#31 超えてはならない線
『平和だなぁ』
『そうだね』
『でもまぁ…死ぬほどヒマだけどな』
グレンとノアの二人が作業に集中している間、ルーカスはアレンと二人、特にすることもなく、部屋で寛いでいた。
リビングにはアレンの両親が過ごしているので何となく居づらい。
…アレンの母親は、自分たちが世話になり始めた日こそ仕事に行っていたが、状況を考えるとあまり家からは出ない方がいいだろうということになり、翌日からは休みを取って家で過ごしている。
とても気さくで優しい両親だが、ルーカスはあまりアットホームな雰囲気には慣れていなかったため、何となく、リビングを避けていた。
それに気づいたアレンが、ルーカスに合わせて自室で一緒に過ごすようになったのだ。
――もちろん、アレンは、ルーカスが苦手意識を持っているというより、ただ単に、自分の両親に気を遣ってくれていると思ってのことだったが…
『…お前、せっかく久しぶりに親に会えたんだろ?下に行って来いよ』
『別に大丈夫だよ。そんなに久しぶりでもないし、電話はよくしてるしね』
『…仲、いいんだな』
『そうだね。家族四人、わりと仲はいい方だと思う。でも俺の場合、ノーマルだっていうことで、あとの三人が心配性なだけっていう部分もあるけどね』
『…鬱陶しいと思うことはねぇの?』
『それはないかな。でも、何となく、申し訳なく思うことはあるけど』
『申し訳ない?…なんで?』
『うーん…何て言うのかな、やっぱり、俺がサイキックに生まれて来ていれば、余計な心配をする必要もなかったし、考えることややるべきことも今より少なかっただろうなって思うからさ』
『…』
そう言って寂しそうな表情をするアレンを見て、ルーカスにはその辛さが正直あまり理解できずにいた。
生まれながらのサイキック、しかも、かなりハイレベルのサイキックであるルーカスにとっては、ノーマルであるアレンの気持ちが分かるはずもない。
だが…
『グレンもお前の両親も、お前の心配をすることを「余計なこと」だなんて思ってねぇだろ』
『え?』
『俺はサイキックだから、ノーマルであるお前の気持ちはよく分かんねぇけど、別に、どっちに生まれてきたかの違いなだけだろ?』
『…』
『お前の家族がお前の心配をすんのは、お前がノーマルだからじゃなくて、お前が自分の子どもだったり弟だったりするからなだけじゃねぇの?』
『…』
まぁ、俺はその親にすらなんの心配もされなかったけど…と、ルーカスが内心で自虐気味につぶやいていると、アレンが嬉しそうな顔でルーカスを見つめている。
『…な、なんだよ』
『…ううん。なんか、ルーカスって優しいよね』
『は?何言ってんだ?』
『きっと、ルーカスも温かい家庭で育ったんじゃない?』
『…』
『優しいだけじゃなく、ポジティブなところもいいなって思うよ。俺も見習わなきゃね』
『…なんか、バカにされてるような気がするんだけど』
『なんで!?そんなつもりじゃないよ!』
『どうだかな』
必死に「そうじゃない」と言い訳をするアレンに笑ったルーカスだったが、自分のことを「優しい」と思う人間がいるなんて意外だった。「ポジティブ」だと言われることは、ないこともない。言葉はかなり変わるが、「考えなし」や「無謀」「強メンタル」など、皮肉っぽく言われることはあり、それも「ポジティブ」の一つだと捉えている。
それすら、前向きにとらえている時点で自分は確かにポジティブなのだろう。
だが…
『そんなことを言われたのは初めてだったから、驚いただけだ』
『え?優しいってこと?言われたことないの?』
『お前さ、いったい俺のどこを見て「優しい」なんて言葉が出て来るんだよ』
『え…見るからに優しそうだけど…』
『…』
アレンの言葉に一瞬言葉を失ったルーカスが、次の瞬間顔も耳も、首まで真っ赤にする。
『バッ…バカじゃねぇの?どこに目ぇつけてんだよ。ありえねぇ!』
『なんでだよ。ルーカスは優しいしポジティブだし、照れ屋でもあるよね』
『あーうるせぇ!もう知らね。俺ちょっとグレンたちのとこに行って来るわ!』
『はいはい、行ってらっしゃい』
クスクスと笑うアレンを背に、ルーカスはそのまま部屋を出る。
本当ならこのまま外へ出て行きたいくらいに気恥ずかしい思いでいっぱいだったが、esに気づかれるタイミングを少しでも遅らせるため、アレンだけでなくこの家の人間は誰も、父親が張ったシールドの外へ一歩も出ない生活が続いていた。
『…体がなまっちまう』
とりわけ、同じ場所にジッとしていられないタイプのルーカスにとって、連日家の中にこもりきりの生活は相当なストレスになっていた。
この家は決して狭くはない。部屋数は多くはないが、一部屋ごとの広さがそれなりにあって、庭も、かなり本格的な家庭菜園が作れるほどには広さがある。
父親が張ったシールドは家の敷地内に及んでいるため、庭になら出ることも可能だ。だが、ルーカスとしては思いきり飛び回りたい衝動を抑えるのに必死で、これ以上の潜伏は限界だろうと自分で思っている。
『…よぉ、どうだ?そろそろやれそう?』
ルーカスは、グレンとノアが作業をしている部屋へと入る。
二人は、今さらルーカスに対して警察の情報を隠す必要もないと、この場にいることを許してくれているのだが、ルーカスとしてはあまり面倒な作業は嫌いで、経緯や理屈はあまり気にしない性格だ。
結果的に「こいつらは悪い奴だ、やっつけよう」だけが理解できればいいと考えていたため、二人が証拠集めに必死になっている間は、アレンと過ごすことで気分転換を行っていた。
『警察でesと繋がっている部署や人物に関して、上にあげる報告書の作成はほぼできた』
『上って、警察の?信用できんのか?』
『…正直、分からない。だが、警察と国の中間にいるような存在の機関だから、腐っていないことに賭けるしかない』
『で?その賭けに負けた時はどうするんだ?』
『…世間を味方につけるしかないだろうな』
『晒すのか。だとしても、民衆の大半はサイキックだぜ?正義を貫く側も、悪に乗っかる側も、便乗されたら相当な騒ぎになりそうだと思うけどな』
『…そうだな』
『ノーマルにとっちゃ希望の星になるだろうけど…いや、ノーマルなら誰でも狙われる可能性があると知れば、むしろパニックになるんじゃねぇの?』
『…』
ルーカスが言っていることは、グレンとノアも充分に理解している。
本来なら、極秘で片付けることができれば、それが一番いい。
『警察内の問題だけなら、秘密裏に片付けられればそれに越したことはないんだが、esのやっていることは、この国に暮らす人間の全員に関わる大問題だとも思ってる』
『…』
『ノーマルへの差別、これが最も大きいが、esはサイキックのことも見下し、差別し、自分たちのいいように扱う「物」としか見ていない』
『…』
『でも、世間ではesは「人を助ける組織」として見られている。医療や化学で人々を救い、警察とも連携して悪を正す、正義の味方のような組織だと思われているんだよ』
『…それはまぁ、確かに。俺もそう思ってたしな』
『その認識を変えさせるためにも、世間に向けて知らしめることは選択肢の一つとして持っていてもいいと思ってる』
『…なるほどね』
できれば、esのやっていることの証拠までそろえて統括監理局に報告書を上げたかったが、上手くいくかどうか分からない上、統括監理局を信用できるかどうかも怪しい状況では、とりあえず、自分たちの身が安全なうちに、出せるものは然るべき場所に
出しておこうと、グレンは、統括監理局まで出向く覚悟を決めた。




