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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第二章:浄水

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第23話:初呼び






 アダムはリリスを背負ったまま、ひたすら歩き続けていた。




 追手の目を逃れるため、なるべく人目につかない道を選んで進む。


 確かな目的地があるわけではない。


 ただ帝都から遠く離れたどこかの村にたどり着くことだけを祈りながら、足を動かし続けているだけだった。




 やがて太陽が沈みかけ、あたりが薄暗くなる頃、見晴らしの良かった平原は途切れた。


 足元の道は徐々に上り坂になり、うっそうと木々が茂る森の入り口へと差し掛かる。


 どうやらこの先は、山間の奥深くへと続く険しい地形になっているようだった。




 日が落ちて、森の中は徐々に夜の闇に包まれつつある。


 背負われているだけとはいえ、ずっと揺られ続ける長旅は、リリスの体力をひどく奪っているはずだ。




 移動中、アダムはあえて一言も発さなかった。


 静かにしていれば、彼女が少しでも仮眠をとれるだろうと考えたからだ。


 しかし、アダムのセンサーが背中越しに感知する体温や呼吸の乱れといった生体反応は、リリスがずっと一睡もしていないことをはっきりと伝えていた。




 木々がいよいよ深く、足元が見えないほど暗さを増してきた頃、アダムは静かに口を開いた。




「リリス様、大丈夫ですか?」




「……」


 返事はなかった。


 アダムには彼女が眠っていないことがわかっていたが、あえてそれ以上は声をかけなかった。




 今の彼女は、一言しゃべることすら億劫なほど疲れ切っているのだろう。


 それに加えて、ひどく神経を尖らせているはずだ。




 帝都から逃げ出したばかりで、この先の自分の人生がどうなってしまうのか全くわからない不安。


 そのせいで、これほど疲れているのに一睡もできずにいるのだと、アダムは彼女の生体反応からそう分析した。




 これ以上の移動は負担になると判断し、アダムは静かに足を止めた。


「そろそろ、この辺りで野宿にしましょうか」





 返事はなかったが、アダムはそれを無言の同意だと受け取った。


 彼は周囲を見渡し、近くにあった平らで座りやすそうな岩を見つけた。


 そしてその上に、背負っていた自分のユーザー、リリスをそっと降ろした。




 岩の上に座らせたリリスの様子を、アダムは静かに見つめた。


 彼女はまるで命のない人形のように、ピクリとも動かなかった。


 意識があることだけは確かなのだが、目は半開きで、かといって眠そうにしているわけでもない。




 アダムは結論づけた。


 ガス欠なのだと。




「何か食べ物を探してきます」


 アダムはリリスに声をかけた。


「リリス様は、ここで待っていてください」




 わざわざ「どこへも行かないでください」と念を押す必要すらなさそうだった。


 体力がすっかり底を突いているのに、不安で眠ることもできず、ただぼんやりと宙を見つめるしかないのだろう。


 その姿は痛々しく、どこか哀れでもあった。




 アダムはすぐに踵を返し、食べ物を探しに暗い森の中へと歩き出した。


 漆黒の森の中であっても、アダムの視界は真昼のように鮮明だった。


 視覚センサーを暗視モードに切り替え、赤外線と熱探知を連動させながら周囲の地形を正確にスキャンしていく。




 さらに成分分析機能を起動させ、人間の栄養源となり得るものを探した。


 微かな糖分と水分の反応を検知し、アダムは迷いなく歩を進める。




 やがて険しい茂みの奥で、小ぶりだが赤く熟した果実をいくつか見つけた。




 内蔵データと照合し、人体に有害な毒性がないことを瞬時に解析・確認する。


 決して腹を満たせるほどの量ではないが、今のリリスの渇きと飢えを少しでも和らげるには役立つはずだった。




 アダムは潰さないように、その果実を丁寧に摘み取った。




 アダムは摘み取った果実を手に、リリスの待つ岩場へと急いで戻った。


 彼女は先ほどと変わらぬ姿勢のまま、虚ろな目でじっと座り込んでいる。


 アダムはしゃがみ込んで彼女の口元にそっと果実を差し出し、静かに呼びかけた。




「リリス様、少しだけでも口にしてください」




 だけど、リリスは差し出された果実を見つめたままだった。


 自ら口を動かす気力さえ残っていないようだった。




 アダムは指先で果実を小さくちぎり、食べやすい一口サイズに分けた。


 それをそっと彼女の唇に近づけると、リリスはかすかに口を開き、小さな果肉を受け入れる。


 そして、確かめるようにゆっくりと、静かに咀嚼を始めた。




 アダムは、小さくちぎった果物の断面を見つめた。


 彼が作られた世界にある、品種改良を重ねた果糖たっぷりのジューシーな果物とはまるで違う。


 形は不格好で粗末な、野生のままの原始的な姿をしていた。




「お味はどうですか?」


 アダムは静かに声をかけた。


「あのカスタードプリンには到底及びませんが、水分とわずかな糖分は摂取できます。少しは腹の足しになるはずですよ」




 アダムは無言のまま、黙々と作業を続けた。


 リリスの口の動きに合わせ、時間をかけてゆっくりと、小さな果肉を一口ずつ確実に食べさせていく。


 彼女もまた何も言わず、ただ小鳥のようにそれを受け入れ続けていた。




 その様子を見つめながら、アダムは自身の分析に誤りがあったことを認めた。


 地下牢から抜け出し、帝都を脱出するまでは自力で動けていたため、彼女の状態はそこまで深刻ではないと判断していたのだけれど――




 しかし、想定以上に彼女の消耗は激しかったらしい。




 十七年間という長い間、体内に膨大な電気エネルギーを溜め込み続けてきたのだ。


 帝都から離れ、張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩んだせいなのだろう。


 今になって、その反動が一気に心身へ押し寄せてきているのかもしれない。




 アダムは時間をかけて、ようやく手元にあった果実をすべてリリスに食べさせ終えた。


 辺りはすっかり暗闇に包まれている。


 でも彼のセンサーは彼女の身体に起きた微かな変化を正確に捉えていた。




 ほんの僅かではあるが、乱れていた呼吸が落ち着いている。


 低下していたバイタルサインも少しずつ正常な数値へと近づきつつあった。


 微弱ながらも確かな回復の兆しを確認し、アダムは静かに安堵した。




 やがてリリスが、ゆっくりと顔を上げた。


 アダムに視線を向けると、その口元にわずかな微笑みが浮かぶ。




「美味しかったよ」




 とても小さな声。


 でもその言葉は、はっきりとアダムの聴覚センサーに届いた。




「ありがとう、アダム」




 それを聞いたアダムの青く光る瞳が、少しだけ温かみのある空色へと変化した。




「……どういたしまして」


 アダムもまた、穏やかな微笑みを浮かべて答える。


「ようやく、私の名前を呼んでくれましたね、リリス様」




 正確に言えば、「アダム」というのは名前ではなく彼のモデル名だった。


 しかし、そんな細かい無粋な事実を、彼はあえて口にはしなかった。


 アダムはひそかに、自身のシステムデータをそう書き換えた。




 リリス様が自分をアダムと呼んでくれたのなら、これからの自分の名前は「アダム」なのだ。







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