#26 敵は背後に
『ッ!?』
心配で堪らず店内をウロウロしていたアレンの目の前に、突然四人が姿を現した。一瞬驚いたものの、アレンは四人の顔を見て「良かった…」と涙を流す。
『…アレン、大丈夫か?』
『俺は大丈夫…それより、みんなは…』
『見ての通り、問題無いよ』
ノアの言葉にアレンが改めて安堵のため息を零す。
アレンに問題がないと確認して安堵したグレンが、すかさずシヴァに話しかけた。
『あの場から出してくれたことには感謝してる。だが、なぜお前がアレンと関わっている?』
『…』
『兄さん、ロキは俺とルーカスのことも助けてくれたんだよ?そんな言い方…』
自分は一度、この男と対戦している。
そして、決して勝てないだろうという絶望を実感した相手だ。
どういう人間で、どんな能力を持っていて、何を考えているのか、何をしようとしているのか、何一つ分からない相手だ。
そんな相手が、たまたま弟を助けてくれたとして、次も変わらず味方になってくれるとは限らない。
…気が変わってあっさり殺される危険性だって、ないとは言えない。
『ここまできたのは、この店に張ったシールドを解除するためだ』
『…』
『お前らでは消せないだろうからな』
『…』
『心配しなくても、直ぐに出て行く。そいつと関わる気もない』
そういって、アレンを見る。
その目がとても冷たく、まるで、自分を映してもいないように見えて、アレンは息をのんだ。
『待て、こっちには聞きたいことが山ほどある』
『…』
『お前はesに狙われているのか?なぜだ?実験に関わることか?』
『…』
『esについてどこまで知っている?』
『…』
『そもそも、お前はesをどうするつもりだ?』
『…』
立て続けの質問に、ただ黙ってグレンを見つめていたシヴァだったが――
『俺のことより自分たちのことを気にかけた方が良い』
『…』
『狙われているのはお前たちも同じだろう』
『…』
『…お前たちだけならまだいいが、実際はもっと厄介ではないのか』
『…どういうことだ?』
シヴァの言葉にグレンが反応し、それを受けたルーカスが「そういえば」と切り出した。
『俺たちを襲ってきた奴らが、なんだか妙なことを言っていたな』
『何を言われたんだ?』
『俺とアレン、二人をesに連れてくって』
『…』
『なんか、ヴェイル…ってやつだったか?』
『…』
『そいつに、二人とも連れて来いって言われてるって』
『…アレンまで?…どういうことだ』
ルーカスの言葉にグレンとノアが動揺する。
その様子を見つめていたシヴァが口を開いた。
『お前の弟はノーマルなのだろう?』
『…』
『しかも、サイキック一族の中に生まれたノーマルなら、「素材」としては面白そうだ』
『…』
『esの、格好の標的になりそうだな』
『…』
シヴァの言葉にグレンの表情が険しくなる。
何となく、T-01地区に住む自分たちなら大丈夫だと思っていた。
住む場所の問題だけではない。
自分やノア、ルーカスもいる環境だ。
アレンがノーマルだろうとなかろうと、日常に危険が潜むことなどそうそうないと、過信していた。だが、言われてみれば確かに、アレンこそ狙われやすい存在ではないのか。
――自分たちなら大丈夫…
それは、他ならぬ他者への差別そのものではないのだろうか。
『…』
『コイツから、esが行っている実験について聞いたのだろう?』
『…あぁ、』
『それならば、esが弟を欲しがる理由も見えてくるはずだ』
『…』
アレンが狙われているとなれば話は違う。
仮に警察を辞めることになったとしても、esと戦わずに終わるという選択肢はなくなった。
『…』
そこでふと、グレンが何かに気づく。
『ロキ、お前…』
『シールドは外した。あとはお前らでどうにでもするんだな』
『ちょっと待ってくれ』
グレンはシヴァを見つめた。
…この男を頼るのはあまりにも危険すぎやしないか…
そう思う反面、esとまともにやり合うつもりなら、自分たちの力だけでは難しいのも事実だ。
さっきだって、得体の知れない空間の中で、自分のPSIもまともに扱えない状態に陥った。その空間に、このサイキックはいとも簡単に出入りして、目の前にいたesのサイキックたちを瞬時に消し去ったのだ。
『…力を貸してほしい』
『…』
自分を殺していたかも知れない相手に頭を下げるのは、正直気分が良くない。
だが、ノアやルーカスだけでなくアレンまでが標的にされていると知った以上、自分のくだらない意地やプライドに拘ってはいられない。
この男をどうするかは、まずesを倒してからの話だ。
それまでの間だけでも協力を仰がないと、esには対抗できない。
『…俺は俺の自由に動く。手を貸すつもりはない』
『お前ひとりでどうにかできると言うのか?』
『…そのつもりだが』
『…正直なところ、できるともできないとも確信がつかない…それくらいに、お前のPSIが桁外れなことは理解している』
『…』
『だが、俺たちがお前の足手まといになることなんて絶対にない』
『…』
『そして、悔しいが、俺たちにはお前のその力が必要だ』
『…』
『一緒に行動してくれとは言わない。ただ、協力してほしい』
『…』
敵に回せば絶望的だが、味方にできればこれほど心強い存在はない。
経緯は分からないが、アレンとルーカスを救ってくれた。
ならば、esを倒すために力を貸すということは、このサイキックにとってあり得ない話ではないはずだ。
『…esに乗り込む前に、「身内」を整理したらどうだ?』
『え?』
『敵は案外近くにいるものだ』
『…』
『俺に何かを頼む前に、まずはその背を狙われていることを自覚しろ』
『…』
そう告げると、シヴァは姿を消した。
しばらくは呆然とシヴァの消えた先を見つめていたグレンだったが、弾かれるように振り向くと、アレンに近寄っていく。
『アレン、なぜロキが現れたんだ?』
『…ルーカスが危ない状態になってしまって…それで…』
『それで?』
『…助けを求めて強く呼んだら…来てくれたんだよ』
『…』
グレンはしばらくアレンを見つめ、ガクリと肩を落とし、そのまま膝をつく。
『…マジか。なぜ俺じゃなくてロキを呼ぶんだよ』
『え?あ…ごめんなさい。でも…』
アレンからルーカスがどのような状態だったのかを聞いて、グレンは「それは確かに、ロキを呼んで正解だったかもな」と苦笑したものの、内心では相当にショックを受けていることは誰の目にも明らかだった。
『別に、助かったんだからそれで良くね?』
『分かってる』
『呼んでもらえなかったからショックを受けるとか、どんだけブラコンなんだよ』
『うるさいなッ!だいたいブラコンじゃねぇしッ!!』
『だったら落ち込んでんなよ。そもそも、お前らだってロキが来なきゃヤバかったんじゃねぇの?』
『…そりゃそうだけど…。そもそもルーカス、お前体は本当に大丈夫なのか?』
『え?…あぁ、大丈夫』
『神経系のPSIを扱う奴は厄介だからな。無事でよかったよ』
『…あぁ』
怒っていたと思えば突然自分の心配を始める。
感情の目まぐるしいグレンに少々呆れながらも、ルーカスは、自分が心配されることに対するむず痒さのようなものを感じていた。
『あと、アレンのことを守ってくれてありがとうな』
『…守れてねぇよ。結果的に守ったのはロキだ』
『そんなことはない。お前がいなければそもそもアレンは今無事でここにはいないよ』
『そうだね。ルーカス、本当にありがとう』
グレンだけでなくアレンからもお礼を言われて、ルーカスがソワソワし出す。
耳先が赤く染まっている様子を見たノアが、「ありがとうと言われ慣れていないって、これまでどれだけ人のためにならない人生を歩んで来たんだろうね」と皮肉交じりにつぶやき、いつものような言い合いが始まる。
…この日常を、esなどに奪われてなるものか。
グレンは確かに、まず警察内部を調べないことには話が進まないだろうと考えていた。




