#34 終わらせるべきもの
一方、T-15地区。立ち入り禁止区域内。
『…相変わらず、ホンッとにやべぇな。ここ』
『確かに、薄気味の悪いオーラが漂ってるな』
例の場所に降り立ち、ルーカスが周辺や地下に向けて索敵を行う。
『とりあえず、今のところはいないぞ』
『それなら、地下に入るとするか。…本当に大丈夫だろうな?』
『ロキが特別なPSIを使ったようには見えなかった。多分、敵に見つからずにテレポーテーションが使えれば問題はないと思うぜ?』
ルーカスの言葉に、グレンが「それなら…」とつぶやいて、三人まとめて地下へと移動する。
『…すごいな。本当にお前が言っていたように、真っ直ぐな道じゃないか』
『俺のPSIを舐めんなよ?…と言ってもまぁ、シールドだったのか何なのか分かんねぇが、視界がぼやけて、ここまでクリアに予測できていた訳じゃなかったけどな』
話す声が反響するほど、無機質で冷たい感じのする、延々と伸びた狭く長い道。三人で暫く歩くと、ルーカスが「…ここだ」と、あるドアの前で止まる。
『…なんだこれは』
『お前らも分かる?』
『分かるも何も…』
グレンとノアが、眉をひそめてドアを見つめる。
おそらく、ドアの先にある存在を既に感じ取っているのだろう。
『…覚悟しろよ?俺は最初に見た時、耐え切れなかったからな』
『何をだ?』
ノアの質問にルーカスがして見せたジェスチャーに、二人が嫌そうな顔をする。
『…それなら、開けるぞ』
『…』
『…これは…』
部屋の半分ほどを占める「ソレ」は、天井から壁からすべてに貼り付いて、光のない目を揺らし、人が通れるほどに大きな口を苦し気に開いたまま、生きているとも否とも言えず、ただそこにあった。
全身に走る管。露出した神経。無理やり引き伸ばされた四肢。
そのどれもが歪で痛々しい。そして――空間が、歪んでいる。
「ソレ」を中心に、空間がわずかに捻じ曲がっていた。
『…』
言葉が、出ない。
一見、生きているのか、死んでいるのかも分からない。
だが――わずかに動く。指先が、痙攣する。
『…ごめん、僕ちょっとダメかも…』
ノアが真っ青な顔で目を背ける。
グレンも同じようなものだったが、それでも、目を逸らせることなく、ルーカスに問いかけた。
『…これが、人間だって?』
『…あぁ。esのサイキックの話では、もとはノーマルらしいな』
『…』
いったい、esがやろうとしていることは何なのか。
サイキックだとかノーマルだとか言う前に、人として、なぜこんなことができる?
『…これが、「ワープの出来る道具」ってことか?』
『多分な。俺が思うに、一度に大人数を連れてテレポートするなんてできないだろ?グレンでも同時移動は数名程度…だとしたら、並のサイキックには不可能だ』
『…』
『でも、コイツを使えば、もしかしたら一気に大人数が目的地まで通過できるんじゃねぇかなって』
『…』
『だから、T-15地区で攫ってきたノーマルを一度ここに集めて、一気に移動してるんじゃねぇかなって思う』
『なるほどな…確かに、あり得る話だ』
ノーマルを人体実験に使い、こんな…生き物とは言えないような形にされて、道具として生かされる。
――もし…もし、アレンが捕まって、こんな目に遭うとしたら…
『…』
『グレン?』
グレンは「ソレ」を見つめる。
――かつて人だったもの。
そして、自分の意思とは無関係に、人ならざるものにされた。
こんなもの…いくら証拠が欲しいとはいえ、映像データに残せるはずがない。
『…』
これはもう、戻れない。――それならば…
『…悪いな』
誰に向けたものかも分からない言葉を、静かに落とす。
ゆっくりと、右手を上げる。
その瞬間――空気が、変わった。
『…』
『グレン、何する気…』
見えない「圧」が、空間全体に広がっていく。
床が軋む。壁の金属が、わずかに歪む。
――サイコキネシス。
だがそれは、単なる力ではない。
この空間そのものを掌握するような、圧倒的な「支配」――
『…ここで、終わらせる』
次の瞬間、グレンの指先がわずかに動いた。
――轟音。
部屋全体が、一斉に押し潰される。
壁が内側へと歪み、天井が落ち、床が隆起する。
機械が悲鳴のような音を上げて弾け飛ぶ。
中心にあった「ソレ」を包み込むように、すべてが収束する。
逃げ場はない。逃がすつもりもない。
一瞬だった。だが、その一瞬の中で、すべてが終わる。
『…』
崩壊が止まる。
残ったのは、原形を留めない瓦礫だけだった。
音もない。
動くものもない。
『…』
それが救いだったのかどうか、答えは分からない。
だが――あのまま生かされ続けるよりは、確実にマシだ。
『おいッ!お前何してんだよッ!』
『…あれは生かしておいてはダメだ』
『分かるけどッ!いきなりやるなよ死ぬかと思っただろッ!?』
ルーカスが騒ぐ横で、ノアはまだ青い顔をしていた。
『ノア?大丈夫か?』
『…あぁ、大丈夫』
『こんな派手なことしてくれたらすぐにでもesの奴らが来るだろうがッ!』
『来ればいい。全員返り討ちにしてやる』
『…へぇ、それはまぁ、楽しそうだけどな』
グレンの言葉にルーカスの目が光る。
ノアにもその覚悟はあるようだった。
だが――
『ッ!?』
同時に三人が弾かれたように異変に気付く。
『…アレン?』
ルーカスの「早く飛べッ!!」の言葉に我に返ったグレンが、一瞬で三人をその場から移動させた。




