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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第二章:浄水

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第30話:惨状






 割って入ってきた怒声の主は、村長だった。


 村長は狂乱する人々の隙間を縫うようにして、中心へと飛び込んでくる。


 そしてアダムの背中を踏みにじっている村人たちの間に身をねじ込み、強引に押し退けようとした。




 しかし、怒りに駆られた人々を制止するには、初老の男の力ではあまりにも力不足だった。


 波立つ群衆に村長が弾き飛ばされそうになった、その時だ。




「みなさん、もういい加減やめなさい!」




 さらにもう一人、大声と共に割って入る男がいた。


 アダムに庇われたまま、リリスがそちらへ視線を向ける。


 それは先ほどの神父だった。




 神父は村長の加勢に入り、振り上げられる石や腕をその身を挺して押さえ込む。


 そうして村長と神父の二人掛かりで、暴走する村人たちを必死に押し留め始めた。


 すると、暴力の威勢は目に見えて削がれていった。




 熱に浮かされていた者たちが一人、また一人と憑き物が落ちたように我に返る。


 足けりを止め、手にしていた石を取り落としていく。


 そうして暴動さながらの集団リンチは、拍子抜けするほどあっけなく終わりを告げた。




 しばらくの間、人々が荒く息を吐く音だけが重く漂う。




 暴力の雨が止んだ後も、リリスとアダムは数分間、地面にうずくまったままの姿勢を維持していた。


 周囲の気配の変化から、リリスはもう起き上がってもいいのではないかと思ったが、彼女を覆い隠すアダムの身体は微動だにしなかった。


 まだ油断できないと判断したのだろう。




 やがて、遠巻きに立つ群衆を背にして、村長と神父が二人のもとへと近づいてきた。


 村長がゆっくりと屈み込み、皺枯れた手を差し伸べる。




「もう、立ち上がってもよい」




 その時になってようやく、アダムはリリスを堅く庇い続けていた姿勢を解いた。




 二人は恐る恐る立ち上がる。


 長くうずくまっていたせいか、リリスは不意に軽い目眩を覚えた。


 視界が揺らぎ、足元がふらついたが、アダムがすぐさま彼女の腕を支えてくれた。




 そうして二人は、村長と神父の前に向かい合って立つ。




「みんなを、どうか許してやってくれ……」


 村長は深いため息を吐き、二人へ向けて口を開いた。


「村を代表して詫びさせてもらう。誠に申し訳ない。皆、喉の渇きのせいで酷く神経を尖らせておる。理性を失い、苦しみを誰かのせいにしたかったのだろう」




 アダムがふと、リリスへと視線を向けた。


 どう返答すべきか、その判断を彼女に託すような眼差しだった。




 リリスは村長の方へ視線を移し、微かに頷いた。


 するとアダムは、彼女の言葉を代弁するかのように口を開いた。


「ご事情は理解いたしました。どうかお気になさらないでください。この過酷な状況下において、皆様がどれほどの窮地に立たされているか、我々も重々承知しております。極限の渇きと不安の中にあっては、理性を保つことが難しいですから」




 その言葉を聞いて、村長と神父の強張っていた目元が少し緩む。


 だが、彼らを囲む村人たちの視線は、依然として冷たく据わったままだった。


 ほんの少しでもきっかけがあれば、いつでもまた先ほどのような暴力が再開されかねない、一触即発の張り詰めた空気が漂っている。




 やがて、神父が村長の言葉を引き継ぐように口を開いた。


「我々の窮状に理解を示してくれて、かたじけない」


 そう言って深く頭を下げた後、神父は心配そうに二人の様子を窺った。


「二人とも、怪我はしてないのですか?」




「はい、大丈夫です」


 アダムが答えた。


「皆さん、極度の疲労状態にあるせいか、投げられた石や足けりにはそれほどの力はこもっていませんでした。実際のところ、痛みはほとんどありませんよ」




「それはよかった……」


 神父が心底からの安堵の息を漏らす。




 その後、広場にはこれからどうすべきかを図りかねるような、ぎこちない沈黙が降りた。




 その間、アダムが、リリスの衣服に付着した土汚れを払い落とし始めた。


 リリスは、ただ黙ってなすがままにされる。




「……」




 これまで、自分に対してこんなにも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる者などいなかった。


 だからこそ、感激よりもただ当惑ばかりが先に立つ。




 とにかく、アダムが丁寧に払ってくれたものの、元よりひどく汚れていた衣服の見た目に大差はなかった。


 それでも、心の汚れはちゃんと落ちたような気がしてくる。




 やがて、リリスの世話を終えたアダム。


 続けて彼が自身の服の汚れを払おうとした、その瞬間だった。




 地面にへたり込んでいた村人の一人が、唐突に立ち上がった。




 それは三十代半ばほどの男だった。


 集団リンチが繰り広げられていた最中もただ一人、虚ろな目でその狂乱の光景をぼんやりと見つめたまま座り込んでいた者だった。


 だが今、彼はこれまで温存してきた最後の体力を使い切るかのように、凄まじい勢いで広場を走り抜けていった。




 彼が向かった先は、村の井戸だった。


 不明瞭な呟きを喚き散らしながら、井戸へと突進していく。


 すぐさま何人かの村人が意図に気付き、男を止めようと駆け寄った。




「邪魔するな! ……放せっ!」


 血走った目を剥き出しにして、男が叫ぶ。


 背後から数人に羽交い絞めにされても、彼は異常な力を発揮して村人たちを振りほどいた。




 そうして、とうとう男は井戸の前に着いた。


 彼は震える両手を重い井戸の蓋に叩きつけ、そのまま力任せにそれを開け放つ。




 その瞬間、井戸の底から湧き上がる強烈な悪臭が、またたく間に広場へと広まった。




 リリスは反射的に両手で鼻を覆った。


 周囲の村人たちの中にも同じように顔をしかめ、匂いを防ごうとする者が幾人かいた。


 だが、大半の者は魂を抜かれたように、ただぼんやりと男の背中を見つめているだけだった。




 男はもはや、なりふりなど構っていなかった。


 誰よりも間近でその鼻腔を突く悪臭を浴びているはずなのに、気にも留める様子はない。


 半狂乱に陥ったその目はギラリと見開かれ、焦点の合わない異様な光を放っていた。




 彼は釣瓶の縄を乱暴に掴むと、水汲み桶を井戸の底へと投げ落とした。


 それが水面を打つ濁った音が響くや否や、縄をたぐり寄せ始める。


 やがて桶が引き上げられると、あの忌まわしい悪臭がさらに濃くなった。




 リリスは眉間に深く皺を寄せ、その異様な光景を見つめ続けた。




 男は、直に顔を打つ猛烈な悪臭に一瞬、吐き気を堪えるようなしかめ面を作った。


 だが、すぐに意を決したように大きく息を吸い込むと、桶を井戸の縁へと引き上げる。


 そしてそれを地面に置くや否や、濁った水面に顔ごと突っ込んだ。




 彼は、汚水を飲み始めた。




 ごくり、ごくりと――




 喉を鳴らす生々しい音が、静まり返った広場に響き渡る。




 人が何かを飲むというただそれだけの行為が、これほどまでに不気味に映ることがあるのか、と。


 リリスは全身にぞっと粟立つような悪寒を覚えた。




 恐怖を感じているのは彼女だけではないらしい。


 他の村人たちも皆、見てはいけないおぞましいものを直視してしまったかのように目を細めていた。


 低い呻き声を漏らしながら、男の狂気的な振る舞いから目を離せずにいる。




 男はひとしきり水を飲み続けた後、桶から顔を上げた。


 その顔の視線が、ちょうどリリスのそれとぶつかる。


 リリスは一瞬避けてから、恐る恐るそこへ視線を戻す。




 その顔色は水を飲む前よりも明らかに、土気色へと変わっていた。


 あまりにも急激な変化だった。


 命の灯火が一気に萎んでいくかのような、明らかな異常。




 喉の渇きが癒やされたような晴れ晴れとした様子は微塵もうかがえない。


 まるで猛毒を持つ蛇に噛まれた直後のように、顔面から血の気が急速に引いていく。


 そして数秒と経たないうちに、男は激しくむせ返り、桶の中に向かって吐き戻し始めた。




 それは、むごい拷問でも受けているかのような悲鳴に似ていた。


 濁った汚水と共に喉の奥から激しく逆流し、静まり返った広場に響き渡る。




 ひとしきり胃の中のものをぶちまけ終えると、男は不意に操り糸を切られたかのように、地面へと倒れ伏した。


 そしてそのままピクリとも動かなくなり、完全に沈黙した。




 死んだのだと、リリスは直感した。




 それはリリスだけではない。


 広場を包む冷え切った静寂と、息を呑む村人たちの強張った表情。


 誰の目にも明らかな『死』が、そこに転がっていることを代弁していた。




「お父さん……!」




 不意に、群衆の中から十代前半ほどの少女が飛び出した。


 倒れた男のもとへ駆け寄る。


 彼女の母親らしき女性も泣き崩れながらその後を追う。




 二人は動かなくなった男の身体に縋り付くようにして、地面に崩れ落ちた。


 そして泣き声を上げる。




 だが、その目はひどく虚ろだった。


 悲しんでいるというよりは、ただひどく疲れているようにしか見えない。




 あまりにも唐突に訪れた死を前にして、広場全体が呆気にとられたように静まり返る。


 しかし、それも束の間のことだった。


 汚水の悪臭と同じように、抗いようのない濃密な死の気配が、じわじわと村人たちの間へ染み渡っていく。






 一人、また一人と、その枯れ果てた目で、水分のない涙を流していた。







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