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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第7話:夜逃げ






***



 外に出た瞬間、猛烈な雨風がリリスを叩きつけた。



 天候は悪化の一途をたどっていた。


 フードが引きちぎられそうなほどの豪雨。


 もはや嵐と言っていい。



 扉を閉めて十秒も経たぬうちに、全身がずぶ濡れになる。


 まともな人間なら、この嵐の中、ましてやこんな深夜に外へ出ようなどと考えもしない。



 あまりの悪天候に、リリスの口元から自嘲気味な笑みが漏れる。


 だが、だからこそ、かえって安心できた。



(……この嵐なら、誰にも気づかれないはず)


 そんな楽観が、冷え切った心をわずかに温める。


 リリスは深く息を吐き、決意を固めて一歩を踏み出した。



 街灯の火は全て消えている。


 数少ない家々から漏れる微かな灯りだけが、通りを頼りなく照らしていた。


 最初は視界もままならなかったが、次第に目が暗闇に慣れてくる。



 リリスは、あらかじめ暗記しておいた地図を思い返した。


 院長からもらった、帝都の裏道へ続くルート。


 目的地はそう遠くない。



 問題は、その後のことだった。


 帝都の外へは一度も出たことがない。


 壁の向こうに何があるのか、リリスには全くわからなかった。


 がむしゃらに歩いたところで、どこかの村や街に辿り着けるのだろうか。



(道端で飢え死にするかもしれない……)



 もらったお金はそれなりにある。


 だが、携帯できる食料は一切持っていない。


 こんなに不安になるくらいなら、院長にもっと根掘り葉掘り聞いておけばよかった。


 後悔が胸をかすめるが、もう遅い。



 とにかく、行くしかないのだ。


 不安、焦燥、そしてかすかな希望。


 混沌とした感情を抱えながら、リリスは一歩ずつ、着実に嵐の中を進んでいく。



 思考に耽っていたせいか、あるいはただ放心していたのか。


 人目に付くはずがないという油断もあったのだろう。


 警戒が薄れ、ぼうっと足元だけを見て歩いていた、その時だった。




 不意に、硬い衝撃が頭を打った。




「……っ!」


 リリスは慌てて後ずさり、反射的に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」


 そのままそそくさと走り去ろうとしたが、案の定、鋭い声が飛んできた。



「君!」



 むやみに逃げれば、かえって事態が悪化する。


 結局リリスは足を止め、おそるおそる声の主の方へ向き直った。



「……はい」



 そこに立っていたのは、昼間もよく見かける巡邏兵だった。


 ガラスで火が守られた頑丈なランタンを提げている。



 兵士はその灯りを、リリスの顔へと近づけた。


 リリスの顔を確認すると、さらに声を厳しくする。


「……こんな時間に、一体どこを歩き回っているんだ。しかもこの嵐の中を」



「あ、あの……」


 リリスは必死に言い訳をひねり出した。


「頼まれごとをして……届け物を」


「こんな真夜中に?」


「……」


「嘘を吐くな。君、まだ成人前だろう。ガキじゃないか」


「ごめんなさい」


 巡邏兵は面倒くさそうに舌打ちをした。


「家はどこだ? どんな事情かは知らんが、とにかく帰るんだ。家まで送ってやる」


「あ……はい」



 リリスはあっさりと諦めた。


 ここで逃げれば、余計に怪しまれる。


 幸い、この兵士に深く詮索する気はなさそうだった。



 とにかく、大人しく従うしかない。


 一度孤児院に戻り、脱出は明日に延ばそう。


 そのまま踵を返し、兵士と共に歩き出そうとした、その時だった。



 唐突に、近くで雷が落ちた。



 辺り一面が、真っ白な閃光に包まれる。


 数拍遅れて、空を割るような轟音が炸裂した。


 音が物理的な圧力となって五体を揺さぶる。



 大気を強引にひき絞るような凄まじい衝撃に、リリスは度肝を抜かれた。


 これほどの雷鳴は、かつて経験したことがない。



 隣にいた巡邏兵もさすがにたじろぎ、呆然と空を見上げる。


「……なんてこった」


 震える声で、彼はそう呟いた。



 リリスは、今夜のうちに帝都を発つことは無理だと理解した。


 この荒天は、逃走の手助けになるどころか、命を危険にさらしかねない。



 我に返り、巡邏兵が問いかける。


「……おい、もう行くぞ。家はどこだ?」



 リリスが答えようとした、その瞬間だった。


 強烈な予兆が、稲妻のように彼女の脳裏を貫いた。


 確信に近い直感、あるいは、ある種の「予知」だった。



(また、落ちる……!)



 間髪を入れず、二度目の雷が閃光を放った。


 今度は遠くではない。


 リリスたちのすぐ近くだった。



 視界を焼き切るほどの光柱が、数ブロック先の地面を直撃する。


 間を置かず、空間を裂くような爆鳴が追いすがる。


 落雷を受けた石畳は砲弾を浴びたように爆砕し、激しい衝撃波が周囲をなぎ払った。



 予感していたリリスは何とか耐えたが、巡邏兵はあまりの威力に腰を抜かし、無様な悲鳴を上げた。


 たとえ屈強な成人男性であっても、抗いようのない恐怖を刻み込む一撃だった。



 巡邏兵は辛うじて我に返ると、引き攣った表情のままリリスの安否を確かめようとした。


「君、大丈夫か!?」


 彼がリリスの肩に手を伸ばした、その時だった。


 リリスの体から電気が漏れ出し、触れようとした巡邏兵の手を弾き飛ばす。



「……うわっ!」


 ピリッとする衝撃に、巡邏兵は手に持っていた提灯を取り落とした。



 火が消えたが、なぜかあたりは暗くならなかった。


 空を見上げたリリスは、その理由を悟った。



 上空で絶え間なく空気が唸り、紫電が火花を散らしている。


 その明滅のたびに、帝都の街並みが赤黒く、断続的に浮かび上がる。



 狂ったように瞬く光の下で、リリスは巡邏兵の顔を見た。


 そこには、隠しようのない恐怖の色が張り付いていた。



「君……まさか……」


 彼は聞いた。



「悪魔の子、なのか?」



 その言葉で、リリスは自らの異変に気づく。


 いつの間にか髪を結んでいた紐が解けている。


 金色の髪が逆立ち、猛々しくうねっていた。



 弁明する気にはなれなかった。


 正体を見られたしまったこともあるが、それ以上に、そんな余裕はどこにもなかったからだ。



(また来る……)


 雷の予感は、まだ終わっていない。


(まずい。次は、もっと近い)



 突然、体中の毛穴が逆立つような悪寒に襲われた。


 総毛立つ肌に、無数の針を突き立てられるような、ひりつく感覚。


 耳元でパチパチと放電音が鳴り響く。



 そしてリリスが予見した通りの場所に、三度目の雷が炸裂した。



 至近距離だった。


 砕け散った石畳の破片が、足元まで転がってくる。



 その時になってリリスは、ようやく気付いた。



(……私が、引き寄せてる?)



 理屈ではない。


 肌で感じられた。


 渦巻く夜空の怒りが、今、自分一人に絞られていくのを。



 リリスはふと、自分の足元を見下ろした。


 巡邏兵はいつの間にか、彼女の前で蹲ったまま動けずにいる。


 恐怖に完全に支配され、立ち上がる気力さえ失っているようだった。



(このままだと、この人が巻き込まれる)



 リリスは冷徹に状況を測る。


 まず自分の体の中には、常に電気が流れている。


 だからこそ、あの雷に打たれても、おそらく耐えられる。


 根拠はないが、確信に近い予感があった。



 だが、この男は違う。


 先ほどのような雷に打たれれば、ひとたまりもなく即死するだろう。



 決断を下したリリスは、それ以上迷うことなく駆け出した。


 まずは一刻も早く、巡邏兵から距離を置かねばならない。



 しばらく走り続け、十分な距離を稼いだところで、リリスは一度後ろを振り返った。


 巡邏兵はようやく立ち上がったようだが、逃げ去るリリスを追ってくる気配はない。


 追うどころか、彼は彼女とは正反対の方向へ、なりふり構わず猛烈に逃げていた。


 雷光が明滅するたび、その必死な後ろ姿が間欠的に浮かび上がる。



 安堵したリリスは、走る速度を落とした。


 どのような形であれ、巡邏兵を撒くことには成功したわけだ。



 このまま目的地である帝都脱出の裏道へと直行すればいい――


 そう思った矢先、


 リリスはいきなり動けなくなり、その場に足を止めた。



 身体が、内側から激しく熱を帯び始めたからだった。



「……熱い」



 それは、風邪などの病による発熱とは明らかに異質だった。


 リリスには、空中を流れる電気の激しい流れが、目に見えない糸のように自分に絡みついてくるように思えた。


 逃れようのない芯からの熱が、すべてを焼き尽くすように襲いかかる。



 あまりの熱さに、立っていることさえままならなくなる。


 意識が混濁し、視界がぐらりと歪む。



 激しい嵐の中でずぶ濡れになっているというのに、肌を伝う冷や汗がはっきりと自覚できるほど、ひどい悪寒が彼女を襲った。



(身体が……爆発しそう)



 心底、そう思った。


 熱い。


 熱すぎて、感覚が麻痺していく。



 リリスは堪らず、被っていたフードを荒々しく脱ぎ捨てた。


 少しでも嵐の冷気に身を晒して熱を逃がそうとしたが、焼け石に水だった。


 冷えるどころか、熱は刻一刻と増していく。



 体内に溜まり過ぎた電気の魔力が、限界の水位を超えようとしているようだった。



 そして、そこに最後の一滴を落とすかのように――



 四度目の雷撃が、リリスの身体を真上から貫いた。







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