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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第6話:さようなら






 院長室。



 窓の外では、とうとう本格的な雨が降り始めていた。


 激しい雨脚が窓を叩く音を聞きながら、リリスはさっき廊下で告げられた言葉を反芻する。




 今日の夜、ここを出て行きなさい。




 意味は理解できた。


 だが、納得は到底できない。


 あまりに唐突な宣告に、思考が追いつかなかった。



 院長は執務机の椅子に座っていた。


 リリスは向かいの椅子に、力なく座っている。


 まるでありふれた面談でも始めるかのような、淡々とした雰囲気だった。



「……なぜですか?」


 リリスは絞り出すように口を開いた。


「私、まだ十七歳です。孤児院を出る決まりは、十八歳になってからのはずでは……」


「年齢は関係ないわ」


「では、今日の皇宮での失敗が原因ですか?」


「それも関係ない」


「じゃ、一体……」


 院長は、声を低め、静かに告げた。



「『魔女狩り』のせいよ」



 リリスの背中に、冷たいものが走る。


 院生たちがリリスをいじめる際に使う、その意味ではない。


 院長が言っているのは、世間を騒がせている本物の方を意味していた。



「最近、帝都で魔女狩りが激化しているのは知っているでしょう? あちこちで火刑が行われているから」


「……はい」


 リリスは、今日の帰路に目にした光景を思い出した。



 立ち上る黒煙と、鼻を突く嫌な臭い。


 あのむごたらしい刑場の空気を。



「なら、私がなぜこんな話を切り出したか、分かるわね?」


「でも……」


 リリスは食い下がろうとした。


 ずっと、こんな場所から一刻も早く抜け出したいと思っていた。


 いつか逃げ出すのだと、そう決めていたはずだった。



 なのに、いざ突き放されると、足がすくんで動けない。


 身寄りのない自分が、一体どこへ行けるというのか。


 ここを追い出されたら、リリスにもう先はなかった。



「私、誰の前でも力は見せていません。今日、皇宮でトラブルはありましたけど、電気を出したりなんて……」


「分かっているわ。あなたがその力を隠す術を身につけたことは、私も知っている」


「だったら……」



「けれど」


 院長がリリスの言葉を遮った。


「その力が、消えてなくなったわけではないでしょう?」



「……」


 言葉に詰まる。


 否定できなかった。



 それどころか、最近彼女の力は増す一方だった。


 抑え込む技術は向上したが、内側に渦巻く魔力は、今にも器から溢れ出そうとしている。


 いつまで自分を騙し通せるか、リリス自身にも分からなかった。



「せめて……」


 リリスは、すがるように言った。


「せめて、十八歳になるまで待ってください。十七歳では、帝都でまともな職に就くことができません……」



「リリス」


 院長が諭すように言う。


「仕事の話をしている場合じゃないのよ。まだ自分の立場が理解できていないようね……」



 院長の瞳に、わずかな憐憫の情が浮かんだ。


 十七年間、リリスには一度も見せたことのない微かな温もりがこもっている。



 彼女は、やがて死刑宣告にも等しい事実を突きつけた。


「あなたは今、命を狙われているの。いつ捕らえられて、火あぶりにされるか分からない状況なのよ」



「……」



 リリスは視線を落とした。


 気づかない振りをしていた。


 ずっと、懸命に無視し続けてきた現実。


 それをはっきりと突きつけられ、思考が白く塗り潰される。


 あまりの衝撃に、指先一つ動かせなくなる。



 院長が机の引き出しから、ずっしりと重みのある革の袋を取り出した。


 それは、硬貨の擦れる音を立ててデスクに置かれた。



「お金よ。これを持って、今夜、ここから逃げなさい」


「でも、どこへ行けば……。私には、行く場所なんてありません」


「……私が言っているのは、帝都から出ろという意味よ」



「帝都から……?」


 リリスの瞳が段々と揺れていく。


「そんな……私、外の世界なんて一度も……」



「仕方がないのよ」


 院長の冷徹な声が、リリスの胸に深く突き刺さる。


「それはもう、仕方のないことなの。これからは、あなた自身で何とかするしかないわ」



 リリスは結局、言葉を完全に失ってしまった。



 重苦しい沈黙が、院長室を支配する。



 しばしの後、院長がデスクの上の巾着を、促すようにリリスの方へ押しやった。


「受け取りなさい。中に地図も入っている。関所を通らずに帝都を抜け出せる『裏道』を記しておいた。一度外へ出れば、近隣の村や街はそう遠くないはずよ。半日休まずに歩けば、どこかしらには辿り着けるわ」



 リリスはすぐには手を出せなかった。


 これを受け取れば、もう二度と後戻りはできない、そんな気がしたからだった。



 だが、わかっている。


(……後戻りなんて、生まれた時からできっこないって決まっていたのにね)


 何を今さら。



 リリスは諦念とともに、巾着を手に取った。


 紐を解き、中を確認する。


 三つ折りにされた羊皮紙の地図と、数枚の硬貨。


 その中には銀貨も二枚混じっていた。


 これほどの大金を手にするのは初めてだったが、高揚感は微塵も湧かない。


 ただ、底知れぬ暗闇へと突き落とされるような感覚だけがあった。



 リリスは再び紐を結び、巾着を懐にしまった。


 椅子から立ち上がり、座ったままの院長を静かに見下ろす。



 院長もまた、リリスをじっと見返していた。


 リリスは短く会釈をすると、振り返ることなく院長室を後にした。



 扉が閉まる間際、「ごめんなさい」という声が漏れ聞こえた気がした。


 だが、激しい雨音がすべてをかき消していく。



 空耳だろう。


 そう自分に言い聞かせ、彼女は院長室を後にした。






***



 深夜。


 リリスは目を覚ました。



 物音を立てぬよう、慎重にベッドを抜け出す。


 外は猛烈な雨だった。


 この豪雨なら、多少の衣擦れの音はすべて隠してくれるだろう。



 リリスは共同寝室を見渡した。


 ベッドが二列に並ぶこの部屋では、いつもなら数人が酷いいびきをかいている。



 だが、今夜は奇妙なほど静かだった。


 ただ雨の音だけが、窓ガラスを叩き割らんばかりに鳴り響いている。



 彼女はベッド下の収納箱を引き出し、外出着と赤茶色の古びたフード、そして昼間に受け取った巾着を取り出した。


 服を着替え、安物の革靴を履く。


 フードを深く被り、巾着を懐の奥に押し込んだ。



 他に、持ち物はない。


 旅の支度は、あっけなく終わった。



 リリスは最後にもう一度、院生たちが眠る広い寝室を眺めた。


 誰も動かない。


 皆、雨の音に溺れてたかのように、毛布の底へ深く潜っている。




「さようなら」




 あえて届くような声で告げてみたが、返事はない。




 リリスは、習慣通りに自分の寝床を整えると、一人、静かに孤児院を後にした。







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