#33 言えなかった秘密
『…』
アレンは朝食後、リビングで両親と時間を過ごしていたが、グレンが父親に話をしに来る頃には、母親もアレンもそれぞれ自室へと戻っていた。
ソファに腰を掛け、朝、ポストに入っていた手紙をポケットからそっと取り出し、眺める。
『…気になるな』
誰が何の目的でポストに入れたのか。
イタズラの可能性が高い気はするが、「助けて」の文字が、アレンの心を苦しくさせていた。
――もし本当に、藁にも縋る思いで発した一言だったとしたら、それをイタズラのひと言で片付けてしまって救わないだなんて、そんな酷いことはない。
そうなるくらいなら、助けようと必死になって、その結果イタズラだったと笑われる方が何倍もいい。
『…』
アレンは、部屋の窓から庭先を見つめる。
周囲にも視線を配るが、通行人は多少いるものの、怪しげな人物や訳ありそうな人物は見当たらない。
『兄さんに相談してみようかな…』
アレンは悩んでいたが、自分一人で行動していいものかどうかも分からなかったため、とりあえずグレンに相談しようかとソファから腰を上げかけた。
それと同時に――
――コンコンッ♪
『アレン、今ちょっといいか?』
『え?あ、はい。大丈夫』
ドアの外からグレンの声が聞こえ、アレンは咄嗟にその手紙を再びポケットにしまってしまう。
『…どうしたの?』
『いや、さっき父さんにも話したんだけど…』
聞けば、今夜、ノアとルーカスの三人でT-15地区まで行く必要があるとのこと。
『…危険ではないの?』
『まぁ、何事もないとは言い切れないけど、それでも、行くべきだと判断したからな』
『…そう』
『心配するな。ノアにもルーカスにも絶対にケガなんかさせないよ』
『それは兄さんもでしょ?三人とも無事に戻らないとダメだよ。絶対に』
『…あぁ、分かってる』
グレンの話を聞いて、アレンは、手紙のことは今は相談できないと思い直した。
危険を承知で仕事のため…というより、正義のために動いている兄たちに、イタズラかもしれない手紙のことなどで煩わせてしまうのは迷惑になると考えたのだ。
『父さんのシールドがある限り問題ないとは思うが、何かあればすぐに呼べよ?』
『うん。ありがとう』
手紙のことは明日三人に話せばいい。
今は、兄たちが無事に家に戻ってくることを祈る方が先だ。
アレンは、そのままこの手紙のことを誰にも言わずに、一日を過ごすことになる。
そして、その日の夜――
『それじゃあ、行って来る』
『三人とも気を付けて』
『二人とも、アレンをよろしく』
グレンが両親にそう告げると、ノアとルーカスがアレンに「行って来る」と声を掛け、見送る三人の目の前で姿を消した。
『…大丈夫かな』
『あの三人なら問題無いよ。あまり心配し過ぎず、今夜は早く休みなさい』
『…うん』
アレンは自室に上がり、三度手紙を広げる。
『…』
…T-01地区に住む人間は、経済的にも恵まれ、人格者も多い印象ではあるが、何よりも大前提であるのは「サイキックの家系である」ということ。
しかも、サイキックの中でもあらゆる面で上位に属する人間しか住めない最上層のエリアだ。
自分のようにノーマルが混ざることは特別異質なものではなく、稀に起こり得ることではあるが、エリートサイキックの集まりのエリアであるがゆえに、ノーマルに対する差別意識を持つ者も決して少なくはない。
自分が表立って何も言われずに育ってこられたのは、兄がサイキックとして桁外れだったこと、そして、両親の職業や人格によるものが大きいとアレンは理解していた。
自分なんて、環境次第ではどうなっていたか分からないような、ちっぽけな存在なのだ。
『…』
それでも幸い、自分は家族や親族に守られて、何不自由のない生活をさせてもらい、何かを言われて酷く傷つくような目に遭うこともなく、のびのびと生きてこられた。
それに対しては心から感謝をしているが、その反面、同じノーマルなのに、自分とは正反対に辛い思いをして暮らしている人たちがたくさんいるという事実に胸を痛めることは、これまでに多々あった。
『…』
もし、そういった辛い思いをしている一人のノーマルからのSOSだとしたら…?
自分は交友関係が極端に狭い人間だが、かと言って、どこで誰が自分を知っているかなんて意外と分からないものだ。
必死の思いで自分を探し、ここまでたどり着いて助けを求めているのかも知れない。
そうだった場合、無視するなんてことは…
『…』
…いや、今は考えるのはやめよう。
明日の朝、もしまた新たに手紙が入っていたとしたら、その時は三人に相談すればいい。今はまず、三人が無事にこの家に戻ってくることだけを考えるべきだ。
アレンはそう自分に言い聞かせ、ベッドへと入った。




