葉に二人が視線を送る。

ホログラムを見つめながら、グレンが疑問を口にした。


『…その、「リスクコード:S」って、何だ?』

『さぁ、何だろうね。でもこれ、多分esの人間でも開けない…っていうか、存在すら知らない階層に保管されてる。それだけ、特別なデータってことだろうね』

『…開けるか?』

『三十秒ちょうだい』


ノアの目がまるで、データのカギを開けるかのように小刻みに揺れて、ひと際強くオレンジ色に光る。


『開けるよ』


ノアの言葉と共に、「リスクコード:S」と表示されたデータが開かれる。

ファイルに写っていた顔写真は、就学前の幼い男の子のものだったが、その特徴的な髪色と瞳の色には見覚えがあった。


――名前を見ると「シヴァ・フォレスト」と表記されている。


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