第4話:いきなりの空回り編
① 【第一部:冒頭のチラ見せ(裏世界の異変)】
「……パパ、こわい。あっちいって」
アジサイの庭の縁側。
キヨタカが愛する家族を抱きしめようと、大きくて優しい『黄金色の犬の聖獣(大型犬パパ)』の姿で両腕を広げた瞬間――。
いつもなら真っ先に突撃してくる三女のモナが、怯えた声を上げて身をすくめた。
長女のミカも、次女のコユキも、パパから距離を置くようにして、暖炉の隅の暗がりに小さくなって隠れてしまう。
「どうしてだ……? 俺は、お前たちを完璧に守れる仕組みを作ったはずなのに……っ!」
困惑し、傷つくキヨタカの脳内に、無情なシステムログの機械音が鳴り響いた。
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【システムログ:第3イベント・リアルタイム判定中】
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■ 選択行動:現実世界での『独裁的ガバナンス(恐怖による統制)』を検知。
■ 処理結果:
・動機に拠らず、結果の因果のみを冷徹にジャッジします。
・キヨタカの焦燥が、裏世界の家族を縛る『冷たい檻』としてマッピング。
【理想の未来ルート確定率】:22.00% ➡️ 11.00%(半減急落)
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―――
② 【第二部:表での空回り(やる気が空回りするおじさん)】
時間を少しだけ遡る。
前話のご褒美回で家族の温もりに触れ、鏡の前でネクタイを骨が鳴るほど締め直したキヨタカは、戦闘マシーン(絶対管理者)として極限まで張り切っていた。
「愛するあの子たちのために、現実の泥沼プロジェクトを完璧に支配する。部下には指一本触れさせない。俺が完璧な環境を作ってやりたい」
プロジェクトが本格始動し、キヨタカの最初の指示は「竣工から逆算した完璧なロードマップの作成」だった。
第2話でキヨタカが魔窟を掌握したおかげで、対立していた社内の2大派閥は奇跡の連携を見せていた。
「この予算ならいけます」「うちの技術をここで噛み合わせましょう」と、現場から現実的で実行可能な素晴らしい提案が次々と上がり、パズルが綺麗にハマる感覚をキヨタカも覚えていた。
そこまでは、完璧に上手くいっているように見えたのだ。
しかし、上がってきた完璧なロードマップを見た瞬間、キヨタカの脳裏に「1日でも早く、あの子たちの未来を100%にする」という焦燥感が過った。
キヨタカは「無言」で赤ペンを入れ始めた。
誰に相談することもなく、自席で淡々と、寝る間も惜しんで一人でロードマップを作り直していったのだ。
完成したものは、ロジック上は完璧。
しかし、あらゆるバッファ(余裕)が限界まで削ぎ落とされた、現場の人間が1日の猶予もなく動き続けなければ成立しない、極めてシビアなスケジュールだった。
「全員聞いてくれ。上がってきたロードマップを最適化した。今日からこのスケジュールを絶対厳守で動いてもらう。例外は一切認めない。私の言う通りに動けば、プロジェクトは最短で竣工する」
──その瞬間、俺の放った冷酷な言葉が、システムのデバフとして牙を剥いた。
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【システムログ:言霊魔法『恐怖のガバナンス』が暴走】
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■ 現実行動:現場の意見を完全無視した、独断専行のロードマップの強制。
■ 処理結果:
・対話なき統制が、部下たちの心に『サイレント・ボイコット』の種を蒔きます。
・因果の逆流により、裏世界のアジサイの庭が物理的に氷結(娘たちの隠匿)。
【理想の未来ルート確定率】:22.00% ➡️ 11.00%(進捗遅延確定)
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一方的な通達。
それを見たオフィスがざわつく中、熱意と気概を持った中堅の部下が、意を決して一歩前に踏み出した。
「キヨタカ課長、待ってください! このロードマップは現場の人間を限界まで詰め込みすぎています。もう少し余裕を持たせないと、何か予期せぬトラブルが一つ起きただけで、修正する隙間すらなくなってプロジェクトが崩壊します! 現場の意見を聞いて、せめてあと2週間の猶予を……!」
極めてまっとうな進言。
しかし、独裁者の悪い面が出てしまった今のキヨタカの瞳は、「飢えた凶獣」の眼光へと豹変する。
「……修正する隙間? 予期せぬトラブル? そもそも、私が作った仕組みの通りに動き、各自が自分のタスクを100%完璧にこなせば、トラブルなど起きるはずがない。君たちは、自分が事なかれ主義でミスを出す前提でバッファを要求しているのか? 隙間など不要だ。私の考えが全てだ。私のロジックに従って、歯車として完璧に動け。それ以外の無駄な意見は一切認めない。各自、作業に戻れ」
冷酷な圧殺。
進言した部下は悔しさに唇を噛み締めながら、絶望した目で引き下がった。部下たちの気概は、この瞬間を以て完全にへし折られた。
その日を境に、オフィスから少しずつ、確実に人間の体温が引いていった。
最初の数日は、まだ恐る恐る相談に来る部下もいた。しかし、そのすべてをキヨタカは「マニュアルを見ろ」「例外は認めない」と冷徹な正論で叩き潰し続けた。
一週間が経ち、二週間が経つ頃には、オフィスから前向きな雑談や相談が、文字通り綺麗さっぱり絶滅していた。
「課長、スケジュール通りのタスクが完了しました。次の工程に移ります」
上がってくる報告はどれも無機質で、部下たちの声には一切の抑揚がない。
機械が無機質に動いているような、人間味のない現場。
そして、誰もキヨタカに相談しなくなった結果、キヨタカの「見えないところ」で、小さなトラブルの芽がいくつもいくつも、静かに生まれ始めていた。
だが、部下たちは誰も報告も相談もしない。――『言っても無駄だから』『どうせ怒られるだけだから』。
表面上の進捗グラフだけは完璧な一直線を描き、現場の足元には無数の見えない爆弾が埋まっていった。
キヨタカは自席の椅子に深く腰掛け、完璧な進捗グラフを見つめて満足げに頷いていた。
(……よし。現場が、完璧な精密機械のように洗練されて動いている。俺のガバナンスは正しい。これであの子たちを、早くあのアジサイの庭(未来)へ連れて行ってやれる……!)
周囲の部下たちの目が完全に死んでいることにも、足元に埋まる無数の爆弾にも気づかないまま、孤独な王様は目をつむり、因果の裏世界へと意識を反転させた。
③ 【裏での異変(偽りの大勝利と、家族全員の慟哭)】
目を開けると、そこは緊迫した空気に包まれた、ユミと娘たちが暮らす獣人たちの集落だった。
20人前後の冷酷な鎧をまとった人間の武装集団が、武器を抜いて集落の入り口を包囲している。
最初は「土地の一部を明け渡せ」という不当な要求だった。
それが、穏便に済ませようとする集落の隙を突かれ、要求はジワジワとエスカレート。今や全面降伏を迫られる限界状態だった。
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【システムログ:隠蔽された因果の具現化】
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■ 裏世界ステータス:『クソ元請けによる悪意の先行侵食』
■ 処理結果:
・現実世界での「部下を圧殺した結果、言っても無駄だと隠蔽された現場の闇」を検知。
・裏世界では「集落の危機をキヨタカに相談できずに抱え込んでいた家族の絶望」として100倍の倍率で具現化します。
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「土地を明け渡せ。この集落の土地は、我々人間が『後で色をつけてやるから』と言って、曖昧に使わせてもらっていた場所だ。本日を以て正式に明け渡せ。文約? そんな書面などあるわけなかろう!」
現実のクソ元請けの悪意をそのままトレースしたような、理不尽な買い叩きのセリフ。
キヨタカは誰とも言葉を交わさず、無言で敵の数と武装をざっと確認する。その目は、現実のオフィスで部下の書類を冷徹に査定していた時と全く同じだった。
キヨタカは一歩前に踏み出すと、人間たちの集団を冷たく見下ろした。
「……おい。長々とくだらない要求を並べているようだが。要するに、お前たちは俺たちと『殺し合い』が望みか?」
その瞬間、地響きを伴う煙と共に、キヨタカの体から膨大な魔力がスパークする。
現れたのは――家族を包み込む優しさなど微塵もない、ただ敵を噛み殺すためだけに特化した「殺意に満ちた飢えた凶獣(大型犬の聖獣)」の姿だった。
ただの嫌がらせのつもりで、命まで懸ける気のなかった20人の人間たちは、その圧倒的な怪物の殺意に文字通り腰を抜かし、悲鳴を上げながら一目散に撤退していった。
人間の姿に戻ったキヨタカは、ふっと不敵な笑みを浮かべる。
(……ほら見ろ。現場の事なかれ主義な相談なんて待つ必要はない。俺が作った完璧な仕組みで動けば、トラブルなんて一瞬で解決するんだ。俺のガバナンスは、間違ってなんかいない――)
キヨタカは「さあ、もう大丈夫だぞ!」と、胸を張って家族の元へ歩み寄ろうとした。
しかし、一歩踏み出した瞬間。
確定率が11.00%まで半減急落し、因果のパスが細く冷たく拒絶されたことで、娘たちの脳内から「パパ」としての温かい記憶が急速に消えかかっていた。
三女のモナが短い耳を伏せ、怯えた声を上げてユミの背後へ完全に隠れてしまった。
長女のミカも次女のコユキも、目の前にいる「冷酷な独裁者」の姿に怯え、涙目を浮かべながら後退りして離れていってしまう。
(……え? なんで離れていくんだ? 俺は、お前たちを助けたんだぞ……?)
事態が掴めず立ち尽くすキヨタカの元へ、ゆっくりと近づいてきた妻のユミが――。
――パァァァンッ!!!
静まり返った集落に、乾いた痛烈な平手打ち(ビンタ)をキヨタカの頬に叩き込んだ。
それと同時に、キヨタカの脳内で、今までにない冷徹なシステムアラートが爆音で鳴り響く。
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【システムログ:第3イベント・限界デバフ執行】
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【システム警告:『恐怖のガバナンス』が限界値を突破】
■ 処理結果:
・ハッピーエンド確定率の一律ロックを破り、極限の【1.00%】へ強制転落。
・猶予タイムリミット:残り 【 180秒 】
・『泥沼の代弁システム』を強制起動。
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叩かれた頬を押さえ、目を見開いたまま固まるキヨタカ。
ユミは冷え切り、心底呆れ果てた目でキヨタカを見つめ、突き放すように言い放った。
「あなたの今の姿……とても醜い。確かに人間たちは追い払ったけど、あんなやり方では、次はもっと多人数でくるでしょうね。それと、今のあなたは娘たちに会わせたくない。……誰も信用してない目。自分だけが正しいという、傲慢がにじみすぎてるわ」
「……っ!? ……俺は、間違ったのか……?」
頬の痛み以上に、愛する妻からの言葉に、キヨタカの傲慢な独裁の玉座が音を立てて崩壊していく。
すると、ユミの瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼女はキヨタカの胸ぐらを掴むようにして、激しく叫んだ。
「しっかりしなさい!! 私たちに通じる道は、今のあなたにはない!! システムの動向じゃなくても分かるわ!……だって、信用されてないのに、愛せるわけないじゃない……っ!!」
キヨタカの胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくるユミ。
さらに、暖炉の隅から三姉妹が次々と飛び出してきて、一斉にキヨタカの体に飛びつき、しがみついて泣きじゃくった。
「今のパパ、怖いよ……っ! あんなのミカたちのパパじゃない!」
「どうして……んでそんなに怖いお顔するの……? コユキ、お背中に入りたかったのに、怖くて近づけなかった……っ」
「前みたいなパパがいいぃぃ! モナをいっぱいゴロゴロしてくれた、やさしいパパがいいのぉぉーー!」
腕に、膝に、足元に伝わる、娘たちの震える命の体温と、痛いほどの純粋な訴え。
現実世界のオフィスで、まっとうに進言してくれた部下を圧殺し、チームの心を殺していった自分の醜い姿が完全に重なる。
「俺は、あの子たちのために完璧な仕組みを作ったつもりだった。だけどそれは、裏を返せば『お前らは俺の言う通りに動く歯車でいろ』と、周りを信用していなかったのと同じじゃないか……!」
事態を12割理解したキヨタカは、激しい後悔と申し訳なさで胸を掻きむしられながら、アジサイの庭のど真ん中で、ついにその場に両膝を突き、崩れ落ちた。




