#28 静かに汚された正義
ノアの言葉にグレンが黙り込み、ルーカスが軽く舌打ちする。
――覚悟はしていた。
だが、自分たちの部署だけは大丈夫だと、心のどこかで線引きをしていた。
…その根拠が何なのかも分からないまま、ただ、正義は、どの警察官にも等しく当然にあるものだと信じて疑わなかったのだ。
『カメラ映像は監視管制室だけで好きなようにできるわけじゃない。各部署のトップにも権限は与えられてる』
『でもさすがに、勝手に消去とかは無理だろ?』
『まぁね…でも、それを可能にする「何か」が起きているはず』
『…お前らの局長って、どんなPSIを持ってるんだ?』
『…』
ルーカスの問いにグレンとノアは顔を見合わせる。
『…確か、攻撃系のPSIは持っていなかったと思うが…。ノア、ちょっと調べてみてくれ』
『了解』
いちいち、全職員がそれぞれに持つPSIなど記憶できるわけではない。例えばフロストなど直属の上司や、同じ班の同僚であれば、むしろ知っておく方が仕事に活かせる場合も多いが、他部署の人間やあまり接点のない上層部の人間などは、誰がどんなPSIを持っているかなど、さほど気にしないものだ。
『調べるって、何を?』
『一応、警察の人間なら、全職員に関するデータの閲覧ができるようになっている』
『個人情報も何もあったもんじゃねぇな』
『名前と所属部署、そして、扱えるPSIの種類だけだよ。誰がどんなPSIを扱えるか分かる方が、捜査に協力し合う時に便利だからな』
『…なるほどね』
とは言え、その閲覧はあくまでも警察署内にいる時だけに限られる。だが、ノアの手に掛かれば、どこにいようが簡単にアクセスできてしまう。
『…サイキックにとって犯罪なんてものは、やろうと思えば簡単にやれるものなんだって、しみじみ思うよ』
ノアの言葉に、グレンも内心複雑な思いを抱えていた。
自分も常日頃から思っていることだ。
境界線を越えるか否かは、その者の倫理にかかっている。
サイキックがその気になれば、国を抑えることも、世界を悪い意味で変えることも容易い。今この世界がそうなっていないのは、大半のサイキックの中にゆるぎない正義や常識、秩序が存在するからだとグレンは思う。
『ブラックウッド…持っているPSIは四つ』
『四つ?グレンよりPSIが少なくても上に上がれんのか?』
『PSIの数だけが上に立つ条件ではないからな』
…と言っても、結局のところトップどころか、警察にいていい類の人間ではなかったということになるが…
『メモリー・エディット(記憶改竄)、コグニティブ・バイアス(認識誘導)、サイレンス・コマンド(情報封鎖)、インテンション・マスキング(意図隠蔽)…なんだか、悪さをしやすそうなPSIばかりだなぁ…』
ノアの言葉にグレンとルーカスの二人も頷く。
ブラックウッドの持つPSIは、いずれも「記憶」や「認識」、そして「情報」に干渉するものだ。事実を歪め、認識を誘導し、存在そのものを覆い隠す。
直接的な破壊力はない。
――だが、状況そのものを支配するという点において、これ以上になく厄介な能力だった。
『今まで局長レベルの人間が持つPSIになんて特に興味を持ったことがなかったけど、今のを聞く限り、捜査の状況だろうが何だろうが、自分の好きなように書き換えることも可能なPSIに思えるな』
『…実際に書き換えている可能性は高いかもね。昨日の監視カメラの件も間違いなくコイツでしょ』
そう考えると、失踪者事件に関する報告が、ブラックウッドの所でいいように書き換えられている可能性や、esに筒抜けだった可能性も高い。
基本的に特治は半独立機関のようなもので、通常は局長の独断で組織を動かすことが可能だ。
だが、それだけだと万が一、特治内で不正などが行われた場合の監視役が存在しないことになる。それを避ける意味もあって、「統括監理局」という、特治を含む、各治安機関の活動を監督・管理する上位機関が存在する。
現場への直接介入は行わないが、主に報告の受理と統制判断を担っている。
――その「統括監理局」への報告も、もしかしたら行っていないのではないか。
『なんでもっと早く気づかなかったんだろう。疑えば疑うほど、あいつ真っ黒っぽくない?』
『確かにそうだな』
『この事実を報告すれば動いてくれる部署って、警察内にないのかよ』
ルーカスの言葉にグレンが悩む。
信頼できると思っていたフロストに裏切られた以上、グレンにとって警察の人間は、もはや誰も信じられない。
『これは単なる勘でしかないが、特治に関しては、少なくとも監以下の人間はシロだと思う』
『そうだね。僕もそう思うよ』
『だが、異捜はトップだけってことは無さそうだし、本庁の人間も、上層部はもしかすると真っ黒かもしれないな』
『ブラックウッドと関わりを持つ立場の人間は怪しいよね』
『でも、記憶や情報をいじれるPSIを持っているんなら、別に「クロ」な奴じゃなくても、知らないうちにブラックウッドにいいように使われてるって可能性もあるんじゃねぇの?』
ルーカスの言葉も一理ある。
…つまり、その考え方で行けば…
『なぁ、もしかすると、監もブラックウッドに記憶を操られてるっていう可能性はないか?』
『…なるほどね。まぁ、ないとは言い切れないね』
『監が上げた報告をブラックウッドがもみ消していたり、そもそも、今回の件に関する記憶の一部をいじられていたりするなら、監がブラックウッド側ではなくても、今の状況は成立する』
『…できれば、そうであってほしいね。裏切られたっていう事実よりはさ』
もし本当にそうであれば、まだ特治内においての光は消えていない。そう、思えるのだが…
『…それを確認する手段が、今のところないからなぁ』
『それに、監のことより今は、本庁の人間がどれくらい腐っているのか、あとは、esの内情について調べる方が先だね』
『…本庁のデータベース、行ける?』
『さすがに難しいだろうけど、やってみるよ』
『行けたところで、簡単に見つかるような隠し方はしていないだろうしな』
『まぁ、収穫がなくても、経路だけ確保できれば再び潜る時にやりやすくなるから、別に無意味ではないよ』
そう言って目をオレンジ色に光らせたノアを見たルーカスが、「俺、今後は警察の人間なんて一切信じないことにする」と呆れ顔でつぶやいた。




