#27 必要悪という名の噓
『――指示は以上だが、君たちから何か報告はあるか?』
翌日、特別治安執行局の会議室。
ブラックウッドが五人の執行監と定例報告会を行っていた。
『特にありません』
『そうか…フロスト、君は何かあるかな?』
『…いえ、特には』
小一時間ほどの会議が終わり、執行監がそれぞれ自分の執務室へと戻って行く。
フロストも席を立ち、会議室を出るところでブラックウッドに声を掛けられた。
『どうだ、彼らは大人しく内勤に収まっているかい?』
『…そうですね。不満げではありますが、どうにか大人しくしていますよ』
『それは結構。君が、彼らが「ロキ」と遭遇したという話をしたものだからね。危険極まりない存在から守るためにも仕方のない判断だった』
『…』
『もちろん、それ以上に問題なのは、彼らがesに牙を向けるという事実だがね』
『…』
『君なら分かるだろう?esには確かに良からぬ側面もある。だが、我々にとって無くてはならない大切な機関でもあるんだよ』
『…そうですね』
『失うことは絶対に避けねばならない必要な存在だ。その中に存在するほんの一部の仄暗い側面など、世の中にとっての必要悪でしかない』
『…』
『…本来なら、彼らの身分では知らなくていい事実だったのだが、知ってしまった以上は自由にはさせておけないのでね』
『…私が、しっかりと監視しておきますので』
『あぁ、頼んだよ』
満足げなブラックウッドに一礼して、フロストは自身の執務室へと戻る。
『…』
グレンとノアの二人は、今日は出勤していない。
ブラックウッドがそれを知った上で、先ほどのように声を掛けてきたのかどうかは分からないが、フロストはシステム上、二人を出勤扱いで登録していた。
『…どうしたものか』
何に対してなのかは分からなかったが、フロストは小さくため息をついて、仕事へと戻る。
『本来なら安全なはずの警察にはもう行けないからなぁ…』
グレンたち四人は、昨日からグレンとアレンの実家に来ていた。
事前に父親に経緯を全て説明し、暫くの間四人で世話になりたいと話した上でのこと。かつてはグレンとアレンもこの家に住んでいた時期があり、それぞれが使っていた部屋がそのまま空いていたため、そこに二人ずつ、寝泊まりすることに決めた。
最初は、アレンが心配なことに加え、兄弟だからという理由でグレンとアレンが同じ部屋を使おうとしたのだが、ノアとルーカスがそれぞれお互いを猛烈に嫌がったため、仕方なく、グレンとノア、アレンとルーカスの組み合わせで寝泊まりすることに…
『異捜は丸ごと怪しいけど、特治は分かんないよな』
『まぁ、少なくとも、局長と監は黒だよね』
『他の四人の監はどうなんだろうなぁ…』
元警察の人間でもあるグレンとアレンの父親は、現状を聞いてかなりショックを受けていたものの、アレンはもちろん、グレンたちの身の安全も、ここに滞在している限りは絶対に保証すると、強力なシールドを張ってくれた。
グレンとアレンが住む家にも、アレンの花屋を中心にこの父親が強固なシールドを張ってくれている。
攻撃系のPSIは持たないが、二人の父親の防御のPSIは並外れた強度を誇る。
ここにいる限りはまず大丈夫だろうと、グレンは心底安心していた。
『なぁ、お前の親父さんって元警察の人間なんだろ?』
『あぁ』
『年齢的に、あの局長ってやつと知り合いとかじゃねぇの?』
『…確かに、知っているみたいだったよ』
あまり多くを語るタイプの父親ではないため、詳しく聞いたわけではなかったが、以前、ブラックウッドが局長に昇進した際にその話をしたところ、何とも言えないような表情で「そうか」とだけ返し、その時に、「自分の同期だった人物だ」とだけ
語ったのだ。
『とりあえず、異捜と特治、そして、本庁の上層部は探る必要があるな』
『監視管制室の映像データも見てみたいけどね。監視カメラがどうなっているのか、 めちゃくちゃ気になる』
『確かに…』
昨日のあれだけの様子がカメラの映像として何一つ残っていなければ大問題だ。
ただ、現時点で何も騒ぎになっておらず、自分たちがそろって欠勤していても問題になっていないところを見ると、すべてが意図的に処理されている可能性はとても高い。
『ノア、見れそうか?』
『もちろん、問題無いよ』
ノアが持つPSIを使えば、遠隔で情報を探ることも可能だ。
ただ、相手は警察組織。
見つからないように探るには、相当な注意が必要だ。
『…やってみますか』
ノアの視界に、現実の光景の上からシステムの構造が重なる。
それはもはや…見るというより、理解に近い。
『…おじゃましま~す』
小さく呟くと同時に、ノアの意識が深く沈む。
――接続。
警察内部ネットワーク。…認証層、通信層、ログ管理、映像記録。
すべてが、構造として「見える」。
――ロジックマスター。
世界は分解され、数式へと落ちる。
『…簡単だね』
防壁はある。だが、強固ではない。
「正規の内部アクセス」として処理される経路を選び、ノアは自然にその中へ滑り込んだ。
監視カメラの記録。時系列。
対象エリア――特治、異捜、本庁。
該当時刻を指定。抽出。再構築。
『…』
ノアの眉がわずかに動く。
『…無い』
あるはずの映像が、存在しない。
欠損ではない。破損でもない。
――最初から存在しなかったかのように、綺麗に消えている。
『そんなわけないでしょ』
ログを辿る。
転送履歴、保存処理、バックアップ…すべて、正常に処理された記録が残っている。
…にもかかわらず、中身だけが、無い。
『…なるほど』
ノアの意識がさらに深く潜る。
ログ構造を分解する。
フラグの整合性。アクセス履歴。改ざん痕。
――検出。
『やっぱりね』
完全な削除ではない。
「正常処理として上書きされた痕跡」――それも、権限レベルが異常に高い。
『これ、現場じゃないな』
現場の管制室ではない。
もっと上――承認層。命令系統の上位。
ノアの視界に、権限ツリーが立ち上がる。
枝分かれした構造。その頂点に近い位置。
不自然に集中するアクセスログ。
『…これか』
名前は出ない。だが、分かる。
このレベルの権限を持つ人間は、限られている。
『ブラックウッド…』
小さく呟く。
さらにデータを引き抜く。
異捜。特治。本庁。横断検索。
条件指定――「異常」「削除」「非公開処理」。
ヒット――複数。
『…多いな』
一件や二件ではない。
継続的に、「見せてはいけない情報」だけが抜き取られている。
そして、それはすべて「問題なし」として処理されている。
『綺麗すぎる』
ノアが低く呟く。
これはミスじゃない。事故でもない。
意図的に、すべてが「正常」に見えるように調整されている。
『…最悪だね』
その瞬間。
――ノイズ。わずかに、システムが軋む。
『…気づかれた?』
いや、違う。
これは――監視。逆探知ではない。
「見られている」感覚。
ノアは一瞬で接続を切る。意識が浮上する。
――現実へと、戻る。
『…グレン』
『どうした』
『監視カメラは、全部消されてるね』
『…』
『正確には、存在してないことにされてる』
『…』
『それと…』
ノアは一度、言葉を切る。
『警察はもう、中までやられてる』




