第10話 ここは俺に任せて先に行け! は小説のなかだけにしとけ 〜おじさん、有給休暇を投げ打って、がんばる善人を泥沼から救い出す〜』
第四部:自己犠牲の否定と、戦線を死守する総力戦】
キヨタカの冷徹な号令のもと、草原の入り口に鉄壁の防衛ラインが敷かれた。
だが、押し寄せる魔獣の規模は個人の根性論を遥かに超越していた。第二波、第三波と、終わりの見えない泥沼の物量戦。じわじわとエルフたちの魔力が底を突き、防衛ラインの各所で「構造的不具合」による決壊が発生し始める。
「防壁の魔力が、もう持ちません……!」
完全に劣勢へと追い込まれ、四方から迫る魔獣の牙を前に、エルフの責任者が血を流しながら前に出た。
「──僕が、僕が魔力を大暴発させて時間を稼ぎます! 皆さんは先に行ってください! 一度、言ってみたかったんです。ここは私に任せて先に行け、って!」
若者が放った、自己満足の悲劇の美談。それはすなわち、【曖昧な妥協】が生み出した最悪のバグ──【自己犠牲という名の、戦線離脱と責任放棄】そのものだった。
その甘えきったバグを、黄金色の巨大な聖獣となったキヨタカの、戦場全体を震わせる凄まじい覇気の大喝が完膚なきまでに粉砕した。
「あほか~~~~!!? んな事やって何の意味がある!?!? 勘違いするな!!」
びくり、と戦場全体が絶対管理者の恐怖によって一瞬で凍りつく。
「お前がここで格好よく犬死にすれば、戦力の完全な損失だ! いつ終わるとも分からない現場で今必要なのは、一瞬の時間なんかじゃない。──『継続力』だ!! 勝とうとするな、被害を広げない『現状維持』に全てを賭けて、生きて情報を繋げ! 自爆特攻する元気があるなら、現状打破のために他の種族でも何でも連れてこい! ここが敗れれば、次はお前らのところだぞ!!」
キヨタカの狂気的な怒号が、エルフたちの絶望していた魂を無理矢理に叩き起こした。
「つ、連れてくる……っ! しかし、今から走ったのでは間に合いません……!」
「だったら、俺の最愛の妻を誰だと思っている!」
キヨタカの黄金の瞳が、隣に立つユミへと向けられる。三毛猫姿から、その瞳に凄まじい殺気を宿した、満身創痍の黒猫獣人──戦闘マシンの本能を剥き出しにしたユミが、フシャーッと空間を切り裂くようにして咆哮した。
「あなた……。誰一人の自己犠牲も許さないのがあなたの統治なら、わたくしの【黒猫魔力】のすべてを、愛の言霊を攻撃力へ変換し、この戦線へ投入いたしますわ……ッ!! エルフの若いの、そこへ飛び込みなさい!」
ユミの背後から、空間をメキメキと歪ませるほどのドス黒いヤンデレ瘴気がブワッと爆発し、隣接する他部族の集落へと直結する【空間歪鎖(緊急転送路)】が強引に抉り開けられた! 本来はキヨタカを現実世界へ送り返すための通路を、キヨタカの「全員で生き残る」という論理のために、ユミが超出力で【増援を毟り取るための決死の連絡路】へと構造改変したのだ。
「必ず、何としてでも増援を連れて戻ります……っ! それまで、どうか……っ!」
エルフの若者は、ユミが命を削って維持する空間の裂け目へと死に物狂いで飛び込み、光の向こうへと消え去った。
ここから、文字通りの地獄が始まった。
数時間ではない。増援が隣の部族を説得し、こちらへ引き連れて戻るまでの、丸数日間に及ぶ終わりの見えない泥沼の持久戦。
「増援が戻るまで、この戦線は寸分たりとも下げさせん!! 勝とうとするな、生きて時間を繋げッ!!」
魔獣の爪がキヨタカの黄金色の毛並みを幾度も切り裂き、血が草原を赤く染める。キヨタカはでっぱりとした最高級のもふもふ巨体を盾に、前線に立ち塞がり続けた。そのパパの極太の前足に、小さな子猫姿に戻ったミカ、コユキ、モナの三姉妹が決死の形相でしがみつく。
「パパァァァーーーッ! 負けちゃダメーーーっ!!」
「パパは、世界一格好いいおとうさんだーーーッ!!」
娘たちの「パパへの健気な愛」が、時空を超えた強力な戦術的盾(言霊システム)となって戦場に炸裂した。三姉妹の叫びが、キヨタカの毛並みを神聖な光で覆い、迫り来る魔獣の牙をカキィィンと物理的に弾き返し続ける。
ユミもまた、戦闘マシンの魔力で転送路の維持に全力を注ぎながら、漏れ出た魔獣を鋭い爪とガチの暴力で噛み殺し、キヨタカの背中を守り続けていた。残されたエルフの開拓団も矢を使い果たし、泥水をすすりながら、キヨタカの一糸乱れぬ現場統制(現状維持指示)の狂気だけで、数日間、誰一人欠けさせることなくラインをミリ単位で死守し続けた。
だが、限界は確実に近づいていた。
数日が経ち、全員の魔力が完全に底を突きかけ、キヨタカの視界の隅でシステムログが最悪の臨界点を告げた、まさにその夜のことだった。
『 システムログ:裏世界の防衛戦における過剰駆動を検知 』
『 理想の未来ルート・確定率:65.00% ➡️ 2.00%(臨界点)へ大暴落 』
(クソっ、もう全員のリソースが限界だ……っ! 確定率も即全滅の2%まで削り取られた……!)
キヨタカの意識が朦朧とし、黄金の聖獣の巨体が草原に膝をつきかけた、まさにその瞬間だった。
ユミが血を吐きながら維持し続けていた空間の裂け目が眩く爆発し、聞き馴染みのある、しかし何倍も逞しくなった男の絶叫が、夜の戦場を引き裂いた。
「──連れてきたぞォォォオオオッ!! みんな、ラインを死守せよ!!」
全身煤と血にまみれ、ボロボロになりながらも、エルフ、獣人、ドワーフ、森 of 全種族を完全に説得して引き連れた、あのエルフの若者が咆哮と共に生還したのだ! その背後からは、武器を構えた他部族の何百人もの精鋭戦士たちが、怒涛の勢いで草原へと溢れ出してくる。
その決死の生還劇に、限界寸前だった防衛線の士気が爆発的に跳ね上がった。
「あの若造たちが、命を張って繋いでくれたんだ……!」「ただで死んでたまるかァァァッ!!」矢を使い果たしたエルフの老兵が折れた弓を凝視して叫び、傷だらけの獣人が牙を剥き、ドワーフが戦斧を握り直す。一人ひとりが死線を超え、魂の底から最後の全戦力を一滴残らず絞り出す。
それと同時に、崩壊した結界の最深部から、これまでキヨタカたち現場の労働力を不当に貪り、その血汗を吸い尽くしてきた【寄生虫どもの傲慢な悪意の具現体(不条理の王)】が、大地を揺るがしながら姿を現した。
その搾取の権化を睨みつけ、キヨタカは黄金の巨体を震わせ、その魂の最奥から、気高く神々しい聖獣の咆哮を戦場全体へと轟かせた。
「──いくぞぉぉぉ出し惜しみは現状維持はここまでだ!! 殲滅するぞおおおぉぉぉッ!!!」
その気高い咆哮に呼応するように、隣に立つユミ、そして足元の娘たちが、自らの生命力を限界まで燃え上がらせて絶叫した。
「いっ、いきなさい、あなたァァァアアアッ!!! わたくしの、わたくしの愛の魔力を、すべてあなたの牙へ捧げますわーーーッ!!!」
「「「パパァァァーーーッ!! 奴らをやっつけちゃえーーーッ!!!!」」」
ユミの満身創痍の黒猫魔力、そして三姉妹の純度100%の愛の叫びが、強力無比な(言霊)となってキヨタカの全身へと直撃した。キヨタカの黄金色の毛並みが、夜空の月よりも眩い「絶対的な神聖の炎」となって大爆発する。家族の命と魂のすべてが、今、キヨタカの肉体と完璧に一つに同期した。
**「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」」」」**
家族の叫び、そして全種族の合同部隊の咆哮が地鳴りのように重なり、夜空を震わせる。その気高い叫びは、戦士たち一人ひとりの魂の芯へと響き渡り、恐怖を完全に消し去った。
「エルフの残った連中! 上空の風を読め! 結界の出力を上空へ集約させろ! 連れてきた他部族の戦士ども、奴の死角へ回り込んで一斉に魔力矢を番えろッ!!」
キヨタカの神速の論理統制、絶対的な独裁指示に、全軍が一糸乱れぬ完璧な歯車となって噛み合った。生き残っていたエルフたちが結界の全エネルギーを上空の一点へと集中。そしてゲートから生還した数百人の戦士たちが化け物の死角へと散り、完璧な包囲網を敷いた。
キヨタカは黄金の巨体を血に染めながら、不条理の王の正面へと猛然と突撃した。
不条理の王は「下請けの分際で、奴隷のくせに、俺を拒絶するな!」と、ドス黒い悪意の触手でキヨタカの黄金の肉体をミリミリと締め付け、凄まじい力で血を吐かせにかかる。だが、その絶望的な圧迫の中で、キヨタカの黄金の瞳がギラリと宿った。
「うるさい。お前たちの【事なかれ主義】は、俺の現場では1文字も容認しない!」
現実世界(前日)で、キヨタカがパニックの担当者に向かって『ここの責任は最高責任者である俺がとる、だから力を貸してください!』と言い放ち、合同チームを結成させたあの【絶対統治の言霊】。その因果の百倍の梃子の力が、時空を超えて今この瞬間、異世界のキヨタカの【顎の噛み殺す力】へと完全に同期し、大爆発した。
「不条理な搾取の首輪ごと、お前たちの悪意を完全粉砕してやるァァァアアエエエッ!!!」
キヨタカの牙が、不条理の王の首根っこを骨ごとバキィィィィィン!!!と深く、深く噛み砕いた。その凄まじい破壊音は、現実世界の翌朝、担当者が指の皮が弾けるほどの力で緊急遮断弁をガチガチガチッと完全閉鎖したあの金属音と、時空を超えて完璧に重なり合っていた。
「撃てェェェエエエッ!!!」
死角を完全に押さえていた救援部隊と他部族の戦士たちが、一斉に決死の魔力矢を連射。化け物の肉体をハサミ撃ちで完璧に蜂の巣にし、その動きを完全に封じ込めた。そこへ、上空の一点に凝縮されていた全エネルギーが、因果の百倍の梃子の力を乗せた【特大の神聖雷撃】となって、夜空から逆噴射の如く絶大な破壊の光となって降り注いだ!
黄金の雷が夜空を真昼のように照らし、救援部隊の猛攻とキヨタカの牙に完全に拘束されていた不条理の王、および押し寄せていた数千の魔獣の群れを、根こそぎ跡形もなく消し飛ばしていった──!




